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未来の会

反トランプ「ウイメンズ・マーチ」:「女性の権利」のための長い闘い

大西睦子
2017年2月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1月21日、トランプ政権発足翌日の朝、マサチューセッツ州ケンブリッジの自宅のドアを開けると、ハーバード大学の方向から、「女性の行進(ウイメンズ・マーチ)」に参加する若者の集団が通り過ぎていきました。この日、街中の人たちが、手作りのプラカードを掲げ、ピンク色の猫耳ニット帽(プッシーハット)をかぶり、行進に参加するために「ボストン・コモン」(ボストン市中心部にある公園)に向かいました。プッシーは猫と女性器を意味していますが、プッシーハットは、トランプ大統領の「自分はスターだから、簡単にプッシー(女性器)にさわれる」という過去の女性蔑視の発言に対する抗議を示しています。ボストン・コモンには、約17万5000人(ボストン市当局発表)もの人が集まりました。

同じ日、ワシントン、ニューヨーク、シカゴやロサンゼルスなどの米都市や、ローマ、パリ、ロンドン、ベルリン、アムステルダムなど、世界各地で同様のデモが行われました。主催者である「ワシントンでの女性の行進(Women’s March on Washington)」は、最終的に673カ所に、495万6000人もの人々が集まったと発表しています。

また、『ニューヨーク・タイムズ』(NYT)によると、トランプ大統領の就任式の約3倍もの人々が、女性の行進のためにワシントンに集まりました。トランプ大統領は「就任式はメディアが人のいないところを撮影した」と反論しましたが、写真を見れば違いは一目瞭然です。

このような大規模行進による「大統領に対する抗議デモ」は、米国史上初めてです。しかも、政権発足翌日のデモは異常な事態です。今回は、ボストンの抗議デモの現場から、女性の権利について考えたいと思います。

【Boston rally draws up to 175,000, officials say, Boston Globe, Jan.21】
【PUSSYHAT PROJECT】
【womensmarch.com】
【Crowd Scientists Say Women’s March in Washington Had 3 Times as Many People as Trump’s Inauguration, The New York Times, Jan.22】

●一夜にして1万人が賛同

そもそも今回の「女性の行進」は、ハワイ在住の引退した弁護士テレサ・シェーク氏が、トランプ大統領が選出されたときに思いつきました。ちなみにシェーク氏は、自分自身をフェミニスト理論家であるとか活動家であるなどと考えたことはありませ

ん。シェーク氏は、友達にオンラインのイベントページの作成方法を教えてもらい、女性の行進のためのイベントページを開設しました。開始日、シェーク氏の就寝前には40人から参加するという返事があったそうです。翌日目覚めると、その数は1万人に跳ね上がっていました。

トランプ大統領は選挙キャンペーン中、女性蔑視の暴言を繰り返してきました。ですから、行進の当初の目的は、トランプ政権に挑戦することでした。つまり、女性たちが行進することで、「あなたがどんな大統領か、私たちはここで監視している」という意思表明を示すことです。その後、グループがより組織化される過程で4人の共同議長が選出され、移民やマイノリティにも行進の参加を呼びかけていったのです。

【It started with a retiree. Now the Women’s March could be the biggest inauguration demonstration, The Washington Post,Jan.3】
【Women’s March on Washington: What You Need to Know, NYT, Jan.10】

●トランプ政権への挑戦

では、トランプ政権への挑戦とは、具体的にどういうことなのでしょうか。

米国における女性の権利の拡大には、さまざまな医療の進歩や法律の制定が、歴史的に重要な役割を担ってきました。中でも、1960年の「ピルの誕生」、1963年の「男女同一賃金法」の制定、1972年の教育に関与する性差別を禁止とする「タイトルIX(教育法第 9篇)」の制定、1973年の合衆国最高裁判所の「ロー対ウェイド判決」による「妊娠中絶の合法化」は、女性の権利の拡大に革命的な変化をもたらしました。

こうした経緯を経て、米国の女性は、自分の人生を自分でコントロールすることが可能になってきたのです。

ところが歴史の中で、ときに変化は後退することもあります。そして今、トランプ政権下において、多くの米国女性は「性と生殖に関する権利」を失うことに懸念や不安や怒りを感じています。

この問題を考える上で、まず、米国社会の中絶論争を理解しておく必要があります。

●米国の中絶論争

ロー対ウェイド判決で、連邦法において妊娠中絶が合法化されましたが、それ以降も中絶を巡る論争は続いています。米国での中絶の議論の核になっているのは、「プロチョイス(pro-choice:妊娠中絶合法化を支持) かプロライフ(pro-life:妊娠中絶合法化に反対)か」、つまり、女性の権利か胎児の生命かどちらが重要かということです。もし女性に選択する権利があると考えるならプロチョイス派で、胎児の生命を尊重するならプロライフ派ということになります。

もともと共和党は伝統的にプロライフ派の立場を取っており、法的に中絶を禁止する動きを見せています。それがどこまで影響しているかは分かりませんが、『ブルームバーグ』の調査によると、近年、クリニックで中絶の施術を受ける女性の数は記録的なスピードで減り続けています。2011年以来、全米で21の中絶クリニックが開業したものの、少なくとも162の中絶クリニックが閉鎖しました。

また、米国では過去、プロライフ派の過激な人間が、中絶手術を行っている医師を射殺する事件が複数起きており、そうした州では中絶ができなくなってしまっています。例えばミシシッピー州は、今ではたった1つしか、中絶クリニックがありません。裕福であれば他州に行き中絶することが可能ですが、貧困層には無理な話です。そうなると、ロー対ウェイド判決以前の時代に頻繁に行われていた「backroom abortion(密室での妊娠中絶)」と呼ばれる中絶が、無免許の人間によって、不衛生な場で行われるようになる可能性があり、当然、母体は危険に晒されることになります。

【Abortion Clinics Are Closing at a Record Pace, Bloomberg, Feb.24, 2016】
【A Brief History of Deadly Attacks on Abortion Providers, NYT, Nov.29, 2015】
【The end of abortion access in the South?, MSNBC, Apr.29, 2014】

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