SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

「政界サーチ」第154回 東京五輪と「黒い雨」の政権浮揚効果

「政界サーチ」第154回 東京五輪と「黒い雨」の政権浮揚効果

 コロナ蔓延の中での無観客開催。精細を欠くだろうと思われていた東京オリンピックは日本勢最年少の金メダリスト誕生や兄妹のダブル金メダル獲得で沸いた。開会式でのピクトグラム(絵文字)のパフォーマンスは「クール!」「ニッポン、やっぱり最高」とSNSの話題をさらい、異例ながら確かな存在感を示した。

 どん底に落ちた菅義偉首相の評判も幾分持ち直し気味だが、衆院選目前の自民党内では実力者による足の引っ張り合いが続き、方々で不穏な火花を散らしている。

 「だ〜から、言ったじゃないか。五輪は人の気持ちを繋ぐんだ。明るくなったろ」

 メダルラッシュの日本勢の活躍ぶりをテレビで眺めながら、自民党幹部はご満悦だった。首都圏での猛烈なコロナ感染拡大を目の当たりにし、「やっぱり、君らは開会に反対なのか」「オレもそう思う事もある」と自信なさげだったのが一変した。番記者からは「何、あの態度の豹変ぶり。自信なさげだったのに」との陰口が漏れた。

 この自民党幹部が開会前、番記者らに強調したのは日米関係と世界秩序の問題だった。

中国には譲れないコロナ禍の五輪

 「日本が五輪を断念すれば、コロナ後の最初の五輪は中国の冬季北京五輪になる。中国はこう言うだろうな。コロナ感染源の濡れ衣を着せられた中国が汚名を晴らし、コロナに打ち勝ったと。中国の勝利だと。それは世界に誤ったメッセージを伝える事になる。世界秩序に悪影響が及ぶんだ」

 最初に感染が発覚した中国は強権的な手法で感染爆発を抑え込む事に成功し、今や最も感染者の少ない大国だ。途上国へのワクチン供給にも積極的で、その存在感は増している。ポストコロナ時代の主役は、米国から中国にシフトするとの予測すらあるのだ。コロナ時代の最初の五輪開催を中国に持って行かれてはまずい。世論が二分する中、政府・与党が五輪開催で揺るがなかったのには、そうした裏事情もあった。

 自民党中堅が語る。「日本は中国ともうまくやっていかないといけない。だから、冬期北京五輪の話は表に余り出さなかった。でも、米国からのメッセージは明らかに『何があっても日本で開催してくれ』だったと思うよ。米国は中国がコロナに関わる秘密を隠していると思っているからね。やっぱり、五輪は政治だよな。世界情勢も国内情勢も」。

 五輪序盤の7月26日、菅首相は内政状況を踏まえた一手を打った。広島への原爆投下直後に降った「黒い雨」を、国の援護対象区域外で浴びた全住民84人を被爆者として認めた広島高裁判決について、「84人の原告の皆さんについては、被爆者援護法に基づいて、救済すべきだ。上告はしない事とした」と上告しない方針を表明したのだ。

 「我が党が求めていた通りの英断」。公明党幹部は相好を崩した後に、こう付け加えた。

 「あれだよ。20年前に小泉純一郎首相がやったよね。ハンセン病患者の救済。旧らい予防法に関し、療養所入所者らが提起した違憲国家賠償請求訴訟で熊本地裁判決が国側敗訴を言い渡した際に、小泉さんは控訴断念を表明した。ここを起点に、小泉政権は長期政権への道筋を築いていく。菅さんはさすがだ」

 五輪での日本勢活躍で、幾分和らいだ国民の気持ちに寄り添うように、象徴的な撫民政策に打って出たということだろう。ドライに言えば、政権浮揚策なのだが、菅首相の腹には別の思惑もあるとみられている。

 自民党若手が語る。

 「キーワードは広島でしょ。参院広島県選挙区を巡って、安倍晋三・前首相、菅首相、二階俊博・幹事長、岸田文雄・元政調会長らがしこりまくっている党内のでっかいおできみたいな所。そこに、善政を施して、緩衝材にするみたいな。党内有力者に〝首相はオレだ〟と意思表示する効果もあるし。考えた手だと思うな」

 参院広島県選挙区を巡る自民党内の暗闘ぶりは、何回か紹介してきたので詳細は割愛するが、実力者同士の暗闘は自民党若手が語るほど楽観的でもない。なぜなら、そこには「議員の生首」がかかっているからだ。

 党内の耳目が集まっているのは「安倍VS二階」である。安倍前首相は細田派出身の重鎮として公認調整が続く選挙区をこまめに回り、方々に手足を伸ばして勢力拡張をうかがう二階幹事長とぶつかっているのだ。

 焦点の1つが群馬1区である。かつて、福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三のいずれも元首相が議席を争い「上州戦争」と呼ばれた曰く付きの土地柄である。

 自民党公認を争うのは細田派の現職で同区で勝ち上がった尾見朝子・衆院議員と、二階派で比例北関東ブロック選出の中曽根康隆・衆院議員だ。尾見議員は安倍前首相の側近、尾見幸次・元財務相の長女。中曽根議員は祖父が元首相、父が元外相だ。

 これまでの慣例だと、前回小選挙区で勝ち上がった尾見議員が現職優先で公認候補となるのだが、二階幹事長が記者会見で「努力を怠っていると言われているところは選手を代える。野球でもパッと代えるでしょ?」と候補差し替えをにおわせた事で、不穏な空気が漂っている。

 中曽根議員は昨年の国会議員による党員獲得数で上位8位に入っており、二階幹事長の側近、林幹雄・幹事長代理は「党員獲得数も大きく影響する。強い方が選挙区で戦うのが道理だ」等と尾見議員側をけん制している。

 これに真っ向から異を唱えているのが安倍前首相だ。前橋市で開かれた尾見議員の会合に駆け付け、「尾見さんは前回衆院選で相手候補に完勝した。活動に瑕疵(かし)はない。公認候補でなくなる事等あり得ない」とぶち上げたのだ。

首相はオールマイティー?

 ただし、二階幹事長は衆院山口3区では群馬1区とは逆に、現職優先を口にしている。山口3区の現職は二階派の河村建夫・元官房長官。これに岸田派の林芳正・元文部科学相が参院からの鞍替え立候補を表明している。二階幹事長の側近は参院からの鞍替えに対し、処分もチラつかせており、他派閥からは「二階のダブルスタンダート」との批判が後を絶たない。

 党内の気配に敏感な二階幹事長は最近、「現職優先」のフレーズを控え、「選手交代」を多用しているが、安倍前首相はむしろ、臨戦態勢を強めている。二階派の現職、鷲尾英一郎・衆院議員に対し、細田派で比例北陸信越ブロック選出の細田健一・衆院議員が角を突き合わせた衆院新潟2区。安倍前首相は細田議員の会合で「公認候補は細田さんで決まっている」と明言した。記者会見で「決まっているのか」と詰められた二階幹事長は「地元では、ややオーバーに話すのが通常だ」とはぐらかしたが、公認調整を巡る混沌は収まりそうにない。

 「ははは、結局、オールマイティーは首相なんだよ。菅首相を味方に引き入れた方が勝ちだ。だから、菅さんの黒い雨上告断念は絶妙なんだ。菅首相が誰と会うか。これから見落とせないな」。自民党長老は何だか愉快そうだった。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top