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岸田首相の「内向き」首脳外交に「内政」の死角

岸田首相の「内向き」首脳外交に「内政」の死角

世界的有事に外相交代、更に衆院解散・総選挙?

9月の内閣改造と自民党役員人事で岸田文雄・首相が狙った政権浮揚は空振りに終わった。報道各社の世論調査で内閣支持率は低迷したまま。それでも首相は年内の衆院解散・総選挙を諦めていないと見られ、10月20日開会の臨時国会では、経済対策を盛り込んだ今年度補正予算案が成立する11月中の解散が取り沙汰されている。

「外交は首相がやる」の自負と打算
首相官邸に入る上川外相

 内閣では松野博一・官房長官、鈴木俊一・財務相、西村康稔・経済産業相ら、自民党では麻生太郎・副総裁、茂木敏充・幹事長、萩生田光一・政調会長ら政権の骨格を軒並み留任させた中、総裁派閥・岸田派(宏池会)のナンバー2と目される林芳正・外相の交代が驚きを誘った。林氏に閥務(派閥を運営する実務)を任せ、女性閣僚を2人から5人に増やす為同じ岸田派から上川陽子・元法相を後任の外相に起用した人事は、「ポスト岸田」を窺う林氏が外相として実績を積むのを岸田首相が嫌ったのではないかという「林潰し」の思惑で語られている。

 そのような内向きの視点はさて置き、筆者が日常的に意見交換をしている日米外交・軍事情報筋を驚かせたのは、日本が主要7カ国首脳会議(G7サミット)の議長国を務めている最中で外相を交代させた事だ。岸田首相の地元広島でサミットが開かれたのは今年5月だが、G7議長国としての務めは年内一杯続き、10月末には大阪府堺市でG7貿易相会合、11月には東京でG7外相会合も予定されている。そもそもロシアによるウクライナ侵略という世界的有事の真っ只中である。力による現状変更を認めないという第2次世界大戦後の国際秩序を守る立場で民主主義陣営の結束を世界に示し、「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国を秩序維持の側に引き込む重大な責務を課されたのが今年のG7議長国だ。その途中で日本外交の担当閣僚を交代させる理由は那辺に在りや。岸田首相は記者会見で「外交は、外相あるいは防衛相を始めとする閣僚も大きな役割を果たすが、それと併せて首脳外交というものが大変大きなウエートを占める」と語った。要は「外交は自分でやるから大丈夫」と言っている訳だ。岸田首相自身、第2次安倍晋三政権の発足した2012年12月から4年半に亘って外相を務めた経験が有り、記者会見では「私も長く外相を務める中で首脳外交の重要性を痛感した」と振り返った。

 8年近く続いた第2次安倍政権の前半は、台頭する中国に日米同盟の強化で対抗する大方針の下、集団的自衛権の行使を可能とする安全保障関連法を制定。安倍首相がハワイの真珠湾、オバマ・米大統領が広島を訪問する相互献花外交によって戦後70年の日米の和解と蜜月を確認した。韓国とは「慰安婦合意」で関係改善を進めた「安倍外交」。それを外相として支えたのが岸田・現首相だった。

  当時の岸田外相は目の当たりにした筈だ。「日本を、取り戻す。」をスローガンに旧民主党から政権を奪還した安倍首相が外交・安全保障政策の再建に邁進した姿を。そして、安保関連法の制定という大きな成果を上げた後、北方領土交渉の進展と日中関係の改善を長期政権のレガシーとして残したいという「政治家・安倍晋三」個人の名誉欲に駆られて変質した第2次安倍政権後半の外交失策を。

 14年、ウクライナ領クリミア半島を一方的に併合したロシアに米欧が制裁を科す中、プーチン・ロシア大統領との首脳会談を繰り返し、ロシアとの経済協力を推し進めた事がプーチン大統領を増長させたのではないか。この批判に応えることなく安倍元首相はこの世を去った。そのロシアと歩調を合わせて戦後国際秩序に挑戦せんとする習近平・中国国家主席を国賓として招こうとしたのも第2次安倍政権だ。習主席の国賓来日を目指した20年春が新型コロナウイルスのパンデミックと重なり、来日が見送られたのは不幸中の幸いだった。もしもあの時、習主席が来日して天皇陛下と面会する映像が世界に発信されていたらと考えると背筋が寒くなる。

 安倍外交の評価は前半と後半で明確に分ける必要がある。岸田首相はそこから何を学んだか。首脳外交の重要性を痛感したとの発言からは、安倍外交の前・後半を分別していないのではないかとの疑念が拭えない。岸田首相は5月のG7広島サミットで政権浮揚を図った上で衆院解散・総選挙に打って出る「サミット解散」を目論んでいた。マイナンバーカードを巡るトラブル等で内閣支持率が低落し、今年前半の衆院解散は断念を余儀無くされた。

安倍政権を範とするリスクとジレンマ

外交は政権の得点になり難い。国民の関心は常に外交より内政に向けられる。安倍政権最大の外交レガシーとなった安保関連法も国内では大きな批判を浴び、安倍内閣も支持率の低迷に苦しんだ。一方、外敵の脅威を声高に叫んで国内の不満を外に向けさせるのは権力維持の常套手段。「モリ・カケ」不祥事への批判で内閣支持率が低迷していた17年秋、核・ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威を「国難」と断じて衆院解散に踏み切った安倍首相の政治手法は外敵利用の実例と言える。

  岸田首相が様々な意味で安倍元首相を範として来たのは間違いない。内閣支持率の低迷する中で安倍元首相肝煎りの防衛費倍増に突き進んだのも、安保関連法の強行採決に倣った様に見える。それを「安倍さんでも出来なかった事を成し遂げた」と自負するのも安倍元首相を意識している証左だ。そして、安倍元首相は度重なる支持率低迷期を選挙に勝利する事によって乗り切り、日本の憲政史上最長の政権を築いた。それに倣えばこそ、内閣支持率が低迷する程に解散戦略を意識するのだろう。

 そうした背景を念頭に置いて、再び今回の外相人事を考えてみたい。日米外交・軍事情報筋は、G7議長国を務めているタイミングでの外相交代に驚きつつも、林外相の退任自体には歓迎ムードだ。林氏は元々日中友好議員連盟の会長を務めていた親中派の代表格。21年11月に外相に起用された際に議連会長を退いたが、日米同盟を強化する政権方針との整合性が問題視されて来た経緯がある。ロシアがウクライナに侵攻した22年2月には、米欧諸国がロシアに侵攻を思い止まらせようと外交努力を続けていた中で日露経済協力のオンライン会議を開く外交音痴振りを露呈。G7議長国としてグローバルサウスを取り込む努力が求められていた今年3月には、グローバルサウスの盟主を目指すインドで開かれた主要20カ国・地域(G20)外相会合を欠席して再び外交センスの欠如を批判された。日米外交筋によると、「岸田外交」に対する米側の評価は高いものの、林外相の存在感は存外低かった様だ。

 日本・中国・韓国の間では4年振りとなる日中韓首脳会談を年内にも開く方向で調整されている。米国の同盟国である日韓としては、ロシア寄りの姿勢を強める中国に国際秩序の安定と地域協力の促進を働き掛ける貴重な機会。中国の権威主義的な振る舞いを許容して来た親中派にその交渉役が務まるのか、不安視する見方が米側には燻っていたという。

 だが、岸田首相による外相人事がそうした外交上の観点から検討された様子は無い。その認識が有るなら端から林氏を外相に起用していないだろう。「安倍的」な首脳外交への憧憬と、自分ならそれが出来るという自負。そして、林氏が首相候補として力を付けるのを抑えたい政治的な思惑。そんな「内向き」外相人事の成否は結果オーライとなるかも知れない。しかし、安倍元首相の様に「衆院解散・総選挙に勝って長期政権」シナリオが描けるかどうかは別の話。外交評価は政権評価に繋がり難いという「内政」の死角に岸田首相は気付いているだろうか。

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