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次なるパンデミック出現に備え、今国会法案提出へ

次なるパンデミック出現に備え、今国会法案提出へ

新型コロナウイルスの「第8波」がピークアウトし、感染症法上の法的な位置付けも今年5月には「5類」に移行する事が決まった。新型コロナの脅威も薄れ、政府や国民の関心は経済社会活動を取り戻す事に在る。一方で、次なるパンデミックの出現に備え、今回の反省を踏まえ、政府は司令塔機能の強化に向けた法案を今国会に提出する方針だ。ただ、この法案の中身がどうも機能しないのではないか、と評判が芳しくない。

 政府が法案で掲げる「達成すべきミッション」は、パンデミックという感染症の危機に迅速且つ的確に対応し、国民の生命・健康の保護と国民生活・国民経済への影響の最小化の両立を確保する事に有る。その為に、4つの将来像を見定める。先ずは、初期段階から国や地方自治体が迅速に対応する事だ。対応する為の司令塔は、厚生労働省を始めとする各省庁の知見やリソースを活用し、政府全体を俯瞰して一体的に対応を進める。その際には、科学的知見に基づいて対策を決定し、適宜情報発信をして効果的に対策を実施。平時に計画に基づいた訓練を行う事により、こうした対応を担保するという事を政府は想定している。

コロナ対応の反省踏まえた組織作りを検討

 その司令塔機能を担うのが、内閣官房に設置する「内閣感染症危機管理統括庁」だ。政府の行動計画を作成し、政府対策本部の事務や総合調整等、感染症対応を一元的に所掌する。トップになる「内閣感染症危機管理監」は内閣官房副長官を充てる見通しだ。首相官邸主導を明確にする為で、内閣官房副長官補が「内閣感染症危機管理監補」として支える。更には、厚労省の医務技監は「内閣感染症危機管理対策官」として首相官邸と厚労省の繋ぎ役になる。

 統括庁の組織も柔軟な対応が出来るように整備された。専従職員は平時で38人だが、有事になると101人に増強出来るようにした。平時では、感染症対応に関する総合的な政策立案や政府の行動計画の実践的な訓練・研修等がメイン。いざ有事となれば、各省庁から併任の掛かっている職員を召集し、国民や事業者への情報発信の他、水際措置の企画や地方の状況把握、各業界団体との調整など幅広い対応が出来るようにするのが狙いだ。各省庁の幹部職員も併任させ、政策毎にチームを構成する。総勢で300人規模になる事が見込まれている。新型インフルエンザ特措法も改正し、都道府県知事に対する国の指示権の行使可能時期を前倒ししたり、行政機能が維持出来なくなった時に備え、地方公共団体の事務を代行出来る範囲を拡大したり、時期を前倒ししたり出来るようにした。更に、地方公共団体が対策の為の財源を確保出来る様、国庫補助負担率のかさ上げや地方債発行の特例規定を創設する事も出来る様にした。

 岸田文雄・首相が21年秋に政権を発足させる際、「健康危機管理庁(仮称)」の創設を訴え掛けていたが、今回こうして結実する事になったのだ。厚労省内では当時、新たな組織を作る事に消極的だったが、思いの他岸田政権が順調に滑り出した為、方針が転換された節が有る。

 ただ、政府の新型コロナ対応を取材して来た大手メディア記者の評価は厳しい。「新型コロナの対応では、首相官邸と厚労省の意思疎通が図れなかったのが失敗の最大の原因だ。今回の法案ではそうした反省を踏まえ、組織作りが検討されている事が分かる。ただ、トップとして事務方を指揮する内閣官房副長官や内閣官房副長官補が感染症に対するある程度の『土地勘』が無いと上手く回らないのは従前と変わらない。その為にもマネージメントの面で何がダメだったか等の反省点を後世に共有していかないといけない」と指摘する。

 一方、感染症に関わる基礎から臨床への連携が行える様、「国立感染症研究所」と「国立国際医療研究センター」を統合する事も決まった。統合後は「国立健康危機管理研究機構」という名称でスタートし、いわゆる「日本版CDC」に該当する。2つの機関の機能を合わせ持ち、下部組織に「国立感染症研究・対策センター」を発足させ、感染症の情報分析、研究、危機対応を担う。「国際医療協力・人材センター」では国際治験ネットワーク作りを行い、「国立国際医療センター」は総合診療機能・臨床研究等を担当する。

 これらは自民党の一部厚労族が主張した案を取り入れた形になった。独立行政法人ではなく、特殊法人として発足する。理事長は厚労大臣が任命する事で、ガバナンスを強化し、外部理事も設ける。役職員には、職務忠実義務を課し、誓約書の提出を求めるという。

 やはり、ここでもカギになるのは組織を動かすトップの人材だろう。先述とは別の大手紙記者は「今回矢面に立って対応した様な、尾身茂氏や脇田隆字氏の様な感染症の専門家ではなく、専門知識もさる事ながら、マネージメントや国際的な知見を持った人材を充てる必要が有るだろう」と指摘する。こうした危機管理態勢について、与党からも機能するか心配する声が上がる。ある自民党厚労族の1人は「平時から有事への移行がスムーズに行くのだろうか。運用に関するルールを相当事前に作らないといけないのではないか。そうしないと又同じ様な失敗を繰り返すだけだ」と手厳しい。

 更に、司令塔の創設だけで、新型コロナ下で起きた医療崩壊やPCR検査不足、保健所の逼迫等に対応出来るのか心許無い。個別に地域医療法や感染症法等を改正して政府や地方自治体の権限強化を図っているものの、基本的な法体系自体は抜本的に改正されている訳ではない。医療関係者の中には「医師や看護師ら医療従事者に感染症に対する教育をもっと普及させるべきだ」と言う声も有るが、こうした指摘には対応出来ていない。

発足まで時間的余裕無し、首相の頭の中は……

「政治と科学」の対立の問題も触れられていない。政府の説明では「科学的知見に基づいて対策を決定する」としているが、専門家のアドバイスに対して政府がどの程度、拘束されるかも明らかにされていない。こうした細則が決まっていない状態では、専門家の反対を押し切って政策を進める様な事態が繰り返され兼ねない。

 日本版CDCの発足は公布から3年以内、内閣感染症危機管理統括庁は公布から6カ月以内にスタートする事になっており、時間的な余裕はそんなに無い。パンデミックは何時起きるか分からない為、多くの時間を掛けてはいられない。その間に、政府はこうした懸念に対する答えを導かないといけない。ただ、1月の施政方針演説で岸田首相が新型コロナに言及したのは演説の後半部分だ。しかも、次の感染症対応については「今後の感染症危機に適切に対応する為、内閣感染症危機管理統括庁や、所謂日本版CDC設置に関する法案を今国会に提出します」という僅か数行に留まる。

 岸田首相の頭は「防衛費増税」や「異次元の少子化対策」という党内政局に発展し兼ねない政策に占められている。同じ様な反省は新型インフルエンザの発生時にも行っているが、新型コロナでは一向に顧みられなかった。有事の際には、国民や事業者への情報発信を「ワンボイス」で行う事等も改めて明記したりもしているが、更なる失敗を繰り返さない為にも「組織作って魂入れず」という事態は避けなければならない。

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