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未来の会

世界史的な安全保障環境の転機

世界史的な安全保障環境の転機
対応出来ていない日本中枢のお粗末

75年前、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と憲法前文で宣言したのが第2次世界大戦の敗戦国・日本だ。平和主義と自賛したその夢は、ロシアのウクライナ侵攻によって踏みにじられようとしている。

 本稿は憲法改正を提起しようというのではない。第2次大戦の戦勝国を中心として構築されて来た戦後国際秩序が崩壊の瀬戸際にある現実を前に、日本の安全保障政策が抜本的な見直しを迫られている事を冒頭で確認しておきたい。

核武装した専制・独裁国家の脅威

 第2次大戦の戦勝国が核を保有し、国連安全保障理事会常任理事国(P5=米国・英国・フランス・中国・ロシア)の特権を得る事で世界の平和と安定に責任を負って来たという国連の建前は、根底から瓦解した。ロシアは単なる「核武装した専制・独裁国家」と化し、核の使用をちらつかせて国際秩序を破壊する側に回った。第3次大戦を防ぐ為に創設された国連に対し「破滅的な全面核戦争になる第3次大戦を招きたくなければ黙って見ていろ」と挑戦状を突き付けた格好だ。

 第1次大戦の主戦場は欧州だったが、第2次大戦ではアジア太平洋に拡大した。再び欧州を舞台に勃発した戦火が今後更に広がるのかどうか。懸念されるのが東アジアの情勢だ。中国、北朝鮮、ロシアという「核武装した専制・独裁国家」の脅威に三方を囲まれているのが日本の厳然たる現実。中国も北朝鮮もロシアの残虐な侵略行為を非難しようとしないという事は、同様の愚行がこの東アジアで繰り広げられる悪夢を想起させる。

 核・生物・化学兵器の使用も辞さず、一方的に自国の権益を追求し、領土・領海等の現状変更を力尽くで達成しようとする専制国家陣営と、それに対抗し、戦後国際秩序を守護せんとする民主国家陣営に世界は二分されつつある。従来の日本の安保政策は、米国の核の傘に入っていれば核攻撃を受ける事は無いという東西冷戦期の「拡大核抑止」論に基づいていた。しかし、ロシアは核の脅しをウクライナと、ウクライナを支援する民主主義諸国に突き付けた。核武装した専制・独裁国家が、核の脅しに留まらず、実際に核を使用する可能性がある事を前提に、安保政策を組み立て直さなければならなくなったのである。

 日本の岸田政権は丁度この年末に「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」の3文書改定を予定していた所だった。中国の軍事的な台頭と海洋進出を受けて安全保障政策を見直すのが最大の眼目だったが、そこにロシアのウクライナ侵攻が重なった。腰の重い官僚機構の尻を叩く好機という受け止めもあったが、防衛省・自衛隊が4月上旬、自民党安全保障調査会(小野寺五典会長)の勉強会に提出した検討資料のお粗末さが関係者を唖然とさせた。

 あ2018年12月の防衛大綱改定で重点を置いた宇宙・サイバー・電磁波などの当時、新領域と呼ばれた分野の記述が漫然と並び、ロシアについては「極東地域での軍事力強化を継続しつつ、中国と連携した演習・訓練を頻繁に実施」等、ウクライナ侵攻前からアップデートされた形跡が全く無い。「風車による安全保障への影響の回避」と題し、再生可能エネルギーの利用拡大で各地に広がる風車が自衛隊と在日米軍の航空機やレーダーの運用に支障を与えている事を訴えるのにA4用紙1ページの紙幅を費やすに至っては「バカの壁とはまさにこの事を言うのだろう。世界史の転換点に外務省・防衛省が対応出来るとは思えない」(防衛省OB)等の嘆きの声が漏れた。

直ちに米国と戦略協議を始めるべき

行政が対応出来ないのなら、政治家の出番だ。

しかし、自民党が4月に政府に提言した内容は「敵基地攻撃能力」の名称を「反撃能力」に言い換えるとか、防衛費の国内総生産(GDP)比の目標2%を明記するとか、本質的な議論からは程遠い言葉遊びの代物だった。いずれも安倍晋三・元首相肝煎りの「政策」だ。安倍氏は先ず自らの「親プーチン」外交を国民に詫びて蟄居すべきだと思うが、それは置いておくとしても、「核武装した専制・独裁国家」に三方を囲まれた日本の現実を見据えた安保論議とはお世辞にも言えまい。

 安倍氏は親プーチン外交を総括する事無く、唐突に「核共有」の議論を煽った。米国の核戦力を日本に配備して共同管理する核共有は、安倍氏に言われる迄も無く、その是非を日米政府間で戦略的に協議すべき課題だ。非核三原則に関わる重い議論になるからこそ、岸田文雄・首相以下、政府・自民党が真剣に国民に問い掛けるべき課題とも言える。ロシアのウクライナ侵攻で立場が危うくなると焦った元首相の「保身」に与野党が振り回される状況がそもそもの国益に反する。

 更に、である。安倍氏の天敵、石破茂・元自民党幹事長が安倍氏の核共有に対抗して「核保有」論を主張し始めている由。唯一の核兵器被爆国である日本が核拡散防止条約(NPT)体制を崩壊させる側に回るというリアリティーの欠如は、現実的な安保論議を唱えてきた石破氏が「安倍憎し」で狂ってしまったと思わざるを得ない。

 自民党の提言は流石に「核共有」にも「核保有」にも言及しなかった。政府・自民党に欠けているのは、安全保障環境の厳然たる現実に対する脅威認識と、それに向き合う責任と覚悟だろう。「核武装した専制・独裁国家」の脅威は今、そこに在る危機だ。専制国家の核の脅しに対抗出来るのは、米国が同盟国に提供する核抑止力しかない。中国に対し、台湾や尖閣諸島に侵攻すれば大きな代償を払う事になるというメッセージを如何に送るか。直ちに米国と戦略協議に入るべきだ。

 東アジアの安全保障環境を考える時、中国が専制・独裁国家陣営に回るのを押し留める外交戦略が何よりも必要になる。我々、民主国家陣営の最大の武器は国際世論だ。戦争を起こしても何の利益も得られない。「世界の工場」としてグローバル経済の恩恵に浴して来た中国が、経済の相互依存を破壊するメリットが有るのか。そう問い詰めていく外交戦略をしたたかに構築すべきだ。

 繰り返すが、ロシアのウクライナ侵攻は、日本にとっては、今そこに在る危機である。ロシアには絶対に「戦果」を与えてはならない。明日の東アジアで「戦果」が得られるという誤った戦略認識を中国に与えない事が何よりも重要な局面だ。そのような状況で、あろう事か、自民党の右派勢力は時代錯誤の愚かな振る舞いに至ってしまった。

 ウクライナ政府が第2次大戦時のファシズムの象徴としてドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニと共に昭和天皇の写真をネット投稿に掲載したのに対し、ウクライナ政府に謝罪させて、昭和天皇の写真を削除させたのである。更に、ウクライナ軍による国際社会への感謝の動画に日本が入っていなかった事に抗議するに至っては「恥ずかしい」を通り越して「バカか」と言いたくなる。

 第2次大戦時の日独伊枢軸を昭和天皇、ヒトラー、ムッソリーニで表現するのは世界の常識だ。ファシズムの権化と化したロシアと本物の戦争をしているウクライナに対し、矮小な国粋主義を押し付けようとする自民党の政治家達に、アジアの安全保障を託せるのだろうか。

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