要件厳格化で病院の機能分化に逆風
2024年度の診療報酬改定で新たに導入された「地域包括医療病棟入院料」が医療現場に波紋を投げ掛けている。同病棟は救急患者の受け入れ体勢を整え、治療、リハビリから栄養管理、入退院支援まで一括して担う事で患者の早期の自宅復帰を目指す。大病院に掛かるまでも無い症状の高齢の急患を引き受ける事によって大学病院等との機能分担を進めるのが政府の狙いだ。それでも算定要件のハードルは高く、何処まで広がるかは見通せない。
「厚生労働省から、どちらかというと苦みの強いチョコレートを頂いたかなと感じている」
バレンタインデーと重なった2月14日の診療報酬改定答申。急性期・回復期の入院料に関する報酬改定内容について、日本医療法人協会の太田圭洋・副会長は同日の日本医師会・四病院団体協議会の合同記者会見の席でそう語り、民間中小病院には厳しいと指摘した。
急性期の一般入院料1〜6は数字が小さい程高度な医療を担い、報酬も高く設定されている。看護職の配置が7対1(患者7人に看護職1人)とされている一般入院料1は、平均在院日数「18日以内」等の要件を課されていたが、改定後は「16日以内」とされた。医療・看護必要度も見直され、内科中心で手術件数が少ない等の病院は一般入院料1を維持出来ない可能性が指摘されている。太田氏は3月19日にあった診療報酬改定の説明会で、急性期一般入院料1を届け出ている病院(1372病院)の最大15%が施設基準を維持出来なくなる可能性が有る、との見通しを示した。
この様に要件が厳しくなった急性期一般入院料1からの脱落、急性期一般入院料2〜6からの横滑りを考える病院等の受け皿と成る事を想定して新設されたのが地域包括医療病棟だ。
高齢化に伴い、高齢の救急患者は近年増えている。消防庁によると、22年の速報値では65歳以上で救急搬送された人は20年前より200万人以上多い約386万3000人だった。搬入された人全体の9割は軽症・中等症にも拘わらず、一般入院料1の高度医療を受け持つ筈の病院に運び込まれるケースは少なくない。軽症・中等症が軒並み急性期病棟に入院すると、患者の大病院への集中が進むばかりでなく、高齢者の場合はADL(日常生活動作)が低下し、要介護度が進んでしまう事がよく有る。一般入院料1等の急性期病棟は高度な医療を担う分、リハビリや介護の機能が弱い為だ。
急患の医療と介護の両立狙うが……
元々入院患者のADL維持や向上を意図した医療機関としては、14年度の診療報酬改定で創設された「地域包括ケア病棟(地ケア)」が有る。急性期病棟よりリハビリや介護が手厚く、昨年時点で約2600の病院に10万床程有る。高齢の急患対策として当初、中央社会保険医療協議会(中医協)では地ケアの機能強化や、急性期病棟からの患者の受け入れ拡充で対応する案も検討されていた。
しかし、地ケアの看護職員の配置基準は13対1となっており、中医協では「ケア(介護)」は良くとも「キュア(医療)」面での対応が弱くなる、との指摘が診療側を中心に出された。急性期病棟の介護力を高める事も検討されたものの、大病院が介護人材の確保に乗り出せばただでさえ人手が足りない介護施設のマンパワー不足をより深刻にしてしまい兼ねない。そこで高齢者の介護やリハビリに十分対応しつつ、急患の「キュア」も担える中小病院として、地域包括医療病棟を新設する流れが固まった。
同病棟が受け入れの中心に想定する患者は、誤嚥性肺炎や尿路感染症等を患う高齢者だ。医療への対応として看護職の配置は急性期病棟2〜6と同じ10対1とする一方、リハビリやケア面にも配慮した。常勤の理学療法士、作業療法士又は言語聴覚士を2名以上置く必要が有る他、管理栄養士も1名以上配置しなくてはならない。又、入院後にADLが低下した患者を5%未満に抑えるとの要件も有る。治療、リハビリから栄養まで一括管理しADLの維持、向上に結び付ける。
最終目的は入院患者の早期の在宅復帰だ。この為要件として平均在院日数は「21日以内」、在宅復帰率は8割以上を課している。更に、同一法人の別病棟からの転院は5%未満に制限し、連携先の他病院から搬送されるか、救急車に拠って直接搬送された患者の割合が15%以上との縛りも有る。
要件が厳しい分、地域包括医療病棟入院料は手厚く、1日当たり3050点に設定されている。地域包括ケア病棟(40日以内2838点、41日以上2690点)よりも高く、厚労省幹部は「見返りとして、軽症・中等症で救急搬送される高齢者を受け入れてしっかり治療し、且つADLも落とさず自宅に早めに戻してね、というメッセージだ」と言う。
地域包括ケア病棟協会の仲井培雄・会長は2月22日のオンライン記者会見で、他病棟から地域包括医療病棟への転換について「急性期一般1と地域包括ケア病棟とのケアミクスで、高齢患者対応を主に行っている病院では進むのではないか」と述べ、更に看護職配置を10対1として高齢者の急患受け入れに積極的な地ケアも移行を検討する事になる、と見立てた。
今回の改定では、地域包括医療病棟と急性期一般入院料2〜6の病棟との役割分担を十分整理出来ていない。両方とも看護職の配置基準は同じ10対1。診療報酬答申の附帯意見では「10対1」の急性期一般病棟について「入院機能を明確にした上で、再編を含め評価の在り方を検討すること」との一文が盛り込まれた。一般入院料2〜6の整理は次期26年度改定に引き継がれるのが必至となっている。
中医協での議論では、支払い側から「急性期一般入院料2〜6の病棟を全て地域包括医療病棟に移行すべきだ」との意見も出ていた。急性期・回復期の病院を将来的に「急性期一般入院料1の病棟」(7対1)と「地域包括医療病棟」(10対1)、「地域包括ケア病棟」(13対1)へ再編するという政府の未来図も予感させる。
制度の複雑化で混乱招く恐れ
ただ、地域包括医療病棟の要件はシビアなだけに、他病棟からの転換のハードルは低くない。地域包括ケア病棟協会が会員病院を対象に転換の意向を調査した所、回答した112病院の内、「転換する」と答えたのは5病院(4%)に止まっている。
地域包括医療病棟と地域包括ケア病棟の違いも分かり難い。看護職の配置基準こそ違うが、地ケアも看護職員配置加算を取得すれば実質10対1となるし、現に多くの地ケアでは同加算を届け出ている。名前の似た新類型を設けたとして、地ケアでも急患受け入れは続くだろう。機能の違いが曖昧なまま、制度が複雑化するだけに終わり兼ねない。当然ながら病院は機能分担の観点ではなく、施設基準も踏まえつつ経営的な観点からどの類型の入院料を選ぶかを決める。
診療報酬の高い「7対1」を届け出る病院が続出する等した問題の是正策として、厚労省はこれ迄も診療報酬で誘導する「アメとムチ」を繰り返し、入院医療機能の分化を進めようとして来た。しかし、思惑通りに奏功する事はそうそう無かったという歴史が有る。
3月22日にあった15の病院団体による代表者会議では、内科系の病院を中心に「地域包括医療病棟は算定要件をクリアするのが難しい」との声が寄せられたという。記者会見した日本病院団体協議会の山本修一・議長は地域包括医療病棟への転換について、「慎重な意見が多かった」と明らかにしている。
24年度の入院料に関する診療報酬改定を巡り、日本医師会の松本吉郎・会長は2月14日の四病院団体協議会との合同記者会見でこう振り返った。
「多くの項目の組み合わせでどれを選ぶかといった議論に収斂してしまった事は非常に残念だ。これ迄以上に医療現場はその対応に迫られ、混乱、疲弊する事が予想される」
この改定の仕組みを真剣に考え直す時に来ているのではないだろうか。
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