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未来の会

第128回「日本の医療」を展望する世界目線
ウェルネスツーリズム③

第128回「日本の医療」を展望する世界目線ウェルネスツーリズム③
日本の政策動向

ウェルネスツーリズム振興には、公的な政策支援や制度整備が重要な役割を果たす。各国政府や国際機関も、この新興分野の発展に向けて様々な取り組みを開始している。

日本政府は2010年代に入り、観光立国戦略の一環として医療・ヘルスツーリズムの推進を掲げ始めた。10年の新成長戦略では「医療観光」の推進が謳われ、翌11年には「医療滞在ビザ」が創設。海外から長期滞在で治療・検診を受ける患者の受け入れが制度化された。更に、既に述べた外国人患者受入れ医療機関認証制度(JMIP)等も導入され、主に医療ツーリズム分野での環境整備が進められた。ウェルネスツーリズムに関して明示的に国の計画に登場するのは近年であるが、各省庁で関連施策が展開されている。

観光庁は近年、「ニューツーリズム創出・流通促進事業」に於いてヘルスツーリズム商品造成を補助する等、健康や地域資源を活かした新しい観光コンテンツ開発に予算措置を講じている。又、経済産業省は「健康寿命延伸産業」の創出を掲げ、その一環としてヘルスツーリズムの品質認証制度を構築した。

具体的には、NPO法人日本ヘルスツーリズム振興機構等の協力で、地域の健康プログラム(例:温泉療養プログラム、農業体験付きヘルスツアー等)を認証・見える化し、信頼性の高い商品として普及させる試みである。環境省も前述の様に温泉地での科学的エビデンス実証(「新・湯治」)や国立公園を利用した自然と健康増進の融合プログラム(グリーンエクササイズ等)の推進を図っている。

厚生労働省もまたユニークな取り組みを行っている。近年公募されたモデル事業では、「日本の先進医療や健診と観光コンテンツの融合」による訪日外国人受け入れモデルを支援する制度が実施された。具体的には、地域の医療資源(高度な人間ドックや専門治療)と観光資源(食・自然・文化体験等)を組み合わせ、外国人旅行者に長期滞在型で提供するプログラムの実証が行われている。

この事業は訪日客の新たな需要喚起と地方への誘客、更には医療機関の収益向上を狙ったもので、日本ならではの「医療+観光」モデルとして注目される。この施策は医療ツーリズム寄りのものではあるが、健診後のリラクゼーション滞在等ウェルネス要素との連続性も持ち合わせており、今後ウェルネス分野への波及が期待される。

地方自治体レベルでも、例えば長野県は「信州ヘルスツーリズム」構想を掲げ、森林療法や高原リゾートでの健康プログラムを推進している。又、和歌山県高野町等では「聖地巡礼×ウェルネス」として、宿坊での座禅や精進料理体験を通じた心身リセットツアーを売り出している。沖縄県は「琉球ウェルネス」プロジェクトと銘打ち、琉球諸島の自然・伝統療法を活かした滞在型プログラムを開発中である。この様に、日本各地で国策や補助金を活用しつつ、地域資源を活かしたウェルネス観光の芽生えが見られる。

海外の政策と国際機関の動き

海外では、タイが政府主導でウェルネスツーリズムを国家戦略に据えた先駆例である。タイ政府は専門機関を設立し、伝統医療とスパ産業の育成、国際認証(タイランドスパ認証)制度の整備、国際プロモーション等包括的政策を展開してきた。

インドでもAYUSH省(伝統医学省)を設けヨガやアーユルヴェーダの国際発信を推進している。欧州ではEUが医療ツーリズムに関する患者の権利指令(Directive 2011/24/EU)を制定し、域内での患者の治療機会拡大を図る等、医療ツーリズム側の制度整備が進む。

一方ウェルネスに関しては、各国観光庁が主導する形で、例えばスペインは「ヘルスツーリズム・スペイン」として温暖な気候を活かした長期滞在保養プログラムを売り出し、ハンガリー政府は温泉観光のブランド化に注力する等、国ごとに特色ある振興策が取られている。

国際機関では、UNWTO(国連世界観光機関)とETC(欧州旅行委員会)が18年に「ヘルスツーリズムの概念定義と推奨事項」を纏め、各国へのアドバイスを行った。この中で上述した統一的な定義が採択され、観光統計上もヘルス・ウェルネス・医療ツーリズムの計測や分類が議論された。又、UNWTOは各地で「メディカル・ウェルネスツーリズム会議」等のイベントを開催し、ベストプラクティスの共有やネットワーキングを支援している。更に民間では、米国の非営利団体GWI(Global Wellness Institute)が世界ウェルネスサミットを主催し、旅行業界とウェルネス業界の連携を促進している。

全体として、政策面では未だ医療ツーリズム(或いは医療サービス輸出)の方が国家戦略として打ち出されやすい傾向にある。一方でウェルネスツーリズムは、その裾野の広さ故に観光政策、産業政策、保健医療政策、地域政策など複数分野の連携が必要であり、体系的戦略の策定は緒についたばかりと言える。日本を含め各国で今後、官民協調の包括的な振興策が求められている。

経済的インパクトと利用者動向

ウェルネスツーリズムの経済効果は、既に述べた市場規模や支出額から見ても明らかな様に大きい。直接的な旅行消費だけでなく、多岐に及ぶ。宿泊費、飲食費、アクティビティ参加費、土産購入費、交通費等は全て目的地の経済に寄与する。加えて、ウェルネス旅行者は高品質なサービスや独自の体験に価値を見出す傾向が強く、一般観光客に比べて単価の高い商品に支出する傾向が有る。

例えばオーガニック志向のレストラン、地元の伝統工芸品、パーソナルトレーナー付きのプログラム等、付加価値の高い消費が発生し易い。また、ウェルネス目的の旅行は長期滞在になるケースも多く、滞在日数の長さも消費拡大に繋がる。欧米のウェルネスリゾートでは10日〜2週間の滞在が標準的であり、その間の宿泊・飲食・周辺観光への支出が地域にもたらす経済波及は無視出来ない。

ウェルネスツーリズムは関連産業への波及効果も持つ。スパ施設、フィットネスクラブ、ヨガ道場、代替医療クリニック、食品産業、化粧品・アロマ産業、伝統工芸等、多様な業種が旅行需要に結び付く。

ウェルネス旅行者の高い消費性向はデータでも裏付けられる。前述の様に国際ウェルネス旅行者は平均で通常客より4割以上多く支出し、国内旅行でも約1.8倍の支出増であった。旅行単価だけでなくリピーター率の高さも特徴である。一度効果を実感すると継続的に需要が生まれ易い。

例えば毎年同じヨガリトリートに通う人や、定期的にお気に入りの温泉地で保養する人等、ウェルネスツーリズムは習慣化・系列化する傾向が有る。これは安定的な経済効果となる他、季節外れの時期にも誘客出来る為、観光の平準化(オフシーズン対策)にも貢献する。スキーリゾートが夏季にハイキングや高地フィットネスの場としてウェルネス客を迎えたり、ビーチリゾートが冬季に静養目的の長期滞在者を受け入れたりする例等、通年型の需要創出にも繋がっている。


参考資料

https://globalwellnessinstitute.org/global-wellness-institute-blog/2023/11/28/wellness-tour-ism-will-cross-the-1-trillion-mark-in-2024/
https://etc-corporate.org/uploads/reports/2018-ETC-UNWTO-Exploring-Health-Tourism-Executive-Summary.pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/serviceology/7/2/7_49/_html/-char/ja
https://www.travelvoice.jp/20240826-156170

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