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未来の会

袋小路に陥った「医療版マクロ経済スライド」

袋小路に陥った「医療版マクロ経済スライド」
社会保障の「圧縮手法」に漂う手詰まり感

政府が6月にまとめる、経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)は、社会保障費の圧縮手法が最大の焦点となりつつある。財政当局が新たに繰り出したのは、窓口で払う医療費の自己負担を経済成長率や現役世代人口の変動に合わせる医療費の総枠管理制度だ。

 だが、失態続きで揺れる安倍政権は自民党や官僚をグリップする力が弱まっている。推進元の財務省は不祥事にまみれており、早くも同党厚労族議員の巻き返しを許している。

 4月27日。自民党厚労族議員が集う幹部会に、75歳以上の医療費の自己負担割合(現在1割)を2割に引き上げる案や、賃金の伸びや人口減に応じて医療費の自己負担を調整する案が厚生労働省から報告された。いずれも同党財政構造のあり方検討小委員会(小委員長=小渕優子・元経済産業相)が、財務省の後押しを受けて導入を求めている社会保障費抑制策だ。

 しかし、財務省の思惑に対して、厚労省は既に19日の社会保障審議会医療保険部会で、「医療費の伸びは診療報酬や保険料で対応することが適切」などと、真っ向から反論していた。

 27日の会合では族議員の面々も呼応し、「経済成長率によって、医療費の自己負担水準がコロコロ変わっていいのか」「カネがないから保険外と言われても、国民は納得しない」などとボルテージを上げて反対で足並みをそろえた。

 小渕氏の小委員会案や、財務省が財政制度等審議会(財務相の諮問機関)に示した社会保障抑制策には、75歳以上の人の医療費の自己負担割合のアップ、経済・人口に連動した医療費の自動調整策、さらには全国一律の診療報酬を都道府県別に設↖定する案などが並んでいる。

 目玉は医療費の自動調整策で、これから急減していく支え手の現役世代の人口推移などに応じ、医療費の保険給付率を減らす(自己負担を増やす)考え方だ。現役世代の減少に合わせ、年金の伸びを抑えるマクロ経済スライドの考え方を医療に採り入れたものと言える。

 財政当局が社会保障費の圧縮に躍起となる背景には、高齢化や相次ぐ新薬による医療費の増加がある。団塊の世代が75歳にさしかかる2022年以降、社会保障費の伸びは、今の年間6500億円から9000億円程度に膨らむと政府は試算しているのだ。

 政府は16〜18年度までの3年間で社会保障費の伸びを1・5兆円に抑える「目安」を設定している。19〜21年度の3年間についても何らかの抑制目標を設定する意向で、そのためにも具体策を欲している。

 16〜18年度は75歳以上になる人が年間約150万人程度と予測されている。それが20〜21年度は130万人程度にとどまる。戦争の影響だ。財務省は社会保障費を削りやすい19〜21年度に抑制しておかないと、以後の費用の膨張に歯止めがかからなくなると警戒している。

医療費抑制派の健保連さえ慎重姿勢

 医療費を総枠で管理する手法は、小泉(純一郎)政権時代にも「医療費キャップ制」が検討された。毎年の総医療費に上限をはめ、それを超えた医療費については、保険から給付しない仕組みだ。

 この案は厚労省や族議員の猛反発で撤回されたが、今回財務省は、キャップ制とは違う形で総医療費をコントロールする「医療版マクロ経済スライド」を提案した。

 ただし、導入にメドが立っているわけではない。

 厚労省や族議員ばかりでなく、保険料の負担増を嫌って医療費の抑制には積極的な健康保険組合連合会ですら、「慎重に検討すべき」と主張している。景気の変動につれて医療費の負担がしょっちゅう変わるなら、事務コストが跳ね上がりかねないからだ。

 「世論は相当厳しい。甘く見ない方がいいですよ」

 4月16日夜。東京・西麻布の高級焼き肉店「叙々苑游玄亭」で、自民党の岸田文雄・政調会長は正面に座った安倍晋三首相にこう忠告した。学校法人「森友学園」の土地取得を巡る、財務省の公文書改ざんを念頭に置いた発言だ。

 首相は深くうなずき、「よく分かっている」と応じてみせた。

財務省には「不祥事の震源」の負い目

 「森友学園」「加計学園」の両学校法人に絡む問題や、防衛省の日報隠し、セクハラによる財務省事務次官の辞任など不祥事が次々に安倍政権を襲う中、内閣支持率は20〜30%台に低迷、長らく続いてきた「安倍一強」は崩れつつある。

 これまで安倍政権の政策決定に関しては、首相官邸の意向が絶対的だった。それが首相の求心力低下に伴い、自民党の若手議員すら「官邸の縛りが緩くなり、前より自由にモノが言えるようになった」と口にするほどになっている。

 加えて、不祥事の最大の震源は財務省とあって、同省にとり「他省庁に我慢を迫ることを言いにくい立場であることは確か」(幹部)という事情もある。

 そもそも、来年の統一地方選や参院選を控え、首相自身も負担増には慎重になっている。首相が議長を務め、骨太の方針を決める「経済財政諮問会議」は12日、医療費抑制策に関し、高齢者などの負担増を重点項目から外した。

 こうした流れに沿って、「医療版マクロ経済スライド」を提唱した自民党の「小渕小委員会」の親会議、「財政再建に関する特命委員会」(委員長=岸田政調会長)は、骨太方針策定に向けた報告書素案で、医療版マクロ経済スライドについて「導入を検討する」と記すにとどめている。以前に公表していた中間報告で「導入する」と言い切っていたことに比べると、大幅に後退した格好だ。

 75歳以上の医療費の自己負担割合を2割にする案も、風前の灯火となっている。現在、70〜74歳の窓口負担は1割から2割に段階的に引き上げている途中で、引き上げは今年度中に終わる。財政当局の間では、74歳の人が75歳になった段階でも1割に戻さず、2割のままとする方法で引き上げれば「抵抗が少ない」との読みがあった。

 だが、そうした指摘は自民党内でほとんど顧みられず、岸田委員会の報告書素案では、「団塊世代が後期高齢者入りするまでに結論を得る」と表記された。書きぶりからは先送りの雰囲気が濃厚に漂う。

 診療報酬を都道府県別に設定する案も、根強い慎重論にさらされている。今の法律でも、都道府県によって違う報酬とすることは可能だ。それでも、厚労省の社会保障審議会医療保険部会では、「どんな影響が出るか分からない」との疑問が飛び出した。

 医療保険畑に長く関わった厚労省OBは「知事さんや県議の人達が、日頃支援を受ける地方医師会の意向に逆らって、国より診療報酬を下げることができますかね」と疑問を投げ掛ける。

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