
ブタ由来臓器の臨床応用が現実味
臓器移植医療は、依然として深刻なドナー不足に直面している。この課題を克服する有望な手段として、ヒト以外の動物由来臓器を利用する「異種移植」が急速に注目を集めている。特にブタをドナーとする研究は、遺伝子の編集技術や免疫制御戦略が進展した事で、臨床応用の可能性が現実味を帯びてきた。内外の最新動向を概観したい。
異種移植に於けるブタの優位性
異種移植とは、種の異なる動物間で、臓器・組織・細胞を移植する医療技術であり、主にブタ等動物由来の臓器を、ヒトに移植する試みを指す。1960年代からサルやブタを用いた試験が為されてきたが、超急性拒絶反応や異種間ウイルス感染の懸念が、技術的にも倫理的にも大きな障壁となっていた。
ドナー動物としては、ブタが最も有望とされているが、これには複数の理由が挙げられる。先ず、臓器の大きさや機能がヒトに適する事だ。
ブタは生後6カ月で体重100〜120kg前後に成長するが、心臓・腎臓・肝臓等はヒトに近いサイズと機能を持つ。例えば、心臓の血液拍出量や収縮圧は比較的ヒトに近く、冠動脈の構造や弁の形態も類似している。繁殖力と飼育管理のしやすさも利点で、ブタの妊娠期間は約114日と短く、1回に8〜12頭の子を産む。
遺伝子編集の容易さも有り、ゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9による多遺伝子改変が可能で、ヒト補体制御因子(CD46、CD55等)や、免疫逃避因子(CD47)の導入、α-GalやNeu5Gcなど主要抗原のノックアウトが進んでいる。感染症リスクは低く、ブタは、ヒトにとって高リスクな霊長類由来ウイルス(ヘルペスB、エボラなど)を持たない。更に、ブタ内在性レトロウイルス(PERV)除去技術も確立されている。社会的・倫理的受容性も高く、食用動物として社会的に受け入れられており、既に心臓弁やインスリン製造に利用されている。近年のゲノム編集・クローン技術により、ブタは個別化医療に対応できる臓器供給動物としてデザイン可能になった。
異種移植の臨床応用に向けた世界の最新動向
そして近年、臨床応用に向けたブレイクスルーが生まれている。2022年、米国メリーランド大学において、末期心不全患者に対し、世界で初めての10遺伝子改変ブタ心臓の移植手術が行われ、2カ月間の生存を確認した。23〜24年には、さらに免疫制御を強化したブタ心臓で生存期間の延長が報告されている。
腎臓では、米国ニューヨーク大学が23年、脳死レシピエントにブタの腎臓を移植し、32日間の尿産生と腎機能が維持されたことを確認した。マサチューセッツ総合病院でも同様の成果が報告されている。これらは、免疫抑制と補体系制御の改良の成果とされる。
25年に入り、異種移植を巡る動きが世界的に加速してきた。とりわけ米国では、食品医薬品局(FDA)が、遺伝子改変ブタ由来の腎臓・肝臓を用いたヒトの臨床研究を複数承認している。
そして今年の2月、FDAは遺伝子改変ブタの腎臓をヒトに移植する世界初の臨床試験を承認した。
臨床試験を実施するのは、United TherapeuticsとeGenesisである。United Therapeuticsは、10カ所の遺伝子改変を施した腎臓を用い、透析依存の末期腎不全患者を対象として、50名規模の第Ⅰ/Ⅱ相試験を計画している。eGenesisは、69遺伝子編集ブタの腎臓を用いた移植を実施している。既に3例の移植を行い、初期段階で良好な機能が確認されている。
肝臓では、eGenesisと英国オックスフォード大学発のベンチャー企業OrganOxにより、遺伝子改変ブタ肝臓を用いた体外循環型の肝臓補助装置を用いる第Ⅰ相試験が承認された。対象は急性肝不全または慢性肝疾患の急性増悪患者で、この装置は、摘出されたブタ肝臓を稼働させてヒトの血液を体外で循環させ、代謝・解毒機能を一時的に代替させる。最大20例で安全性・機能性の評価を行う予定だ。死亡脳死者を対象とした前臨床試験で、最大72時間に亘って胆汁分泌とアルブミン産生が確認された事が報告されている。
又、中国でも同様の研究が進行中である。第四軍医大学附属西京病院のチームは6遺伝子改変を施したブタ由来肝臓を、脳死状態に在る終末期患者に補助的に移植する試験を実施した。患者自身の肝臓を温存したまま、補助的にブタ肝臓を体内に併設する形を取り、10日間に亘り、胆汁分泌及びアルブミン生成等の基本的肝機能が維持されたと言う。ヒト肝臓移植に近い形での生体内臓器補完例としては世界初とされる。
日本では、出生前移植の研究や国産ブタ作出の研究が進められている。東京慈恵会医科大学で重度の先天性腎疾患の胎児の救命を目的とした研究が進んでいる。
腎臓・高血圧内科の大学院生の森本啓太氏らは、出生前の腎機能を獲得を目指して、ブタ胎児由来の腎臓の子宮内への移植を試みている。22年3月、非ヒト霊長類(マカクザル)の胎児にブタの胎児腎を移植する実験に成功したことが国際誌で報告された。ポッター症候群(両側腎無形成)等、出生後の生存が困難な胎児に対する新たな根治的治療の可能性を示唆するものだ。
一方、同院の腎臓・高血圧内科主任教授・診療部長の横尾隆氏は、単なる腎臓移植ではなく、ブタ胎児の体内でヒト腎臓も再構築という、より先進的な胎生臓器補完法」を掲げている。ブタの胎仔腎から腎前駆細胞を除去し、そのニッチ(発生環境)にヒト由来の腎前駆細胞を注入して発育させる。24年4月には、マウス胎児間での実験に成功し、マウス胎児にマウス胎仔腎を移植した個体が、出生後も尿を産生し続けることを確認。成果は『Nature』誌に掲載された。非ヒト霊長類への応用準備を進め、26年度中にも、ヒト胎児を対象とした橋渡し研究進む意向を示している。
他にスタートアップのポル・メド・テック(神奈川県川崎市)は、米eGenesis社と連携し、24年2月に日本国内で初めて異種移植用の遺伝子改変ブタの生産に成功した。24年末には、CRISPR/Cas9技術を用いた10遺伝子編集ブタの作出を達成し、非ヒト霊長類を対象とする腎移植試験を本格的に開始しており、国内におけるヒト腎移植治験を視野に入れる段階に入っている。
理化学研究所の呼吸器再生・免疫研究チームは、19年に異種肺を用いた呼吸補助技術開発に着手している。23年以降は摘出したブタ肺を長時間灌流し、酸素交換機能を維持させる試みに重点を置く。25年には、ヒト血液や模擬循環液を用いた体外灌流実験で、肺機能の安定維持に成功したと報告されている。臨床前段階に留まるが、再生医療との融合も視野に入れている。
異種移植の実用化に向けた制度的・倫理的準備
国際的な研究開発動向等を受け、国内でも制度整備に向けた検討が始まっている。
25年1月、厚生労働省は厚生科学審議会の下に「異種移植に関する専門委員会(仮称)」を設置し、国内外の研究動向の把握、倫理的課題、交差種感染症のモニタリング体制等について本格的な議論を開始した。社会的受容性や生物安全性等の点からも慎重な対応が求められており、具体的な臨床試験計画は未だ公表されていないものの、制度的な枠組みの整備は不可欠である。今後は、厚労省によるガイドライン策定や、臨床研究法・医薬品医療機器等法との整合性の議論が注目される。
異種移植は、長らく「未来の医療」とされてきたが、多遺伝子改変技術と免疫制御の進歩により、臨床応用の現実性が急速に高まってきている。腎臓・心臓・肝臓を中心とした応用に加えて、肺や膵臓等への拡張、更に完全な臓器代替としての適応も視野に入っている。今後は、技術革新・倫理審査・制度整備の三位一体の進展が不可欠となってくるはずで、国内の動きを注視したい。
LEAVE A REPLY