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未来の会

第62回「精神医療サークサイド」最新事情
100均のホワイトボードで対話革命

第62回「精神医療サークサイド」最新事情100均のホワイトボードで対話革命
岩渕さん夫妻のトライローグ

社会にパラダイムシフトをもたらす画期的発明は、意外と単純なものだったりする。1950年代に世界の物流を変えたコンテナ革命もその1つだ。

規格化された金属製の箱に荷物を入れ、トラック、鉄道、船でそのまま運ぶ。米国の実業家マルコム・マクリーンが発明したとされるこの輸送システムは、港湾での人力による荷物の上げ下ろしなどを劇的に減らし、20世紀最大の発明の1つと言われている。

さて、精神医療の世界に目を移すとどうだろう↖か。20世紀前半に脚光を浴びた発明(新治療)といえば、患者をわざとマラリアに感染・発熱させ、神経梅毒などを治療するマラリア発熱療法や、脳の前頭葉と視床をつなぐ神経線維を切断して、大人しくさせるロボトミー手術が知られている。どちらも精神医療の黒歴史となった。

20世紀後半に登場した薬物療法によって、精神医療はやっと「医療らしく」なったのだが、精神障害は薬だけで治せるほど甘くはない。この時代、認知行動療法を中心とする療法が発展したことは、患者にとって大きな救いになった。10年ほど前には、急性期の統合失調症を開かれた対話の力で劇的に改善させるオープンダイアローグが日本でも注目された。

フィンランドで生まれたこの対話療法は、精神科医や心理士ら専門家チームが混乱状態にある患者の元を訪れて、家族や友人らも交えた対話を連日繰り返す。すると、家族や友人が「意味不明」「病気の証」と決めつけていた本人の訴えの意味を理解できるようになり、苦悩を受け止めてもらえた本人は落ち着いていく。

相変わらず薬物使用ばかりの日本の精神医療システムでは、オープンダイアローグのような薬物使↖用の最小化につながる取り組みは普及しにくい。それでも対話法を学んだり、実践したりする患者や家族、医療者が増えている。

東京都町田市の岩渕貴子さんは48歳の時に感情が不安定になり、「統合失調症」と診断されて抗精神病薬の副作用に苦しんだ。オープンダイアローグと出会って劇的に回復し、サポートを続けた夫の一之さんと共に対話法「トライローグ」を生み出した。

使うのは100円ショップで手に入る小さなホワイトボードだけ。2人で毎回テーマを決め、それぞれの思いをボードに書いていく。言葉で表現しにくい時は絵を描くこともある。2人が何気なく始めたこの方法には、対話を円滑にする鍵が備わっていた。リフレクティングである。

リフレクティングはオープンダイアローグの中核をなしている。専門家チームのメンバー同士が、患者の目の前でその人についての意見を話し合う。これにより患者は様々な視点に気づき、自分や他人の思いを客観視できるよ↖うになる。トライローグではホワイトボードが第三者の役割を果たす。

「面と向かうと言いにくいことでも、互いにホワイトボードに視線を落としながら話し、書いていくと不思議と表現できます。その文字や絵を見ながら対話を続けると理解が深まっていきます」と貴子さんは話す。

オープンダイアローグを行うには人数がいるが、トライローグは2人でできる手軽さがあり、岩渕さん夫妻は普及を目指している。小さくて安価なホワイトボードが、対話やメンタルヘルスの世界に革命をもたらすかもしれない。

トライローグについて説明する岩渕さん夫妻(筆者撮影)

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