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未来の会

第100 海外M&Aに邁進するしか選択肢がない

第100 海外M&Aに邁進するしか選択肢がない
虚妄の巨城
武田薬品工業の品行

 これも、約7兆円という日本企業の海外M&A(企業の合併・買収)としては例がないような最大規模の額のせいなのだろうか。武田薬品が記者会見を開き、社長のクリストフ・ウェバーがアイルランドの製薬大手・シャイアーの買収を発表した5月9日を前後して買収に関する無数の報道が飛び交い、現在も途切れる気配がない。おそらく戦後、一企業の海外M&Aに関して、これほどの騒ぎになったのは空前絶後だろう。

内部に何らかの深刻な不一致?

 思い起こせば、この5月9日の記者会見も異様だった。ウェバーとコスタ・サルウコス最高財務責任者(CFO)以外に参加したのは、終始厳しい表情を崩さなかった坂根正弘・小松製作所相談役と、東恵美子・東門パートナーズ社マネージングディレクターという2人の社外取締役だった。いくら坂根が武田の取締役会議長とはいえ、会社の存亡にかかわる異例の大型買収についての記者会見に、トップマネジメントである「タケダ・エグゼクティブチーム」や社内取締役の面々ではなく、社外取締役の参加は極めて稀、というよりも騒ぎの大きさから考えれば、本来あり得ない光景ではなかったか。

 うがった見方をすれば、経営陣が一丸となって乾坤一擲の大勝負に打って出たというよりも、むしろ内部で何らかの深刻な不一致を引きずっていることの現れと受け取れなくもない。そのような内情だからこそ、これだけの懐疑論、不安論が外部から噴出する事態を招いているのではないか。

 外部の多くの声がこれだけ無理筋だと見なしている一方で、より事情を知り抜いているはずの内部の経営陣だけが全く正反対の楽観論に安住できているというのも、考えにくい。単純に考えても、武田は今後、前期末時点での有利子負債約1兆円に加え、銀行から新たに借金するシャイアー株買収のための約3兆円と、さらに買収によってシャイアーが保有する有利子負債約2兆円が合わさって、計6兆円以上の借金を背負うが、これが尋常でない額であることくらいは誰でも気付くだろう。

 両社合わせての純利益6653億円(武田は2018年3月期、シャイアーは17年12月期)の、実に9倍近い。試算によれば、世界市場に君臨するメガ・ファーマ(巨大製薬企業)でさえ、買収の際の有利子負債と純利益の比は2〜4倍の数値内に収まっており、武田の財務負担の重さは突出している。

 それがあってか、ブルームバーグが9月13日に配信した記事によると、武田はシャイアーの買収完了後に、同社の眼科関連資産であるドライアイ治療薬「シードラ」と、副甲状腺機能低下に伴う低カルシウム血症に対応する「ナトパラ」を売却対象候補にしているという。後者については、既に武田が複数の銀行と協議しているとされる。

 だが、これまでの日本企業による大型海外M&Aで、買収も完了していない段階で、早々と買収先の資産売却が論議されているというような情報が飛び出した例はあるのだろうか。しかも、買収先のシャイアーもまだ身売りの同意のために、75%の株主の賛成を得る必要がある株主総会をまだ開いてもいない。これらの資産が売却されたら、「約40億〜50億㌦の資金調達に繋がる可能性があると関係者は述べた」(同記事)というが、これというのも、よほど今後の財務負担が重くのしかかってくるのが分かっているからだろう。

 日本は先進国で唯一、医薬品市場が縮小している。今後、製薬会社が生き残るためには、海外市場で売れる薬品を確保しなくてはならないが、ウェバーが社長に就任する以前から現在まで、かつての糖尿病治療薬「アクトス」や降圧薬「ブロプレス」などの四つの主力商品かつブロックバスター(年商1000億円以上の新薬)が次々と特許切れになりながら、それらに変わる新薬の開発にことごとく失敗してきたのが武田だった。

 例えば、「TAK‒475(高脂血症治療薬)」や「TAK‒242(敗血症治療薬)」、「TAK-875(糖尿病治療薬)」等々、ブロックバスターへの期待がかかった治験薬が全て「討ち死に」状態になった。

 もはやなりふり構わず海外M&Aに猛進する以外の選択肢は残されていないところまで追い詰められたといえるが、ウェバーは日本企業の大型海外M&Aの成功率が、わずか2割未満で、大半が失敗の山に終わっているという事実を知っているのだろうか。当然、買収額が高ければ高いほど、買収自体に固執せずに撤退も含めた冷静なリスク計算が必要になろうが、どうやら武田にそれを期待するのは難しいようだ。

 武田が前社長の長谷川閑史の「グローバル経営路線」の号令以下、最初に2008年に米バイオ医薬品会社のミレニアム・ファーマシューティカルズを約9000億円で買収したのをきっかけに、大型海外M&A路線に傾注し始めてから、はや10年以上。この間、スイスの製薬企業ナイコメッド(約1・1兆円)、米アリアド・ファーマシューティカルズ(約6000億円)などの海外M&Aを実施してきたが、これに対する好評価の声は乏しかった。

一挙に負けを取り戻す「大勝負」

 何しろ、この10年間の武田の株価の時価総額は1倍未満にしかならないという惨状で、減少すらしている。10年前に手元にあった現金1兆6476億円を海外M&Aであっと言う間に使い果たし、気が付いたら有利子負債が1兆8000億円。今度はこれまでの損失額の総額の何倍もする約7兆円という目が眩むような巨費を投じ、前例のない超大型買収に打って出たのだ。例えは悪いが、負けに負け続けてきたギャンブル依存症者が、一挙に負けを取り戻せると信じて「大勝負」に出たがる心理と、何やら似ていなくもない。

 10月1日、長谷川閑史から始まった武田の「変質」に異議を唱え続けてきたOBらで組織する「武田薬品の将来を考える会」が、武田本社に「臨時株主総会へ向けての公開質問状」を提出した。質問項目に格別の新たな指摘はないが、最後に以下のように切々と訴えている。

 「もう一度、弊会や武田薬品を心から愛する人々と、武田薬品の将来について共に考えて頂き、武田薬品工業の持続的成長にとって、シャイアー社買収が唯一の手段か回答して頂けないでしょうか」——。

 これをウェバー以下のドライな外国人役員らは、単なる「浪花節」と受け止めるのだろうか。
(敬称略)

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