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未来の会

医療に期待される世界レベルのAI技術 IBMの医療AI「Watson Health」の実力

医療に期待される世界レベルのAI技術 IBMの医療AI「Watson Health」の実力
今後、医療を大きく変える事になると期待されているのがAI(人工知能)だ。その医療用AIの分野で、トップを独走し続けているのがIBMの開発した「Watson」である。メイヨークリニック等アメリカ医療界を代表する複数の大病院と共同開発する事で、膨大な医療データを取り込む事が可能になり、それを機械学習に利用する事によって、「Watson for Clinical Trial Matching」が生み出された。第42回となる2月26日の勉強会では、日本アイ・ビー・エム株式会社Watson Health事業部長の溝上敏文氏を講師に迎え、『AIで実現する次世代医療IBM Watson Health』と題する講演を行った。

原田義昭・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団代表(自民党衆議院議員)「医療分野にも、AI等最先端の情報技術が関わってくるようになりました。医療関係の方達は、この大きな流れに一瞬たりとも乗り遅れるわけにはいかないと考えておられるはずです。この勉強会が、医療AIの現状を知る良い機会になると思います」

三ッ林裕巳・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(自民党衆議院議員、医師)「自民党の中でデータヘルス改革のプロジェクトチームが活動しています。相互医療支援のためには、電子カルテデータの共通化が日本では最も大きな課題となっています。ここをクリアしないと、AIの活用もなかなか進展しません」

■AIについて

 IBMで「ワトソンヘルス(Watson Health)」という事業を担当しています。これから先、どのような方向に技術が進んでいくのか、という事を中心にお話ししたいと思います。

 AIは一般的には「Artificial Intelligence」の略だとされていますが、「Augmented Intelligence」という言葉をIBMでは使っています。人間の能力を補強するという意味での「A」であると、AIを位置付けているのです。決して人間に置き換わるような技術ではない、という事です。

 人間は物を見たり、いろいろな感覚を使ったりする事で、雑多な条件の情報の中から必要な情報を抽出するという事を行っています。コンピュータにとっては、そうした事がなかなか難しかったのです。しかし、機械学習という技術を使う事によって、どのような構造になっているかも分からないようなデータの中から、目的に応じた必要なデータを抽出出来るソフトウェアの技術が開発されました。それによって、自然言語処理も出来るようになっています。人が通常読み書きするような言葉は、人間にはすごく簡単ですが、コンピュータには処理するのが難しいのです。しかし、その技術も大きく進歩しつつあります。

 患者さんが病院に行って診察を受けると、電子カルテにいろいろな情報が書き込まれます。自然言語で書かれたその電子カルテを読んで、医師の診断を支援するようなシステムが出来るのではないかという事で、AIを使った診断支援システムが開発され、試作されたプロトタイプが訓練されてきました。FDA(米国食品医薬品局)や日本のPMDA(医薬品医療機器総合機構)は、そうしたAIの技術をどのように管理し、診療の現場で使えるようにするかという難しいテーマに取り組まれています。

■ディベートが出来るAIもある

 AIは「ナローAI」「ブロードAI」「ジェネラルAI」という3つのレベルに分類する事が出来ます。最初に実現したのは、1つ1つの事だけがうまく出来るナローAIです。囲碁や将棋等、シンプルで比較的狭い領域のものであれば、どんどん鍛える事によって、人間を上回れる事が既に実証されています。しかし、ヘルスケアの領域は非常に幅広く、1つの疾患をとってみても、文献だけでも相当な分量があります。そういったものを理解するAIが、人のレベルに達するのはなかなか難しいと言えます。

 現在の研究者達には、ナローAIの作り方は分かっています。しかし、人間の脳のように、1つの事を学んで、それを他の事に応用出来るような広がりを持つジェネラルAI(汎用的なAI)の作り方は、まだ誰にも分かっていません。ジェネラルAIに向けて研究が進められているわけですが、一足飛びにそこまで行くのは無理です。そこで、ナローAIとジェネラルAIの中間的なものとして、比較的広い領域の事が出来るブロードAIの開発を目指しています。そこに向けて各社がしのぎを削っているのが現在の状況です。

 ブロードAIのために、1つの知識ベースから複数の事が出来る技術や、テキスト・音声・画像といった異なるデータソースを組み合わせる技術が開発されています。こうした技術を開発する努力を継続しています。

 2011年にアメリカのクイズ番組『ジョパディ!』で、IBMのAIが人間に勝って大きなニュースになった事があります。しかし、そのクイズAIと人間の脳を比較すると、消費電力でもサイズでも相当差があり、人間の脳の方がはるかに効率は良いのです。人間に勝ったと言っても、まだまだ研究開発の余地があると言うのが、現在のAIの技術レベルなのです。

 ブロードAIの例として、「プロジェクトディベーター」というディベートするAIが開発されていて、ディベートのチャンピオンを相手に実力を試した事もあります。あるテーマが設定され、聴衆の中に賛成の人が何人、反対の人が何人いるかを調べます。その後、ディベートを行い、賛成から反対に変わる人数と、反対から賛成に変わる人数のどちらが多いかで、勝敗を決するのです。ディベートは、まずプロジェクトディベーターが意見を言い、チャンピオンが反論し、更に反論するというやり取りを3往復する形で行われました。

 プロジェクトディベーターは大量にデータを持っているので、そのデータを使って説得力のあるスピーチをします。人間の方はさすがにチャンピオンだけあって、感情に訴えるような話し方もします。結果はチャンピオンが勝利したのですが、AIも反論に対する反論などで、高いレベルのやり取りが出来る事を証明しました。

■メディカル領域での研究

 IBMは数千人規模の研究者が東京を含めた世界各地で研究を進め、米国の特許取得件数で26年間連続でナンバーワンになり続けてきました。最近は、AI、ヘルスケア、ブロックチェーン、量子コンピュータといった分野に注力しています。

 新しい技術の研究が進められる事で、人間の体のいろいろな情報がデジタル情報として取り出せるようになってきます。それが医療の研究を加速させるのですが、1つの例としてマイクロバイオームについて紹介します。

 人間の体内にいるバクテリアであるマイクロバイオームの研究が近年進められていて、病気や健康状態と深い関わりがある事が明らかになってきました。人間の体を構成する細胞は37兆個と言われています。マイクロバイオームの数は、それと同じくらいという説もありますが、一桁多い数百兆個のバクテリアがいるという説もあります。このようなビッグデータを使い、人間の健康状態をキャラクタライズするという研究が進められているのです。そして、既にいろいろな病気との関連性についての研究成果が出てきています。具体的には、自閉症、アルツハイマー病、クローン病といった病気との関連が明らかになりつつあります。

 バクテリアの遺伝子のシーケンシングによって、大量のビッグデータを作成する技術が今はあります。それにより、口の中、皮膚、腸の中、子宮等にあるマイクロバイオームが、だんだん可視化されるようになってきました。そういったマイクロバイオームのデータと健康状態を学ばせて、マイクロバイオームの情報から、年齢、BMI、病気になりやすいかどうか、といった予測を行います。今回発表された研究では年齢を当てる事に挑戦していますが、若い人達に関しては、口の中と皮膚のマイクロバイオームを計測する事で、年齢を推定出来る事が明らかになったとしています。この研究をもっと進め、マイクロバイオームと病気の関連が分かってくれば、医療に応用出来るのではないかと研究者は言っています。

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