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未来の会

第96回「日本の医療」を展望する 世界目線 医師が組織に属するということ ⑩

第96回「日本の医療」を展望する 世界目線 医師が組織に属するということ ⑩

前回までの論考では、企業に根づき始めた「人的資本経営」と「健康経営」の考え方に着目しながら、プロフェッショナル人材とは何かについて考えて来た。その上で、2024年からいよいよ開始される「医師の働き方改革」が、医師の今後の身の振り方に及ぼす可能性について言及した。今回は、もう少しこの点について考えを深めてみたい。

医師の志向の変化

医師の起業志向やフリーランス化といった現在の傾向がどんどん進んでいってしまった時に、医療現場が今後どのような状況になっていくかが筆者は不安である。それは、外科・小児科といった比較的ハードな診療科を選ぶ医師がそもそも減っているという現状があるからである。

下記の「医師養成数等の推移」の図版(『日医総研リサーチ・レポートNo.126』より)を見ていただくと分かるが、医師そのものの養成数は増えている。だが、医療界全体で見ると、若い医師の内科や外科のなり手は総じて減っている。ただし、内科については、消化器内科、腎臓内科、糖尿病内科のような専門性が高い診療科を志望する人材は増加している。

一方、まだまだ数が少ないが近年急速に増加しているのが、美容外科等である。こうした傾向から、若い医師の志向は、専門科あるいは自由診療に目が向いていると言えるだろう。そして、これらを「良くない傾向」と見ることもできよう。どういうことかと言うと、医師の数そのものは増えているはずなのに、特に地方では保険診療であっても医師が不足して来ている傾向に対し、都会では自由診療を行う医師が増えていることになるからである。

しかし、美容外科といった自由診療の分野は、保険診療とは異なり、患者は医療費を100%自己負担しなければならない。すなわち、患者のニーズがなければ行われない医療である。ニーズは好景気か不景気かにも左右されるし、そもそも個々の医療機関に医師を受け入れるキャパシティがどこまであるのかも不明である。また、医療技術の質の担保も必要であることから、保険診療とは違う枠組みで、もう少し厚生労働省からの介入が必要かもしれない。

フリーランス医師の増加

正確な数値はないが、厚生労働省の審議会でも時々話題になっている問題として、組織に所属していないフリーランス医師の増加が言われている。これは前回までの分析を考えると、ある意味仕方がないことなのかもしれない。

本来、専門性が高く、高度プロフェッショナル人材とされて良い医師が、制度上では労働者だとされ、勤務時間を管理されると言われてもなかなか納得がいかないのではなかろうか。

フリーランス医師の増加自体は、働き方改革の導入以前から話題になっていた。1つには女性の医師が増加し、組織に所属しても子育て等で辞めざるを得ないという状況への対応である。これは、女性の労働力率におけるM字カーブの解消問題と同じで、一般企業での変化と同様に、医療機関においてもこのような状況は問題視されているのだと言える。このため、産休を取りやすくしたり、時短勤務を制度化したりすることで対応がなされて来ている。

それ以上に問題なのは、健康診断や在宅医療のサポート等、本来は高いスキルが必要であるはずだが、そのスキルのレベルがよく分からないために医師免許だけで行える仕事が増えて来ていることである。専門医制度が様々な議論の末、かなり実務を重視した制度になった一方、診療報酬等の面で明確なメリットがないのもそれに拍車をかけている。つまり、医療機関という組織に属し症例をこなさなくてもいいと考える医師が増加したということである。また、在宅医療では特に大きな資金の用意がなくても開業でき、うまく患者を集めれば高収入になるために、専門医資格を取らずに開業する医師も増えている。

フリーランス医師の立ち位置

こういった医師の在り方は、当然都会に多い。そのうえ都会では自由診療のクリニックも増えて来ている。自由診療のクリニックでは必ずしも専門性の高い能力が必要ではないために、フリーランスの医師をアルバイトとして雇っていることも多い。

実はこのような状況は、医療保険制度とそれ以外の民間医療保険制度が並立しているヨーロッパでは以前から問題になって来ていた。英国では、保険診療だけでは経営が厳しい面もあるからといって保険外でいろいろな検査を追加で行ったりする混合診療は原則禁止になった。

しかしながらヨーロッパでは、医師会に全員加入の国が多いので、仮にフリーランスであったとしても、医師の質は医師会が担保している。医学的根拠が乏しい治療を行えば、医師会を除名される。ヨーロッパでは保険診療を行うために医師会に強制加入、日本で言えば弁護士会のような立ち位置の医師会が多いので、医師会の除名は医師にとって死活問題であり、そうならないように努力することになる(ちなみに、米国医師会は日本医師会と同様に任意加入である)。

ところが日本では保険医療を基本とし、医師会も全員加入ではないために、そこから溢れ出たフリーランス医師というものが数多く生まれてしまったのである。

こう書くとフリーランス医師がけしからん、と言っているように聞こえるかもしれないが、今まで述べて来たように医師という仕事の特性上、現在の制度下においてフリーランス医師が一定数増えるのはやむを得ないと考えるほうが普通であろう。

医師が都道府県をまたいで兼務していることもある。例えば東京に住んでいる医師が北海道の釧路で勤務するといった場合である。これはフリーランス医師のみならず、勤務している医師の場合も多いだろう。したがって、兼務の状況は医師の働き方改革に与える影響が大きいことも予想され、逆に、働き方改革の方向性によっては地方の医師不足を助長する可能性もある。

今後の展開

以上述べてきたように、現在は組織に属さない医師が増加している。ここで組織というのは、病院や介護施設だけではなく、医師会のような医師の組織も含んでいる。フリーランスの医師は医師会に入らないことが多いからだ。

一方、英国の医師は、インフレ等に伴う待遇改善のためにストライキを行ったりしている。その理由は、研修医の給与の低さが問題であるからだという。今年3月に行われたストでは、専門医になるための研修医の間の時給は14.09ポンド=およそ2260円で、2008年以降、実質賃金は減り続けているという声が上がった。一方で、賃上げを発表した大手コーヒーチェーンでは、バリスタの時給が最高14.10ポンドとされ、若手医師よりもわずかに高くなったことも報道された。

日本では、診療報酬については医師会の交渉能力が高いとされるため大幅なストは起きていないし、そもそも日本人はストを起こす頻度が少ない。しかし今後は、何が起こってもおかしくない状況もあり得るかもしれない。

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