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未来の会

医療界におけるジェンダー問題

医療界におけるジェンダー問題

第⑤回 性別分業が固定化したままでは生産性が向上しない

資生堂は、化粧品を扱う会社と言う事もあり女性社員が多い。以前から育児中の社員に様々なサポートをしていた為、育児短時間勤務制度を利用する育児期の女性美容部員は多かった。かねてよりこの制度を利用して出産後も働き続ける社員は一定数いたが、利用者が増えた為に同僚間の助け合いだけではカバーし切れなくなり、カバーする側の不公平感が増した。化粧品売場は夕方5時以降や土日休日が忙しくなるという業界の事情もあった。時短勤務でこの時間に働けないという事は売り上げへの貢献も難しい。

資生堂ショックと女性の無償労働

そこで、2014年4月から育児短時間勤務をしている職員も遅番、土日・休日勤務のシフトに入る様要請した所、これが後にNHKの番組で「資生堂ショック」と紹介され、社会的議論を呼んだ。子育て中の女性社員を冷遇する勤務体制と思われたのだ。実際には、資生堂では既に子育て中の社員に手厚いサポートがなされており、実際に育児休業取得者は多かった。その下地が在った上で、更に個別の事情に合わせて子育て中の女性社員にも平等に業務を分担させる様に方向転換したのだ。いつまでも「男は外で仕事、女は家庭を守る」という性別分業に固執していると、女性は「マミートラック」から中々抜け出せない。マミートラックとは、子育て中の女性が比較的責任が軽い仕事を任せられ、その結果、キャリアアップし難くなる事である。

実際、資生堂の方針変更は、子育て中の女性社員が夫や家族の協力が得られる様、話し合いの機会を促す事になり、家庭に於ける男性の活躍、職場に於ける女性のキャリアアップを後押しした。そもそも子育て支援策の利用者は女性社員が多く、手厚い育児サポートは、「育児は女性が行う」という性別分業に間接的に与してしまっていたかもしれない。子供が小さい時期は母親が時短勤務し、父親は長時間労働をするというのでは、母親が働く会社だけが損をする。子育て中の女性を企業が雇用したがらない要因にも繋がるのではないか。父親の労働時間の調整は、父親が家事育児にコミットする時間を増やし、母親の仕事の幅を広げ、マミートラックを回避する事にも繋がる。

 現時点では、女性は主たる家事・育児・介護の担い手である事が多いが、これらの家庭内の仕事は無報酬である。世界的に見ても、無償のケア労働の75%を女性が担っている。そして、この無償労働は「働く事に含まれていない」事が多い。国際労働機関(ILO)は、「労働時間は週48時間を超えてはならない」と定めているが、これは週48時間を超えると健康リスクが生じるからだ。だが、ここで言う「労働」とは有給の労働を指し、一般的に無償のケア労働迄は考慮されていない。女性が家庭外で働き、家庭内で無償ケア労働に従事した場合、合計の労働時間はこうした上限を超える事は少なくない。例え定時や短時間勤務で帰宅したとしても、その後延々と家事育児等の無償のケア労働が待っている。女性の家庭内労働は経済の世界から殆ど無視され、価値の無いものとされて来た。男性の労働の成果はお金に換算されるが、女性の家事や育児の成果は目に見えず、財を生まない(様に見える)。GDPにも換算されない。歴史的に女性が担当して来た育児や介護等を含むケア労働は、社会に於いても低賃金で不安定な仕事になってしまっている。 保育士や介護士が専門職であるにも拘わらず、収入が低く不安定な業種である理由の1つはここに在る。

無償労働の75%を担う女性

医師の世界に於いても、女性が家庭のケア労働の主たる担い手となっている事が多い。或る調査によれば、女性医師の配偶者の約70%は男性医師だが、男性医師の配偶者の半数は専業主婦であり、配偶者がいる女性医師の労働時間は短くなり、男性医師の労働時間は延長されるという非対称な現象が明らかになっている。更に、子供を持つ女性医師の労働時間は短縮している。つまり、男性医師は結婚すると家事等を妻に任せて長く働けるが、女性医師は負担が増えて長く働けなくなる。非常勤になった場合に特にその傾向が大きくなる。

 常勤でも、女性医師が家事育児を負担する為に病院の育児支援を利用して労働時間を短くすれば、同僚の男性医師や子供を持たない女性医師の労働時間が長くなる。そこに不公平感が生じるのは「資生堂ショック」のケースと同じだ。育児支援を利用した女性医師はノルマやシフトを軽減出来る一方で、マミートラックに陥ってしまうかもしれない。

実際、16年に公表された厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会 中間取りまとめ」に依ると、30〜50歳代の女性医師の労働力は同年代の男性医師の80%と見積もられており、特に中学生未満の子供の育児期間中は50%という試算も在る。ただ、その試算にどの程度の根拠が有るのかは明らかでは無い。又、長時間労働が問題視されているにも拘わらず、その男性医師の労働時間をデフォルトと見なす事には問題があろう。しかし、少なくとも女性医師の労働力が男性医師よりも少なく見積もられているのは事実だ。本当に育児中の女性医師の労働力が男性の半分なのであれば、由々しき事態ではないだろうか。

 そして、問題は労働時間だけでは無い。男性外科医の労働時間は週に91.5 時間、女性外科医は76.1時間である(確かに女性外科医の労働時間は男性より短いが、週76.1時間と言うのは法定労働時間を考えれば十分に長い)が、年齢や職位や労働時間で調整しても女性外科医は男性外科医よりも約150 万円年収が少ないと言う報告が在る。又、男性外科医の場合、結婚すると平均年収は110万円増加し、子供1人当たり36万円増加するが、女性外科医は、結婚しても平均年収に差が無く、むしろ子供1人当たり73万円減少した。これは、父親である事で収入が増える“Fatherhood premium”と母親である事が低賃金に結び付く“Motherhood Penalty”と言う現象であり、海外でしばしば報告されているが、これが日本の外科医でも認められた事になる。理由は幾つか考えられるが、例えば、女性医師は自分のキャリアや収入よりも、ファミリーフレンドリーである事を優先して勤務先の病院を選んでいる可能性等が挙げられる。或いは、ケア労働の為のアクセスのし易さ(子供の保育園への送迎等)を優先しているのかもしれない。

 男性にとっては、家庭は「賃金労働から離れた憩いの場」かもしれないが、女性にとっては労働の場であり、なかなか憩いの場とは言い難い。世界的に見ても、女性は無給のケア労働を男性の3倍も担っていると言う。職場から帰宅しても労働が待っている状況のままで「女性が輝く」「女性の活躍」を目指そうとすれば、その先に見えるのはただの負担増だ。しかもケア労働分は労働時間としてカウントされず、目に見えない。

 女性医師の配偶者や家族が、女性医師のキャリア形成に協力的である為にはどうすれば良いのか。やはり、本人を中心に職場と家庭で根気よく提案と話し合いを続けて調整して行くしか無い。又、女性医師の配偶者の6〜7割は男性医師なのだから、妻の当直日は夫が定時で帰宅して、保育園へのお迎えや子供の食事、入浴、寝かし付けを担当する。月に数回は十分調整可能だと思われるが、如何だろうか。

 どの様な業種でも、家庭に於ける男性の活躍と女性のキャリアアップは切り離せない。男女共同参画は社会でも家庭でも推進する必要が有る。「資生堂ショック」はその先鞭と言えるかもしれない。

参考文献

参考文献:石塚由紀夫(2016)資生堂インパクト−子育てを聖域にしない経営 日本経済新聞出版社/キャロライン・クリアド=ペレス(2020)存在しない女たち 河出書房新社/カトリーン・マルサル著、高橋璃子訳(2021)アダム・スミスの夕食を作ったのはだれか? 河出書房新社/村田亜紀子、社会医療法人清風会岡山家庭医療センター、津山ファミリークリニック(2015)日本の女性医師の現状に関する社会学的考察−女性医師はどのように周囲の環境に適応してきたか 治療vol. 97, no. 12, pp. 1655-1662./中村真由美(2012)女性医師の労働時間の実態とその決定要因−非常勤勤務と家族構成の影響について 2012年64巻1号/Okoshi K, Nomura K, Taka F, Fukami K, Tomizawa Y, Kinoshita K, Tominaga R. Suturing the gender gap: Income, marriage, and parenthood among Japanese Surgeons. Surgery. 2016/Luhr S. Signaling Parenthood: Managing the Motherhood Penalty and Fatherhood Premium in the U.S. Service Sector. Gender & Society. 2020

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