「家庭内」にとどめない行政や医療の支援が必要
高齢化社会の「暗部」を明るみにする事件が相次いで起きた。神奈川県川崎市で児童ら20人が殺傷された通り魔事件では、犯行後に自殺した容疑者の男(51歳)は10年以上にわたり、ひきこもりのような生活を送っていたとされる。この事件の後、今度は東京都練馬区でひきこもりの長男(44歳)を刺したとして殺人未遂容疑で元農林水産事務次官(76歳)が逮捕される事件が起き↘た。80代の親がひきこもる50代の未婚の子どもを支える「問題」が社会問題となる中、ひきこもりの対応を「家庭内」にとどめない行政や医療の支援が求められている。
事件が起きたのは5月28日朝のことだ。川崎市多摩区の登戸駅近くのバス停で私立カリタス小学校のスクールバスを待つ児童の列に、刃物を持った男が襲いかかったのである。防犯カメラの映像や目撃者によると、男は無言のまま背後から列に近づき刃物で次々に刺したとみられ、児童や保護者18人が怪我、2人が死亡した。男は近くに住む岩崎隆一容疑者で、犯行後に自ら首を切って死亡した。
「やりきれない事件だ。死亡したのは小学生と若い外交官という前途有望な2人。しかも容疑者は自殺してしまい、気持ちの持って行き場がない」と語るのは、犯行現場近くに住む住民の女性。「何の罪もない子ども達を刺す凶悪な事件が近くで起きたことが怖い。一体、どうやって防いだら良いのか」と女性がため息をつくとおり、保護者や教職員もいる中でスクールバスを待つ子ども達が襲われた事件は再発防止の難しさも物語る。
岩崎容疑者は伯父夫婦と同居し、長期間就労していないいわゆる「ひきこもり」の状態だった。川崎市↖によると、2017年に親族が岩崎容疑者の生活などについて市に相談。しかし、「自分のことはちゃんとやっている」と自分はひきこもりでないと否定したことなどから、行政による対応はなされなかった。
中高年のひきこもりは約60万人
「ひきこもりというと、部屋から一歩も出られない状態を思い浮かべるが、中高年のひきこもりは職場に行くことや働くことができない人を指すことが多い。コンビニなどの買い物、遊びの外出などはできる場合も含まれる」と解説するのは全国紙の社会部記者。内閣府が今年3月に公表した調査によると、中高年(40〜64歳)のひきこもりは全国に推計61万3000人いるとされ、その76・6%は男性。この場合の「ひきこもり」とは、半年以上にわたり家族以外とほとんど交流せず自宅で過ごす人を指す。
「社会的に孤立し、仕事もなく生活が困窮しているため、老齢の親が生活を支えることが多い。80代の親が50代の子どもを支える、『8050問題』として社会問題化している」(同)。核家族化が進み地域の絆も薄れる中、「ひきこもりの子どもの面倒を家族が丸抱えでみている例や、逆に親の介護をきっかけに仕事を辞めた子どもが、その後もひきこもり状態になってしまう例が多い」と同記者は解説する。
専門家によると、中高年のひきこもりは以前からあったが、顕在化したのはここ数年という。若年期からひきこもりが続く人もいるが、「社会に出た後に何らかの理由で挫折し、それから引きこもってしまう人も多い」という。内閣府の調査では、半数以上が7年以上ひきこもっており、20年以上という人も約2割に上った。ひきこもりとなったきっかけ(複数回答)は「退職」が最多で36・2%。人間関係につまずいたり職場になじめなかったりする「社会生活上の挫折」を理由に挙げる人が多かった。「こうした社会から途中でドロップアウトした場合、行政の支援は届きにくい。同居する親も外部に相談や助けを求めにくく、家庭内で深刻な問題になっていく」(専門家)。
川崎の事件の4日後には、この指摘を地でいく事件が起きた。東京都練馬区でひきこもりの長男を刺したとして、殺人未遂容疑で元農水事務次官、熊沢英昭容疑者が逮捕されたのである。長男は搬送先の病院で死亡、警視庁は元次官の容疑を殺人に切り替えて送検した。
「熊沢元次官は妻と長男の英一郎さんの3人暮らし。長男は別の場所に住んでいたが、今年になって元次官の家に戻ってきた。ただ、近所で長男の姿を見た人はほとんどいなかったようだ」と事件を取材した社会部記者は語る。長男は部屋にひきこもり、日がなインターネットを使う生活だった。
記者によると、事件当日は近所の小学校で運動会が行われており、長男が「騒音がうるさい」などと騒ぎ、元次官と口論になったという。長男は中学生の頃から家庭内暴力をふるうことがあったといい、逮捕後の取り調べで熊沢元次官は「川崎の事件のように、長男も児童に危害を加えるのではないかと思った」と供述したという。自宅からは「息子を殺すしかない」などと記したメモも見つかった。家庭内暴力に悩んだ老親が、その暴力の矛先が外部に向かう前に決死の覚悟で止めようとしたのであろうことは想像に難くない。
ただ、こうした事件が連続して起きることで、実際にひきこもる当事者や家族、支援者らの不安も大きくなっている。ひきこもりは犯罪者であるというイメージがついてしまう恐れがある他、「当事者を甘やかしているのが悪い」といった世間の批判が、当事者とその家族を追い詰めることに繋がるからだ。
多岐にわたる支援ニーズに縦割り行政
NPO法人「KHJ全国ひきこもり家族会連合会」(本部・東京)は川崎の事件を受けて、「ひきこもり状態にある人が、このような事件を引き起こすわけではない。むしろ、ひきこもる人は、職場や学校で傷つけられたり傷つけたりするのを回避した結果、他者との関係を遮断せざるを得ない状況に追いやられた人が多く、無関係な他者に対し危害を加えるような事態に至るケースは極めてまれである」と声明を発表。川崎の事件で親族が14回にわたって市の精神保健福祉センターに相談していたのに、適切な支援を受けられなかったことを問題視した。
ある行政関係者は「就労の問題、金銭の問題、精神面のサポート、と当事者や家族が必要とする支援は多岐にわたるが、縦割り行政の中でうまく繋がりにくい」と語る。カウンセリングや精神科領域の治療を必要とするケースも多々あるが、当事者が受診を拒んだ場合は治療が難しい。精神保健福祉センターなどの行政窓口や当事者団体なども、相談を受けることはできても強制的に何かを行うことはできない。
「中高年のひきこもりを本人や家族の問題と放置するのでなく、社会が救いの手立てを示すべきだ。いつでも相談できる場所があると分かるだけでも当事者や家族の救いとなり、良い変化を生むこともある」とひきこもり支援に携わる女性は話す。行政だけでなく医療現場や民間団体などが協力し、孤立させない社会づくりが求められている。
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