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未来の会

第110回 今こそ「本当の転換点」にある医療

第110回 今こそ「本当の転換点」にある医療

 「医療は変わり目にある」と言われて久しいが、今こそ本当の転換点にあるのでは、と思う出来事が相次いでいる。

 一つは、このコラムでも繰り返し伝えている、「医師の働き方改革」の問題だ。特にこの夏は、私の出身校でもある東京医科大学の入試での女性差別が明るみに出たこともあって、「では、女性医師が出産や育児で離職せずに済むためには、どうすればよいか」と一層この問題に注目が集まった。

 ただ、臨床の現場にいる誰もが一番分かっているように、医師業は他とは違い、人間の“生き死に”、つまり体や命に直接関係する仕事である。

 最近、私の知人が家族をホスピスで見送ったのだが、最後の数日、主治医は早朝から病室に顔を出し、家族との雑談にも多くの時間を割くなどして、本人や周囲をサポートし続けてくれたという。それは家族にとっては大きなサポートになった、と振り返っていた。

 もし、「働き方改革」で言われているように、医師の仕事が完全シフト制になったとしたら、どうだろうか。それでも主治医が決まっているとして、家族の容態がいよいよ悪化した時に、家族が「先生を呼んで」と言っても「すみません、その医師は今日はオフなので」と代わりの医師がやって来る。申し送りが完璧に行われていたとしても、患者本人や家族としては心細い思いをするのではないだろうか。

 それならば、いっそのこと、主治医制をなくせばよい、という意見もある。「あなたのことは、この4人の医師チームが交代で診ます」と伝えれば、「主治医を呼んで」と言われることは確かにない。しかしそれでも、患者側としては「中心になって診てくれる人は誰?」と無意識のうちに主治医を求めてしまうかもしれない。

医師も無理のない働き方ができる方向へ

 また、深刻なのは一人で開業しているドクターだ。その人達はシフト制など願っても取りようもない。せめて休みの日だけでも、と大学病院にスポットで応援を頼んでも、なかなか応じてくれない。

 都会のビルテナント開業なら、まだよい。診療時間が終わったら、診療所を完全にクローズし、電話も留守番電話などに切り替える、とすれば十分に対処できる。しかし、本当に「いつでも気軽に対応してくれる診療所」と望んでいるのは、都会ではなくて地方の市や町である。「そんなところで開業してしまうと、24時間、居場所が知られて呼び出されてしまうし、応援のドクターも来てくれないし」となると、「それを承知で開業したのだろうから」と言われるかもしれないが、そうなると地方での開業自体をためらう人も出てくるだろう。

 なんとか地方の第一線で頑張る医師達が時々、体を休めたり育児と両立したりできるように、後方支援の体制が取れないだろうかと思うが、その動きは今のところないようだ。

 ただいずれにしても、まずは大学病院や基幹病院を中心に、「医師も一人の人間。無理のない働き方ができるようにしていこう」という動きがますます盛んになるだろう。

 それからもう一つは、これまたこのコラムでも何度か取り上げた、AI(人工知能)や遠隔診療など新しい科学技術の発展だ。

 画像診断の解析など一部では既にAIの導入が始まっているが、これは前述の働き方改革以上のスピードで医療現場に浸透していくだろう。

 新しい技術の開発に携わっている医師達はいずれも、「いくらAIが発展しても、人間の医師が不必要になることはない」と言っているが、それでも仕事の内容は大きく変わるはずだ。

 検査やその分析はAIに任せ、医師は最終的な診断を下し、患者や家族とコミュニケーションしながら、治療の方針を治療方針を決定する。その後の薬剤の選択や手術などでもAIが補助的に、あるいは主体的に関わる場面が増えるはずだ。

AI医療時代に自分がすべき仕事とは

 「いや、私が現役のうちは、そこまで劇的に変わることはないはず」と私も2年ほど前までは高をくくっていたが、最近のその分野の発展を見ていると、「そうも言ってはいられない」という気持ちになりつつある。        

 「AI医療時代に自分がすべき仕事は何か」ということを、それぞれの医師が真剣に考えていかなければ生き残れない時代が、実際にすぐそこまで近付いているのである。

 面白いことに、先日、キリスト教会の関係者と話をしていたら、同じようなことを言っていた。

 宗教こそ人間のもっとも人間的な領域だと思うが、実際にAIを使った「ロボット牧師」が誕生し、それがなかなかの完成度なのだそうだ。

 「牧師にもいろいろな人がいますからね。人間的に未熟な牧師が信者におかしな話をしてがっかりさせるよりは、これまでの宗教学の知識と膨大な情報を詰め込んだロボット牧師の方が、ずっと有益かもしれません」と真剣に語る関係者の話を聞きながら、私は笑うに笑えなくなってしまったのだった。

 もちろん、こういった変化の中でも、いや過渡期だからこそ、「医療の基本」を見失わないようにすることも大切だ。

 時代に乗り遅れまいと最新情報ばかりを追っているうちに、「病を抱えた人を支え励ます」といった医療関係者としての基本的な姿勢を失ってしまっては、いつの間にか効率最優先になって、とんでもない問題を起こすこともあり得る。

 俳聖・松尾芭蕉は俳諧に必要な理念の説明として、「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」(時代を経ても変化しない本質的または普遍的な真理〈=不易〉を知らなければ基礎が確立せず、基本を知っていても、常に時代の変化を知り、その革新性〈=流行〉を取り入れていかなければ新たな進歩がない)と述べた。この「不易と流行」は、まさに今日の医師のために言われたような言葉といえよう。

 自然災害の猛威に日本中が苦しんだこの夏だったが、「自分にとっての不易とは? 流行とは?」と、一人ひとりが考えてみる秋にしたい。

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