企業の巨額内部留保は手を付けず、法人税を減税
菅義偉・官房長官は5月18日の記者会見で、「景気は穏やかな回復基調が続いているとの認識に変わりはない」と述べたという。同日発表された今年1〜3月期の国内総生産(GDP)速報が、前期比プラス0・5%、年率でプラス2・2%となったのを受けての発言とされる。
だが、「穏やか」どころか、もっと鼻息の荒い「認識」もある。SMBCフレンド証券の岩下真理チーフマーケットエコノミストによれば、「アベノミクス景気が戦後最長となるのも決して夢ではない」という。
過去の「景気拡大局面」とは異質
「日本では3月時点で(景気拡大局面が)52カ月となり、『いざなぎ景気』と呼ばれる戦後2番目に長い57カ月(1965年10月から1970年7月)を、9月で抜」き、「2019年1月まで、景気拡大局面の継続」が出来れば、戦後最長記録の、小泉純一郎内閣時代の「いざなみ景気」(2002年1月から08年2月)の73カ月を抜けるからだ(5月19日のロイター電子版配信記事)。
この「アベノミクス景気」なる用語が、説得力のある裏付けを伴っているかは別にして、アベノミクスがスタートした2012年12月以降、今年3月で「景気拡大局面」が52カ月を記録したのは間違いない。
6月15日に開かれた内閣府の景気動向指数研究会(座長=吉川洋・立正大学教授)でも、「『景気拡張が続いている可能性が高い』というのが、委員の全員一致のコンセンサスだ」という。そして「『アベノミクス景気』の拡大」は「バブル景気の51カ月を抜いて戦後3番目の長さ」(『産経新聞』電子版6月15日付)とされる。
ただ、「夢ではない」などと何やら興奮気味の前出の「エコノミスト」とは違い、『日本経済新聞』はさすがに「アベノミクス景気」については抑制的に報じている。「アベノミクス景気、戦後3位の52カ月 実感乏しい回復」という記事(4月6日付電子版)で、次のように指摘するのを忘れてはいない。
「これまでの回復は緩やかで『低温』だ。戦後最長の回復期だった00年代の輸出は8割伸びたが、今回は2割増。設備投資も1割増と00年代の伸びの半分だ。賃金の伸びは乏しく、個人消費は横ばい圏を脱しきれない」——。
つまり同じ「景気拡大局面」でも、00年代と同列には論じられないということだ。そもそも『日経』が「低温」と指摘するまでもなく、「いざなぎ景気」時の成長率は11・55%で、60年代の高度成長期は全体として10%を超えていた。
以後、どんどん下がっていき、バブル景気では5・4%。「戦後最長」の「いざなみ景気」は期間こそ長いが、1・4%まで落ちている。第2次安倍晋三政権が発足してから今日までの約4年間の成長率は、単純平均すると約1・1%にすぎない。果たしてこの程度の水準で、「景気拡大局面」と呼んでいいものか。
それどころか6月末になって、「どこが景気拡大局面だ」と言いたくもなるような、冷や水を浴びせられるニュースが飛び込んできた。昨年度の国の税収が、法人税の伸び悩みで55兆4686億円と、一昨年より8167億円下回ったという。国の税収が前年度を下回るのは、リーマンショックの影響で景気が悪化した09年度以来、7年ぶりとか。
現在が「戦後3番目の景気拡大局面」にあるというのなら、なぜ政府の当初見込みより約2兆1000億円もの税収が落ち込むのか。世界的な金融危機のリーマンショックと同じ現象が起きている「景気拡大局面」とは、何なのか。「52カ月」がどうのこうのと有り難がって強調する「アベノミクス景気」賛美論者は、この事態をどう見なすのだろう。
ただ、企業が7年前と同じような苦境にあえいでいるわけでは決してない。それどころか、財務省の発表によれば、今年1〜3月期の法人企業統計調査によると、資本金10億円以上の大企業の内部留保は、前年同期比で7・0%増の400兆3949億円に達し、同省の調査開始以来初の400兆円突破となった。
無論、大企業が全て法人税を賄っているのではないが、安倍政権は昨年度、国税の法人税と地方税の法人住民税などを合わせた法人実行税率を29・97%と、初めて20%台にまで引き下げたばかりだ。おまけに大スポンサーの財界の要求に応じ、来年度もさらに引き下げる予定というが、大企業の内部留保に手を付けぬまま法人税減税をやって、その挙げ句「税収の落ち込み」とは、どう考えてもチグハグだろう。
「実感乏しい回復」の真相を隠す
「落ち込み」の分は、19年10月まで延期された消費税率の引き上げで賄うつもりなのか。しかし、この点だけでも過去の何とか「景気」と比較して「アベノミクス景気」なるものを煽れば煽るほど、日本経済が抱えた本質的かつ構造的矛盾を覆い隠し、国民に見えなくさせる結果しかもたらさないように思える。「実感乏しい回復」だから問題なのではない。「なぜ乏しいのか」を突き詰める思考の発展を、巧妙に阻害しているからなのだ。
例えば、総務省が6月30日に発表した5月の家計調査によれば、1世帯当たりの消費支出は28万3056円となり、実質で前年同月比で0・1%減少した。実に、15カ月連続のマイナスだ。比較可能な01年以降で、リーマン・ショックを挟んだ08年3月から09年4月の14カ月連続を超え、それこそ「最長」を記録している。
実質賃金も、昨年10月からほとんど伸びは止まっている。そのため勤労者世帯の実質可処分所得に至っては、30年前以下の水準に落ち込んだままだ。
今さら「実感乏しい」などと神妙な顔をせずとも、四半世紀以上この国の大多数の勤労者は「回復」とは無縁なのだ。
第一、先進国で最低レベルの約1・1%というささやかな成長率が「52カ月」続いたといった程度の話で、なぜ「エコノミスト」あたりが「戦後最長記録」を抜くとか抜かないとかと騒ぎたてるのか。今年1〜3月期の国内総生産(GDP)の名目値は、年率1・2%の減少なのだ。実質可処分所得が30年前以下の水準であるという事実の方が、よほど日本経済にとっては深刻だろう。
こんな例を挙げても、「アベノミクス景気」論者なら「日経平均株価は、6月2日に約1年9カ月ぶりに2万円台を回復しました。このようにマクロの経済指標は良くなる傾向をはっきりと示しています」(「NIKKEISTYLE」7月4日配信記事)といった「反論」が返ってきそうだ。
だが、日本銀行が年間6兆円もの上場投資信託(ETF)を購入した事実を抜きに「マクロの経済指標」を語っても、意味はあるまい。
「アベノミクス景気」の「夢」を、誰がどう語ろうと勝手だ。しかし、議論を現実から出発させない限り、「失われた○○年」は更新を続けていく。
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