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「反戦=平和」の衣を纏った左派メディアの「親ロシア」言説

「反戦=平和」の衣を纏った左派メディアの「親ロシア」言説

即時停戦論者の裏に潜む「反米」「反ウクライナ」

「反戦=平和」論で思考停止した戦後日本左翼の残影か、それとも旧ソ連の社会主義を信奉した東西冷戦期への郷愁だろうか。リベラル左派と目される知識層やメディアから発せられる即時停戦論が止まない。明白な国連憲章違反であるロシアのウクライナ侵略が始まって1年半以上が経過。戦争が泥沼化する中での停戦は、ロシアが不法占拠したウクライナ領土の占有を許す事を意味する。戦争の犠牲者をこれ以上増やしてはならないという一見平和的な主張が、侵略戦争を起こした側にその果実を与える事になる。平和主義の衣を纏って繰り↘返される親ロシアの言説について考えたい。

NATOを批判した東京新聞社説の異様

 「ロシアの暴挙は許されないが、ウクライナへの武器供与や加盟国の軍備増強により軍事対立をこれ以上、激化させてはならない」

 ウクライナへの軍事支援強化を決めた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議を批判した7月14日付東京新聞社説の異様さは特に際立った。この社説は中日新聞にも掲載された事から、両紙を発行する中日新聞社として、ウクライナ支援だけでなく、米↘国を中心とするNATO諸国が軍備を増強してロシアに対抗する事にも反対する社論を鮮明にした形だ。

 中日新聞社の親露姿勢は「ロシアの侵攻後、NATOは自らを民主主義陣営、ロシアや中国を権威主義陣営と色分けして対決構図を際立たせている」との一文にも表れた。対決構図を作り出したのは米欧側であり、米欧主導の国際秩序に挑戦するロシア・中国側に非は無いと言いたいのか。昭和の冷戦期に旧ソ連や中国に共感した左翼の「反戦=平和」論は「反米」と結び付く傾向にあったが、令和を迎えても尚それを引き摺っている様だ。↖

 「反戦=平和」論に基づく即時停戦論はロシアの侵攻当初、朝日新聞や一部地方紙の紙面も賑わせたが、ロシアの非道が明るみに出るにつれて鳴りを潜めた。それだけに日本最大のブロック紙が公然と社説に掲げた衝撃は、日本の左派メディアに潜む反米・親露の病巣の深さを印象付けた。

 中道リベラルと目される毎日新聞は社論として即時停戦を唱えてはいないが、週1回のコラムを受け持つI記者のウクライナ批判が異彩を放っている。「ウクライナ即時停戦再論」と題した8月26日付コラムでI記者はウクライナ政府の汚職体質を指摘し、徹底抗戦の先頭に立つゼレンスキー・大統領の振る舞いを「思慮のない英雄主義」と決め付け、「汚名を引き受け、停戦を探る勇気」を大統領に求めた。

 I記者はそれ迄も同様の主張を繰り返しており、その親露姿勢に批判が寄せられていたのだろう。「それをプーチン氏にも言え? 悪のスケールが違う。そちらに対しては、もっと複雑な言い方を練り上げなければ」と思わせ振りにコラムを締め括った。ゼレンスキー大統領に即時停戦を求めるなら、プーチン・ロシア大統領に即時撤退を迫るべきだが、それを敢えて避けるのは何故か。一方的に侵略を仕掛けた側ではなく、侵略を受けている側への批判を繰り返すI記者の精神構造も然る事ながら、I記者の歪んだ親露言説を紙面に掲載し続ける毎日新聞の編集体制にも問題が有るのではないか。

 リベラル左派や親露派知識層が発する即時停戦論は必ず「ロシアは悪いが、米国も悪い」「プーチン大統領に正義は無いが、ゼレンスキー大統領にも不正義が有る」等として、ロシア側の悪を相対化し、ロシアと敵対する側にも非が有るのだからという論理構成で侵略行為を消極的に容認する。中日・東京新聞社説やI記者のコラムはその典型だ。

 それに対し「ウクライナ戦争をめぐる『が』について」と題した論稿を『世界』10月号(岩波書店)に寄せたのが、ロシアの軍事分析を専門とする小泉悠・東京大学先端科学技術研究センター講師だ。小泉氏は、ロシアの悪を相対化する言説の多くが「ロシアの侵略は許されるものではないが」という枕詞で始まる事に着目。その末尾に付く「が」を削除し、「ウクライナに対するロシアの振る舞いは許されないという大前提」を言い切った上で、米国やウクライナ側の問題点も議論されるべきだと提起した。

「プーチンの悪」を相対化する「が」の論理

詳細は是非ご一読頂きたいが、注目すべきは小泉氏の論稿が日本の左派論壇を代表する総合誌『世界』に掲載された事だ。『世界』こそ、ロシアのウクライナ侵略が始まって以降、ロシアの絶対悪を批判するよりもロシアの悪を相対化して「反戦=平和」を模索する論稿を積極的に発信して来た媒体である。気になったのは『世界』10月号の表紙に記載された小泉氏の論稿の見出しが「ウクライナ戦争以後の世界」となっている事だ。小泉氏が論じているのは停戦後ではなく、戦争が泥沼化した「現在」の日本の論壇の在り方であり、「反戦=平和」論が主流の『世界』読者へ向けた問題提起なのだが、『世界』側はあくまで停戦を見据えた体裁にしたかったのか。その『世界』誌上に、日米同盟の堅持と防衛力増強によって中露に対抗する安全保障政策の妥当性を訴えた小泉氏の論稿が掲載された意義は大きい。

 仮にロシアの占領地域を現状で固定する即時停戦が成立したとしたら平和が訪れるのだろうか。プーチン大統領は「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性」を主張し、ウクライナ侵攻当初のロシア軍は首都キーウの制圧を目指した。一時停戦が成ったとしても、軍の態勢を立て直し、折を見て侵略を再開するだろうというのが、リベラル左派や親露派を除く外交・安全保障関係者の大方の見方だ。

 自らを「神国」とする歪んだ国家観を国民に植え付けて満州に侵攻し、国際社会から批判を浴びても日中戦争、太平洋戦争へと突き進んだのは90年程前の我が国だ。子供達に愛国心を教え込む軍国教育で長期戦に備え、為政者の意に添わない言論を徹底的に弾圧する権威主義・ロシアの統治スタイルも嘗ての軍国主義・日本と重なる。このままロシアも日本と同じ亡国の道を歩むのだろうか。

 「反戦=平和」論者は目の前の戦火を消す事を重視するが、その為にロシアに侵略の果実を与えるなら、侵略戦争を絶対悪と見做して禁じた国連憲章に基づく戦後国際秩序に蟻の一穴が開く。それを待っているのが、武力による現状変更の機会を虎視眈々と窺う中国や北朝鮮だろう。短絡的な「反戦=平和」論は、より大きな戦火を招き兼ねない。例えば中国が台湾に侵攻した時、リベラル左派はこう言うのだろうか。「中国の暴挙は許されないが、台湾を支援して軍事対立を激化させてはならない」と。

 9月中旬には北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党総書記がロシア極東を訪問し、プーチン大統領との首脳会談でロシアによるウクライナ侵攻を全面的に支持する事を表明した。北朝鮮側がロシア軍に対する大規模な武器・弾薬の供与に踏み切るのではないかと報じられており、ウクライナ戦争の更なる激化・長期化が懸念されるが、問題はそれだけではない。ロシアが武器・弾薬と引き換えに核・ミサイル技術を北朝鮮に提供する恐れも有り、我が国を取り巻く東アジア情勢も急速に緊迫化し兼ねない。

 北朝鮮は独裁体制を敷く権威主義国家であると同時に、国連決議を無視して核・ミサイル開発を進める「ならず者国家」の烙印も押されている。その同類に身を窶してでも武器・弾薬を調達しなければならない窮状に陥ったのがロシアであり、それだけ米欧側の対露制裁とウクライナ支援が効いているとも言える。左派・親露派は「日米欧が自らを民主主義陣営、ロシアや北朝鮮をならず者陣営に色分けして対決構図を際立たせた」と批判するのだろうか。

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