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第168回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 医療事故の誤った理解と正しい理解

第168回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 医療事故の誤った理解と正しい理解
誤った医療者的理解

「医療事故調査制度」は、医療法に定められた法令上の制度である。ところが、当該法令については、医療者の感覚には必ずしも素直にフィットしないところがあるらしい。そのため、平成26年6月の制度成立から9年以上も経過しているにもかかわらず、未だに抗っている医療者も残存する。抗うのは個々の医療者の自由ではあるが、問題なのは、その抗いというか誤りを他の医療者に植え付けようとしていることであろう。

そこで、ここでは、誤った医療者的理解を払拭させるべく、「医療事故」の「誤った理解」と「正しい理解」とを対比させて説明する。

責任追及と医療事故は別物

誤った医療者的感覚からすると、患者さんやご遺族の素直な責任追及の感情を、短絡的に「医療事故」として反映させて取り扱うべきということになりかねない。しかしながら、「責任追及」はあくまでも「医療過誤」に対してなされるべきであって、専ら「医療安全」のみを追求している「医療事故」として取り扱ってはならないのである。

あくまでも「責任追及」と「医療安全」を切り離して、「責任追及」は「医療過誤」、専らの「医療安全」は「医療事故」だと割り切ったのが、「医療事故調査制度」の法令上の到達点だった。この点は、クールに理解して実践しなければならない。

ともすれば、「医療事故調査制度」の名称変更の意見に共感したくなりがちな医療者の感覚も、誤った医療者的感覚の一環なのであろう。

医療事故の疑いは医療事故ではない

ある時、筆者が医療者向けに下記の課題を出したことがあった。

「(問)医療法に定める医療事故調査制度に関する次の記述のうち、正しいものを1つ選んでください。

(1)「医療に起因し、又は、起因すると疑われる死亡又は死産」に「該当しない死亡又は死産」については、「管理者が予期」したかどうかを検討する必要がない。
(2)制度では「管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」と定義されているが、ここで言う「予期」とは「予見」と同じ意味である。
(3)「制度の対象事案」については、「医療事故の疑い」のあるものも含むと定義されている。
(4)「医療過誤」に該当する事案であっても「医療事故」に該当しない事案も、制度上は存在しうるものとされている。」

さて、どれが正しいと感じるであろうか。

誤った医療者的感覚からすれば、「正しいもの」は(3)と感じるのではないかと思う。だが、それは誤りで、「正しいもの」は(4)なのである。

選択肢(4)は、すでに先の項目で述べたことと同じであるので、繰り返さない。問題は、大多数の医療者の方々が思わず(3)を正しいと感じてしまうことである。

医療者が法令を感覚のままに運用したら、民主的に定められた法令が、実効性を失ってしまう。それは、反民主的な現象なので絶対に陥ってはならないワナであろう。

現に、「制度の対象事案」たる「医療事故」には、「医療事故の疑い」のあるものも含むと説明している医療者もいるらしい。繰り返すが、それは重大な誤りである。

念のために付言すれば、「医療事故の疑い」のあるものが「医療事故」なのではなく、「医療に起因すると疑われる死亡又は死産」が「医療事故」となりうるのであり、この点を混同してはならない。

医療起因性のない死亡を除外しないこと

誤った医療者的感覚の最たるものは、「医療起因性」のある事案のみを扱おうとし、「医療起因性」のない事案には全く興味を示さず、甚だしくは、「医療に起因しない死亡」は全く検討対象から外してしまおうとする感覚であろう。

つまらない事案だと言われればそうかも知れないが、法令上「医療に起因しない死亡」であったとしても、「医療事故」の該当性の検討が行われるべきであるにもかかわらず、医療事故の概念から直ちに除外してしまおうとする医療者的感覚こそ重大な問題なのである。

どういうことかと言うと、「医療起因性」の有無にかかわらず、それとは全く別々に、「予期しなかった死亡」かどうかを独自に検討しなければならず、「予期」の有無をそれ自体として検討しなければならないという意味である。「予期」の検討自体に意味があることは、明らかであろう。そして、それだけに留まらず、「予期しなかった死亡」で「医療起因性のない死亡」を「予期」を中心として検討することに意味があるのである。このことは言うまでもなかろう。さらに言えば、「予期していた死亡」で「医療起因性のない死亡」は、まさに医療における通常の事態(例えば、原病の進行)である。

しかし、少なくとも自らの見立ての再確認の意味くらいはあるであろう。実は、「医療事故」の定義においては、「医療事故」に該当するかどうかの検討を通じて、平常の医療すらも意識的に再確認させる機能も有しているのである。

いずれにしても、医療法では、予期の有無と医療起因性の有無という要件を通じて、4つのバリエーションを想定し、医療事故の該当性を判断する中でそれら4通りの可能性を常に検討させようとしているのであった。これこそが法令の定めであるので、誤った医療者的感覚によって、勝手に法令を改変してはならないのである。

予見は予期ではない

「予期しなかった死亡」について述べたが、甚だしい誤りは、「予期」を「予見」と読み変えてしまうことであろう。さすがにここまで来ると、誤った医療者的「感覚」というより、誤った医療者的「知覚」と評価できるのではないか。時には、「悪質」という評価もされかねないので、よくよく注意しなければならない。

「予見」は「医療過誤」すなわち「過失」の局面において出て来る用語であり、「責任追及」と直結するものである。英語で言えば、「foresee」となろう。他方、「予期」は「医療事故」の局面において出てきた用語であり、専らの「医療安全」と直結したものである。英語で言えば、例えば「expect」となろう。

英文で海外に我が国の医療事故調査制度を紹介する際には、特に注意しなければならない。英語に疎い医療者ならばともかく、英語が達者な医療者がその誤解をしたとしたら、悪質なこととして責任を問われねばならない結果ともなりかねないであろう。

過誤の有無は問わない

以上、「医療事故」に絞って、誤った理解と正しい理解とを対比させて述べてきた。当該医療者の基本的な発想が法令の発想と異なると、往々にして、すぐ誤解に陥りかねない。今後ともに留意すべきことではあろう。

最後に、「医療事故」の定義における「過誤の有無は問わない」について付け加えたい。これは、もともと厚生労働省が「医療事故の定義について」のうちの「医療事故の範囲」を明示した際に、「予期しなかった死亡」と「医療起因性のある死亡」の欄から「制度の対象事案」を示す欄の外側の注書きに「※過誤の有無は問わない」と明記したことに由来する。本来の意味は、「医療過誤の有無は問わず、医療事故の有無は独立に定められている」ということであろう。「医療過誤」かどうかと、「医療事故」かどうかは、全く個々別々に決められることである。したがって、医療事故であっても医療過誤ではないケースがあるのと同様、医療過誤であっても医療事故ではないケースもありうるのである(先般の設問の(4)の正しい解答)。

ところが、このような明瞭な点についてすら、「過誤の有無に関係なく、死に関連するものは報告対象」であるかのような紛らわしい表現をしている医療者もいるらしい。いくら医療者的感覚にフィットしないと思う医療者であっても、意図的にニュアンスを変えるが如き法令の誤解を流布させることまでは、許されてはならないことであろう。

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