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未来の会

機能するか心許ない「懲罰」的な感染症法改正

機能するか心許ない「懲罰」的な感染症法改正
一番の病床逼迫対策は感染者を減らしていく事

新型コロナウイルス感染症の蔓延によって入院ベッド(病床)が塞がり、入院出来ない人が増えている。政府は「民間病院にはまだ受け皿の病床がある」とみて、感染症法を改正した。都道府県知事らが民間病院に患者の受け入れを「勧告」出来、従わなければ医療機関名を公表出来るとする内容だ。

 確かに、コロナ患者受け入れに消極的な民間病院はある。ただ、能力的に対応出来ないところも多く、懲罰的な同改正法案が機能するかは心許ない。

 東京都の無職の50代男性は1月4日夕、倦怠感を感じて熱を測ると39度を超えていた。PCR検査の結果、陽性だった。息苦しく、立っていられないほどふらふらする。それでも「空き病床がない」として8日間、自宅待機を余儀なくされた。一人暮らし。夜に高熱にうなされながら、不安で胸が押し潰されそうになったという。

 自分はたまたま助かったが、入院先が見つからないまま重症化した人も増えている。入院出来ないまま、自宅で死亡する例も急増している。「日本の医療がこんなにもろいとは思わなかった。保健所の人の励ましがなかったら、心を病んでいたかもしれない」とこの男性は話す。

 東京都では陽性なのに「入院や療養の調整中」とされる人が1月21日時点で6799人に達した。警察庁によると、自宅や路上で死亡して死後に陽性と分かった人は昨年4月以降138人に上り、入院せずに死亡した人は1月25日までに75人に達している。

 急病人らの搬送先がすぐに決まらない「救急搬送困難事案」も1年前の2倍増で、必要な治療を受けられない人が全国各地にあふれている。1月26日の衆院予算委員会で菅義偉首相はこうした点を立憲民主党の辻元清美氏から追及され、「必要な検査を必要な時に受ける事が出来ない、そうした態勢が出来ていない事については責任者として大変申し訳なく思う」と陳謝する事態に追い込まれた。

行政の統制が利きにくい民間病院

 経済協力開発機構(OECD)によると、日本は医師、看護師数こそOECD平均を下回るものの、人口1000人当たりの病床数は13と群を抜いて多い。日本に近い韓国(12・3)は別として、米国(2・8 )や英国(2・5)とは比較にならない。

 一方で、日本のコロナ患者数は40 万人台と2700万人を超す米国より2桁少ない。欧州各国の患者数も百万人単位に及んでいる国が多い。病床は多い、一方で患者数は少ないという日本でなぜ病床が逼迫するのだろうか。

 答えは、新型コロナ患者を受け入れていない医療機関が少なくない事だ。厚生労働省によると、全国4297医療機関のうち1月10日時点での受け入れ率は、400床以上ある大病院は8割を超えているが、規模が小さくなるほど低くなる。200床以上の公立・公的病院は8割が受け入れている一方、100床未満の民間病院は1割を切っている。

 欧州は公立病院が多いのに対し、日本は民間病院が全体の8割を占め、行政によるコントロールが利きにくいという事情がある。現行の感染法は、知事らは病床確保に向け医療機関に協力を「要請」する事しか出来ない。風評被害や赤字化を恐れてコロナ患者受け入れを拒む医療機関に対しても、現状で行政側はお願いベースで臨むしかない。

 医療法も同様だ。例えば、行政側には各医療機関にどこでどのような医療を提供すべきかを命じる権限はない。その結果、医師や診療科の偏在が起き、地方を中心に医師が不足する事態を招いた。

 医療機関を特定の政策に従わせる手段として、政府はやむを得ず診療報酬による誘導をしてきたが、それには限界がある。日本の医療界は専門家による自主的な運営を意味する「プロフェッショナル・オートノミー」志向が強く、政府の介入を嫌ってきた。その事が医療機関に対する政府のガバナンスを弱めてきた側面がある。

 それでも、都内のある病院長は「民間も、コロナ患者受け入れ可能なところはほぼ受け入れている」と反論し、「失政で感染拡大を招いておきながら、民間に責任転嫁をしている」と政府を批判する。

遅まきながらの医療機関「連携強化」

 日本医師会の中川俊男会長も、小規模なところが多く医師数も少ない民間病院ではコロナ対応が難しい点を強調。「民間病院は『コロナ以外』の救急や入院を必要とする人への医療を精力的に担っている」と指摘。

 その中川氏ら医療関係団体の代表は1月14日に官邸を訪れ、菅首相と会談。首相が「民間病院も協力してほしい」と求めたのに対し、中川氏は「これ以上事態が悪化すると、トリアージ(治療する患者としない患者の選別)をしないといけない。なんとしても避けたい」と応じ、日医や日本病院会等の医療6団体で「新型コロナウイルス感染症患者受入病床確保対策会議」を発足させる考えを伝えた。

 1月20日にあったオンライン中心の同会議の初会合。主導した中川氏は、回復後も入院が必要な患者の受け入れ先が見つからない事を課題に挙げ、「中小病院で解決出来る可能性がある」と語った。重症患者の対応には、専門医等の配置に加え、集中治療室等の設備や適切な感染対策が必要になる。専門家のいない中小には難しいが、コロナから回復しつつあり、感染力が弱くなった人なら中小でも受け入れ可能というわけだ。

 また、中小はコロナ患者を診ない代わりに、他の患者を積極的に受け入れる手法もある。この日の会議では、大病院と中小病院の役割分担に向け、連携を強化していく事を申し合わせた。

 ただ、医療機関同士の連携強化はコロナ以前からの政府の大方針だ。それなのに遅々として進んでいない。全国医学部長病院長会議によると、転院先の後方支援施設が整っている大学病院は全体の4分の1程度。国は患者を受け入れた医療機関への補助金を増額する等しているものの、患者の受け入れには他の診療体制の縮小や医師、看護師の体制強化を要する。補助金といっても、減収分が補填されるまでの見通しはない。

 にもかかわらず、勧告を拒否した病院は名前を公表する、というのが今回の感染症法改正案だ。同法案を巡っては、入院を拒否した人らへの罰則導入に焦点が当たっているが、中小病院いじめにも繋がる「病院名公表」に対する医療関係者の反発は強い。田村憲久厚労相は19日の閣議後の記者会見で「決して強制力を持って無理やりという話ではなく、お互いの信頼の下、対応、協力をいただくという事だ」と釈明に追われた。

 実際、感染症の専門医や感染対策の専門家がいない中小民間病院は少なくない。そうした病院に対して、人的なケアをしないまま病床を無理矢理空けさせるなら、院内感染を引き起こしたり、クラスター発生源になったりしかねない。現状では、感染者を減らしていく事が地道でも一番の病床逼迫対策になる。

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