
025年4月1日、国立国際医療研究センター(NCGM)と国立感染症研究所(感染研)の統合によって設立された国立健康危機管理研究機構(JIHS〈ジース〉)がスタートを切った。新型コロナウイルス禍に於ける経験と反省を踏まえ、感染症対策をリードすると共に、災害を含むあらゆる健康危機に対応する機関として幅広い役割を担う。肝胆膵の外科医として活躍し、コロナ下ではNCGMで理事長として感染対策の陣頭指揮を執り、JIHSの初代理事長に就任した國土典宏氏に話を伺った。
——2017年からNCGMの理事長を務められました。
國土 1981年に東京大学医学部を卒業して以来、長年に亘り外科医として、肝臓がん・膵臓がん・胆道がんの外科治療や肝移植に携わってきました。NCGMは、14年にエボラ出血熱の疑い患者を受け入れた事で話題になった他、後天性免疫不全症候群(AIDS)等の最先端治療を担う感染症にも強い機関で、有事の際には率先して対応に当たりますが、平時に於いても感染症に限らず、あらゆる疾患に対応してきました。私自身も、以前は週に1度は手術を行い、後進の育成にも努めてきました。しかし、理事長に就任して約2年半が経過した頃、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生しました。その対応に、初動時から先頭に立って頑張った職員達を誇りに思います。外科医は危機に直面した際の対応力に長けているとも言われますが、私も全力でその応援をしました。
——感染研とはどの様な経緯で統合に至ったのかお教え下さい。
國土 感染研との共同作業は、新型コロナウイルスの流行初期から既に始まっていました。中国・武漢からの帰国者をNCGMが受け入れた際は、隣接する感染研でPCR検査を行いました。20年6月頃より、自民党のワーキンググループで感染症パンデミックに対応する司令塔の必要性を求める声が高まり、感染研の脇田隆字所長(当時)と共に委員会に招かれ、約4カ月間に亘る両組織の活動と連携の状況についてお話しさせて頂きました。その後の議論を経て、22年6月に両組織の統合を踏まえた米国疾病予防管理センター(CDC)をモデルとする「日本版CDC」の創設が岸田内閣で閣議決定され、23年5月に新機構の設立に関する法律が成立しました。
——統合に際しては、双方で綿密な準備が行われたのでしょうか?
國土 組織統合直後に万一新たなパンデミックが起こったとしても、十分に対応出来る組織にしなければならないという点を最も意識して、準備を進めてきました。その為には、両組織が並走しながら合流する必要が有りました。両組織で異なる規則の擦り合わせや新しい保険組合の立ち上げ等、内部体制についても細々とした調整を行いながら、25年4月1日の統合と同時に機能する組織にする様に努めました。国立の機関と独立行政法人の合併は前例が無く、難しさを痛感しました。
——人材流出が懸念されました。
國土 既に独法化されていたNCGM側の職員の身分には大きな変化は有りませんが、感染研側の職員は公務員から法人職員へのキャリアチェンジに抵抗が有ったかも知れません。その点については、JIHSは国立に準じる組織であり、職員はみなし公務員であるという説明を丁寧に続けて理解を求めてきました。幸い、今のところ人材の流出は有りません。
総合医療研究機関としてあらゆる健康危機に対応
——貴機構の役割についてお聞かせ下さい。
國土 JIHSは、事業部門として、先ず研究部門である感染研・国立国際医療研究所・臨床研究センター、臨床部門である国立国際医療センター・国立国府台医療センター、国際医療と人材育成部門である国際医療協力局・国立看護大学校が有り、そしてそれらの事業部門を支える統括部門という体制でスタートしました。災害派遣医療チーム「DMAT」事務局もJIHSに移設されています。各部門には、感染症に限らない研究プロジェクトや保健医療人材の育成、国際協力、公衆衛生に携わる等、多様なバックグラウンドを持つ専門家が揃っています。総合医療研究機関として、「感染症その他の疾患に関する調査・研究の実施や医療の提供を通じて安心できる社会の実現に貢献する」というミッションの下、様々な健康危機から国民を守る事が最大の役割だと考えます。
——パンデミックに強い組織作りが求められます。
國土 我々のメイン機能としては、①感染症情報の収集・分析、②研究開発基盤と臨床試験ネットワーク、③全ての病態に対応出来る高度先進医療、④人材育成、サージキャパシティの4本の柱を挙げています。①については、全国の保健所から集まる情報の他、WHOを始めとする海外のネットワークを通して感染症の発生情報や病原体に関する情報を収集し、重要な情報を政府に報告する役割が求められています。②については、新型コロナウイルスで日本発の治療薬やワクチンの開発が遅れた事に対する反省に立って、当機構がシーズから研究開発、臨床応用まで一気通貫で主導する事が期待されています。全国規模の臨床試験ネットワークに加え、アジアのネットワーク作りにも注力し、次のパンデミックに向けて体制を整えています。③については、戸山キャンパス(東京都新宿区)と国府台キャンパス(千葉県市川市)の2つの病院で高度先進医療を提供します。④の内、人材育成については、実地疫学専門家育成プログラム(FETP)、感染症危機管理専門家(IDES)養成プログラムや自治体職員を対象とした感染症危機管理リーダーシップ研修(IDCL)等の研修機関として、感染症に対応する人材育成に貢献していきます。
——米国のCDCを参考にしながらも、日本独自の組織として設計されました。
國土 一番大きな違いは、やはり病院を所有している事でしょう。米国のCDCは保健福祉省が管轄する機関ですが、当機構は政府から独立して臨床・研究を担います。これに加えて、感染症に関する科学的情報を収集し、感染症対策の司令塔となる内閣感染症危機管理統括庁に向けて科学的助言を行います。規模を比較すると、米国CDCの職員数は約1万5000人に対し、当機構は病院スタッフも含めて4000人程度です。当初は便宜的に「日本版CDC」と言われてきましたが、全てが同じである必要は無く、日本独自の組織を作り上げていきたいと思います。
両機関の特長を生かし次のパンデミックに備える
——この統合で生まれる相乗効果や新たな価値は?
國土 感染研には全国400カ所以上の保健所からのデータが集まります。これ迄国立国際医療研究センターではその情報に直接アクセスする事は出来ませんでしたが、それが可能になります。一方、感染研側からすると、病院の臨床情報にアクセス出来る様になり、病院のネットワークを通じて他病院の臨床情報を得る事も可能になります。新たなシーズが生まれれば、それを試す機会にも繋がります。パンデミックの発生時に、最初の数百例の臨床情報を集め、ウイルスに関するデータを分析する「FF100」という調査が有りますが、新型コロナウイルスのオミクロン株の流行時には、統合を見据えて感染研と共同調査を行い、ワクチン接種者は発症から10日を経過するとウイルスを殆ど排出しない事等を明らかにしました。このデータを基に隔離期間の基準が定められ、科学的知見の素早い社会実装に貢献する事が出来ました。次のパンデミックでは、この実績を生かしてより迅速に対応出来るものと思います。
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