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未来の会

なぜ新型コロナ「院内感染」が広がったのか

なぜ新型コロナ「院内感染」が広がったのか
背景見ない自衛隊中央病院「礼賛」に違和感

全国の医療施設で新型コロナウイルスの院内感染が相次いで発生した。東京都内では、永寿総合病院(台東区)や中野江古田病院(中野区)等、地域の中核病院、慶應義塾大学病院(新宿区)、東京慈恵会医科大学附属病院(港区)等の大学病院、最高の感染症対策を取っている「第一種感染症指定医療機関」の都立墨東病院(墨田区)等、病院の規模や種類を問わず感染が拡大した。なぜ院内感染がここまで多く起きたのか。そこには「新型コロナウイルス」の持つ特性とともに、常に厳しい状況に置かれている日本の医療現場の限界があった。

 「そもそも新型コロナウイルスは院内感染を防ぐのが難しい特性を持つ」と解説するのは、都内の大学病院で感染防止対策に当たる看護師だ。流行が広がるにつれウイルスの特徴が明らかになってきたが、当初から指摘されていた「無症状の患者が多い」という特徴は、医療現場を常に悩ませる。

 「一言で言うと、中途半端なウイルス。麻疹のように空気感染はしないが、飛沫感染するのでエボラウイルスのように接触だけ防げばよいものでもない」(同看護師)。

 症状の出方も、多くは無症状、もしくは軽い風邪症状で終わる。前出のスタッフは「症状がない患者は感染力が低いというのが感染症の常識だったが、このウイルスは無症状の患者からも移る。さらに、発症する2日前くらいがもっとも広げる恐れがある事も分かってきた」と対策の難しさを語る。無症状の人が感染を広げるのでは、感染予防策は一気に難しくなる。

 おまけに、「死亡に至る重篤なケースであっても、軽症の段階で見分ける指標は現時点ではない」と関東地方の公的病院の内科医は顔を曇らせる。埼玉県では自宅待機中の患者2人が急変して死亡したが、「ホテル等に集めたところで、全施設に医師を常駐させる人的余裕はない」(同内科医)というのが現実だ。

220人超受け入れて院内感染ゼロ

 そんな中、にわかに注目されたのが東京都世田谷区にある自衛隊中央病院だ。外科や内科から産婦人科、小児科まで29の診療科を備え、500床のベッドを持つ第一種感染症指定医療機関だ。病院長は自衛隊の医官が務め、勤務する医師は自衛官の身分を持つ。「同院はクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスの集団感染患者112人を受け入れた。全員が退院した後、104症例についてHPで詳細な報告を行ったところ、ちょうど院内感染が多発した時期だったこともあり、『院内感染を起こさなかった医療機関』として持ち上げられた」(全国紙記者)。

 同院は4月末には、報道機関に院内を公開。「陽性患者220人を受け入れながら、院内感染ゼロ」(TBS)、「クルーズ船112人治療で院内感染ゼロ! 『自衛隊中央病院』はなぜ奇跡を起こせたのか」(週刊新潮、取材方法はメール)等、院内感染を起こさない対策とともに紹介された。再び全国紙記者が解説する。

 「これらの取材で病院が挙げていた院内感染防止策は主に次の通り。ウイルス汚染地域と非汚染地域を分けるゾーニングの徹底、マスクや防護具の正確な使用・着脱、日頃からの訓練、全患者を感染者と思って扱う——の4点だ。これらを徹底していれば院内感染は起こらないとする説明は国際的な感染防止対策とも合致し説得力がある」

 別の全国紙の医療担当記者も「自衛隊中央病院が行った感染予防対策は、特に新味のあるものではない。一般の人が出来る感染予防策が徹底した手洗い以外にないように、予防策というのは地味で継続が必要なものだ」と語る。

 それでは、院内感染を起こした医療機関はどうだったのか。この医療担当記者は以前、第一種感染症指定医療機関の感染予防訓練を取材した事があるという。「西アフリカでエボラ出血熱が流行した時期で、訓練は日本でエボラ患者が発生したという設定で行われた。患者の搬送、防護服の着脱、専用病床に入院した患者のケア等を本番さながらに行った」。防護具を脱ぐ時にウイルスを体に付着させてしまう等、緊張感が途切れた一瞬を狙って医療者への感染が起きる。「指定医療機関であれば年に数回、こうした訓練が行われているはずで、それ以外の医療機関でも基本的な対策は取られているはずだ」とこの記者は語る。

一般病院に「有事の対応」求める愚

 それでは自衛隊病院にあって、それ以外の病院になかったものは何か。その答えを、新型コロナ対応に当たる大学病院の医師が一言で言い切る。

 「余裕、でしょう」

 自衛隊中央病院と関係が深い別の医師はこう解説する。「自衛隊中央病院は有事の際に最後の砦となり、500の病床も倍に増やせる。今回はその有事の対応をしているかというと、普段通りの運用をしている」

 東京都で新型コロナの感染者が急増したことから、都内の病床数は逼迫。この医師の病院では「都からベッドを作れと指示が来て、普段は感染症の患者に使わない病床を急遽、新型コロナの患者用にする等の対応を迫られた」という。しかし、自衛隊中央病院は都の新型コロナ対応の枠組みには入っておらず、有事に備えるためベッド数を増やすどころか一定数しか稼働させていない。

 都内のクリニックの医師も「自衛隊病院は特別。特別の感染症対策を採っているという意味ではなく、コロナ対応の枠組みから外れた特別な病院という意味です」と皮肉交じりに語る。もちろん新型ウイルスが流行している際に災害やテロ等が起きる恐れがあり、自衛隊中央病院の対応は責められるものでは全くない。ただ、「自衛隊病院で働く医師や看護師は、有事に備えた訓練を通常業務の一環で行っている。一般の病院では感染症患者を見ないスタッフは、業務内で訓練を受ける機会はほとんどない」(前出の大学病院医師)といい、自衛隊病院とその他の病院を同等に語る事は出来ないというわけだ。

 院内感染の理由として指摘されるのが「パソコンのキーボードの消毒忘れ」「他科で高度な感染対策を取らずに診た患者が後日、新型コロナ感染者と判明した」等だ。自衛隊病院が挙げた感染防止策のうち、ゾーニングの徹底は普段は感染症に使わない病床の供出で難易度が上がり、日頃の訓練も全員に行われているわけではない。マスクや防護具の正確な使用・着脱に至っては「資材不足」という現実が立ちはだかる。全患者を感染者と思って扱えば当然、N95マスクや防護衣等の衣料資材が大量に必要となるが「在庫不足で使い回しが当たり前。ウイルスの前に裸で立たされている気分だ」(同)というのが一般の病院が置かれた現実だ。

 つまり、院内感染の拡大は、日頃から余裕のない医療者が十分な資材を与えられず現場に立たされ、キャパオーバーした結果に他ならない。

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