
VRアニメ「猫が見えたら」配信開始
筆者が2023年の制作初期から監修で参加したVRアニメーション映画「猫が見えたら」(和田淳監督、約40分)の日本語版が完成し、4月から世界配信(SteamとMeta Quest Store)が始まった。先に完成した英語版は、ヴェネツィア国際映画祭のノミネート作品に選ばれるなど高い評価を得ている。
俳優の若葉竜也さんが日本語版の声を務める主人公の少年なおきは、学校に居場所がなく孤立している。母子家庭で、母親との関係もギクシャクしている。そこに、幼少期から一緒に過ごした愛猫の死が重なり、自室にひきこもるようになった。
孤独ななおきを慰めてくれたのは、死んだはずの愛猫だった。目の前にいるような気がする。だから頻繁に話しかける。その行動を目にした母親は、なおきが心の病気になってしまったと思い込んだ。
母親は嫌がる息子をタクシーに乗せ、精神病院に連れて行った。そして強制入院。なおきは投薬でフラフラになり、抵抗すると身体を縛られた。なおきの心の支えだった幻想猫は「病気の証」とされてしまい、消し去るための投薬が続けられた……。なんとも救いようのない展開だが、最後は「近所の変な女の子」が救いをもたらしてくれるので、安心してご覧いただきたい。
この作品は、臨場感や没入感というVR作品の特徴を最大限活かしている。ベルリン国際映画祭短編部門で銀熊賞を獲得したこともある和田監督の絵は、シュールでありながら温かく優しい。子どもが身体拘束される場面を実写VRにしたら辛くて見ていられないが、和田監督の絵の巧みな表現力によって事態を直視でき、少年の心の揺れを強く感じることができる。
極悪人が1人も登場しないのも、この作品の特徴となっている。母親は悪気があって息子を入院させたのではない。精神病院の医者や看護師も、悪意に満ちた人物ではない。自分の仕事を淡々とこなすだけの、どこにでもいそうな人々だ。ただ、そうした悪意なき連中の思慮に欠けた行動が、結果としてなおきを追い込んでいくのである。
制作した講談社VRラボの代表で、プロデューサーを務めた石丸健二さんは、この作品に込めた思いを次のように語る。
「取材を重ねるうちに、描きたいものがはっきり見えてきた。今の精神医療の仕組みそのものが、最善の治療をしにくい状況を生みだしている。そうした問題を伝えたかった」
極悪な医療者がいなくても、患者は強制入院で傷つき、入院体験がトラウマになる。過剰診断や過剰投薬で苦しむ患者も後を絶たない。そんな精神医療は小手先の改革では改まらない。精神科医や精神病院に対応を丸投げする無責任社会を改め、国民全体で心の問題と向き合う↖仕組みを作る必要がある。既に機は熟していると筆者は感じる。
「精神医療を題材にした作品を創りたい。ぜひ協力して欲しい」。最近、そうした依頼をよく受けるようになった。4月には、超長期入院を経験した患者役を有名俳優が演じる映画がクランクインした。筆者はまた監修として関わっている。
AIが猛烈な勢いで進化する昨今、「心とは何か」「意識とは何か」「人間とは何か」といった問いに、否応なく向き合わざるを得ない時代が到来した。心の問題を見つめることは、激動の近未来を見つめることでもある。
ジャーナリスト:佐藤 光展



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