第80回 あらぬ方向への理解 南淵明宏(大崎病院東京ハートセンターセンター長、心臓外科医)
あるイギリス人の手術の前日、手術の内容を説明しようとした。
いわゆるインフォームドコンセントだ。
すると、患者は言った。
「自分は専門知識がないから手術の話など聞いてもちゃんとは分からない。だからインフォームドされない。従ってインフォームドコンセントは成り立たない。しかしお前を信頼しているから手術は受ける。お願いする」
なるほどそうかと思った。
先日、定額保険を解約した。預けておいて運用益が出たら多めにもらえる、というやつだ。ここ数年、運用益はずっとマイナスで、解約すると大損になったので仕方なく放置した。昨年末に株が上がり、なんとか支払った額と同額のとんとんになりそうなので解約することにしたのだが、「えー、聞いてなかったぞ!」「知らなかった!」という規約がいろいろと出てきた。
金額が確定する日付が数日ずれることから株が変動したこともあり、思っていた金額よりかなり低い金額しか戻らなかった。私のような欲張りは必ず損をする。
商品の契約の内容や規約を熟知していなかったこちらに非があるのだろうが、毎日そんな金融商品を扱っていない一般人からすると理解は難しいだろう。
まあ、お金の話だから損をしても「そりゃ欲張りなお前が悪い!」で済む話だが、医療行為だと相手は患者だからそうはいかない。
だが一生懸命説明すればこちらの「一生懸命な気持ち」は伝わるだろう。
そのイギリス人の手術以来、手術前にはとにかく「気持ち」を伝えることに重点を置いた。
こんなつもりじゃなかった!
説明は受けたが覚えていない!
患者からすれば至極まっとうな理屈なのだろう。
実際に本人が理解していなかったら、仮に医者が説明を尽くしたとしても、それは「しっかりとした患者側のご理解」という結果が伴わなかったのだから医療側の責任、と指弾されかねない。
昨年末もよその病院に心筋梗塞で運ばれた、という患者が受診した。
冠動脈が詰まっていたので緊急でカテーテル治療を行いうまく再開通したのだが、その先がしてしまった、ということだ。冠動脈の急性閉塞で救急搬送されて首尾良くカテーテル治療が行われ、功を奏して救命できた、と理解されるべき症例だ。
カテーテル治療を行った医者からすれば「詰まった冠動脈の血流をすぐに再開したけれども多少の壊死は起こってしまった」と説明したのだろう。
だが、患者側の理解は違った。壊死を起こしたのはカテーテル治療の最中に血栓を飛ばしてしまったことによるもので、第三者によると「普通はそんなことは起こり得ない」のだという。
冠動脈造影を見ると病変部分から末梢側はきれいな血管が造影されていて血栓など詰まってはいない。結果的に話をややこしくした第三者も悪気があってそういう意見を言ったわけではないだろう。
だが、誠心誠意の医療行為はあらぬ方向に「理解」されてしまった。
よくある話だ。とはいうものの、受験のシーズンだが、医学部受験生には決して聞かせたくない話だ。
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