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日本医師会完敗の診療報酬改定の真相

日本医師会完敗の診療報酬改定の真相
財務省は「中川体制」が続いて欲しい?

一昨年6月の選挙で、中川俊男氏は現職の横倉義武会長(当時)を破って会長に就任した。そして中川会長として初めて迎える2022年4月の診療報酬改定に関して、昨年末の予算案編成で診療報酬本体そのものが実質はマイナスの改定となった。全国紙等は「診療報酬本体は0・43%のプラス」と報じているが、正確に言えば「医師の手元に入る診療報酬は実質マイナス」になる。正に財務省のシナリオ通りとなったのである。

 昨年12月19日、日曜日にも拘わらず岸田文雄首相は、東京・永田町の首相公邸に後藤茂之厚生労働相、濱谷浩樹同省保険局長、少し遅れて鈴木俊一財務相、矢野康治同省事務次官、茶谷栄治同省主計局長を呼び入れた。診療報酬改定幅を決定するのが目的である。

診療報酬改定幅を巡る戦略

 22年度の医療費(診療報酬と医薬品代の合計)に関しては、10兆円近い医薬品代(薬価)が7・6%下がる事が決まっていたので、これで国費ベースでは1500億円程度支出が抑えられる事が決まっていた。医療材料の価格も少しマイナスとなるので、医療費に換算すると医薬品代を中心に1・37%の引き下げである。それにより医師等の収入となる診療報酬本体については1・37%までは上げる財源は確保されていた事になる。

 しかし財務省としては医療費全体、つまり医薬品代(薬価)だけではなく、診療報酬本体も抑え込まなければ財政再建に繋がらないので、医薬品代で節約出来た財源をそのまま診療報酬本体の引き上げには使いたくない。それでは収支が差し引きゼロになってしまう。出来れば診療報酬そのものも引↖き下げ、医療費支出を出来るだけ減らしたいというのが本音だった。

 とは言え、それは財務省にとっては「理想論」であり、22年夏に参議院選挙を控える自民党の中には「選挙で医師会を敵に回す訳には行かない。診療報酬本体をプラスにすべきだ」という意見が根強くあった。そこで財務省は「診療報酬本体の引き上げ幅を出来るだけ低くすれば、全体としては医療費はよりマイナスとなる」と戦略を練り直した。

 昨年12月19日の首相公邸では、厚労省側が0・48%の引き上げを要求したのに対して、財務省側は0・32%の引き上げに抑えるべきだと主張した。

 それを受け、岸田首相がその間を取る形で診療報酬は0・43%の引き上げと決着をつけた。これでも薬価引き下げ等で1・37%の引き下げなので、診療報酬と薬価を合わせた医療費としては0・94%の引き下げとなる。

「プラス0・43%」引き上げは誰の勝利か?

 この結果は、翌12月20日の新聞各紙やテレビでも報道された。そして12月22日に政府案として最終決定された。マスコミの書き方は「診療報酬本体は0・43%の引き上げ。薬価引き下げで医療費全体はマイナス」となっている。

 中川俊男日本医師会長も12月22日の記者会見で「必ずしも満足するものではないが、厳しい国家財政の中で(診療報酬本体が)プラス改定になった事について率直に評価させて頂きたい」と胸を張った。更に中川会長は岸田首相、鈴木財務相、後藤厚労相始め、自民党の麻生太郎副総裁、厚労相経験者である尾辻秀久、田村憲久、加藤勝信各議員、その他厚労関係議員ら十数人の名前を一人一人挙げ「深く感謝申し上げる」と述べた。自らが各有力議員とパイプが有り、それ故にプラス改定になったと言わんばかりだった。

 確かに「診療報酬本体プラス0・43%引き上げ」は予想よりも高いという印象を与えた。財務省の主張のプラス0・32%の引き上げよりも、医師会に配慮した厚労省の主張である0・48%の引き上げに近い。両省の主張の中間を取れば「プラス0・4%の引き上げ」になる。

 しかし、マスコミ各社の報道も中川会長の記者会見内容も、実態を正しく反映させているものとは言えない。中川会長はマスコミ報道を利用したかのように本質を隠し、あたかも自らの、そして日本医師会の「勝利、プラス」の様に述べているが、実際はどうだろうか。

内枠として決定された2つの案件

「診療報酬本体はプラス0・43%の引き上げ」の一報に接したある日本医師会幹部は「完敗だ」と呻くように言った。何故なのか? 最大の問題は、この中に「看護師の給与引き上げ」と「不妊治療の保険適用」が含まれている点である。

 看護師の給与引き上げについては、「コロナで苦労した」として岸田首相自らが主張している事案だ。それを受けて医療機関の経営者にではなく、看護師に直接給与アップ(3%程度)が届くように診療報酬を引き上げる事が決まった。しかも、昨年末の閣僚折衝では「救急搬送件数が年間200以上の医療機関と3次救急を担う医療機関の看護職員」とする事で合意している。この為に診療報酬換算で0・2%の引き上げが必要となるのだが、日本医師会の主な加入者である開業医や中小病院の看護師は対象にならない。勿論、医師の収入を増やすものではない。

 不妊治療の保険適用は、菅義偉前首相がその実現を強く主張していたもので、いわば「置き土産」である。岸田首相はそれを守り、新たに保険適用とした。となると当然診療報酬を新たに付けなければならない。こちらも今回の改定では0・2%の引き上げが必要となった。

 つまり診療報酬本体0・43%の引き上げといっても、そのうちの0・4%(0・2%+0・2%)は一部看護師の処遇改善と、不妊治療を行う一部の産婦人科医だけに限られている訳で、診療報酬の引き上げには違いないが、医師会員の大半は収入増とはならないのである。ちなみに不妊治療を行っている産科医によれば、自由診療から保険診療になれば収入は却って減少するという。

 こうした事は事前に当然分かっていた事で、自民党の厚労関係議員は「看護師の処遇改善や不妊治療は言わば2人の首相の案件であり、これは認めない訳にはいかない。しかし大半の医療機関の収入増には寄与しないので、首相案件は『別枠』として、医療機関の収入増に結び付く為の診療報酬本体の引き上げを別にしてこそ本当の『本体引き上げ』」と説明する。

 ところが看護師の処遇改善や不妊治療が別枠とならず、いわば「内枠」として決定されてしまった。その事について医師会幹部が「完敗だ」と言ったのであり、厚労省幹部も「医師会があっさりと内枠を認めた事に驚いた」と文字通り驚きを隠そうとしなかった。

医療機関の収入は実質的にはマイナスに

 それだけではない。今回の改定では「リフィル処方箋の導入」と「小児のコロナ加算の廃止」も決まった。

 リフィル処方箋とは繰り返し使える処方箋の事である。患者、特に高齢者等が医師に薬だけを貰いに行く事は少なくない。そうすると患者にとってはその度に往復しなければならず、負担が掛かる。一方医師にとっては再診料等の診療報酬がその都度入る事になる。しかし、繰り返し使えるリフィル処方箋を貰う事が出来れば、患者は薬がなくなったら処方箋を薬局に持って行くだけで済み、負担は軽くなる。その上、医師の診療報酬も発生せず、医療費を減らす事が出来る。これによって診療報酬を0・1%下げる効果がある。

 小児のコロナ加算の廃止によっても、やはり診療報酬を0・1%下げられるので、合わせて0・2%のマイナスとなる。

 となると「診療報酬本体は0・43%のプラス」といっても、大病院の看護師の処遇改善と不妊治療を行う一部の産婦人科に合わせて0・4%が使われ、「本体引き上げ」は実質0・03%の引き上げとなる。更にリフィル処方箋の導入と小児コロナ加算の廃止で、医療機関にとっては計0・2%のマイナスとなるので、診療科による違いはあるものの、医療機関の収入としてはマイナス0・17%になるというのがより実態に近い数字となる。「本体はプラス0・43%」というのは「張り子の虎」(厚労省幹部)というか、虚構の数字と言えるだろう。

 財務省幹部は「数字だけを見れば負けだが、流れは変えられた」と語る。財務省の「診療報酬本体もマイナス」という「理想」には及ばなかったものの、実質的にはマイナスであり、これからも更に診療報酬本体のマイナス幅の増加に向けて「望ましい方向に向かう事が出来た」とシナリオに近い結果を出せたと考えているのだろう。一部の新聞は「日医と財務省、痛み分け」と解説したが、どう見ても痛み分けではなく、実質的には財務省の勝利、日医の敗北というのは明らかだ。

横倉氏から中川氏への会長交代は失敗?

2年前、4年前の診療報酬改定は、いずれも「本体0・55%のプラス」だった。日本医師会長はどちらの時も横倉義武氏だった。表向きは今回と大きな差は無いようにも見えるが、横倉氏の時は医療機関の経営改善にプラスになるものだった。にも拘わらず今回はこれまで書いてきた様にそれが無い。何故なのか?

 自民党のある議員は「今回の結果は分かり切っていた事。日本医師会の会長が中川氏に代わったので診療報酬を実質マイナスにして、それを巧妙にプラスに見せただけの事」と説明する。どういう事なのか? 2年前の日医の会長選挙で、現職の横倉氏は勇退し、後継として中川氏を推す事を一旦は表明した。それが新聞紙面に載ると、自民党の二階俊博幹事長を始め、安倍晋三首相、麻生太郎副総理・財務相(いずれも当時)はこぞって反対した。「中川氏は気の短い男で、官僚や政治家とも対立して来た。そんな人物が日医の会長になるのは望ましくない」というのが主な理由だ。

 そこで自民党の幹部は連日のように横倉氏に連絡し、会長を続けるべきだと説得した。横倉氏もあまりの説得攻勢についに折れ、会長選出馬を決めたが、医師会会員の中には「一度勇退を言いながら出馬するのはおかしい」とか「横倉氏が0・55%引き上げを取れたのだから、中川氏のようにもっと強く出れば更に引き上げを勝ち取れる」との意見が支配し、中川氏を会長に押し上げた。

 しかし、中川氏は横倉氏と違って政界とのパイプが殆ど無い。会長就任直後から安倍、麻生両氏は「中川氏に配慮する必要は無い」という態度だったし、コロナ対応では中川氏の政権批判の発言も目立った為、ますます中川会長の為に動こうという議員は現れなかった。「政府・与党に強く折衝出来るから診療報酬引き上げもより高く期待出来る」との医師会員の期待は見事に裏切られた。正に完全に逆効果だったのである。

財務省の深謀遠慮

 今回、岸田首相が「診療報酬本体0・43%のプラス」と決めたのには、以下のような背景が有るという。横倉会長時代、診療報酬改定は4回行われたが、2014年度は消費増税対応分を除いて実質0・1%アップという低い数字も有ったので、4回の平均は0・42%のプラスとした。いわゆる「横倉平均」である。安倍、麻生両氏は今回この数字を上回るべきでないと主張したが、選挙を控え、地元選挙区の医師会等から陳情を受けている自民党参議院側の要望や、横倉氏自身も「横倉平均(0・42%)が基準になると、診療報酬はその範囲内で抑制されかねない」との意向を伝えたと言われ、0・43%で決着したという。

 しかし、これまで書いてきた様に、この0・43%は「張り子の虎」の如く中身の無い数字である。実際には医療機関の収入増になるどころか、むしろ多くの医療機関にとってマイナスになる内容なのだ。昨年11月に発表された厚労省の「医療経済実態調査」によれば、コロナ患者を受け入れ国の補助金を受けた病院は黒字のところが多かった。しかし、開業医では「受診控え」も起きており、経営が悪化している。それにも拘わらずである。

 そして今回の改定で、政府や自民党内で引き上げを積極的に求める動きは広がりを見せなかった。ある自民党議員は「中川会長である限り、診療報酬を引き下げる力が強まり、それに反対する議員も殆ど出て来ない」と断言する。診療報酬を大幅に引き下げたい財務省にとってみれば「いつまでも中川会長でいて欲しい」というのが本音だろう。

どうなる? 日本医師会長選挙

となると注目されるのは今年6月末に予定されている日本医師会長選挙だ。現職の中川氏は当然再選を狙って来るだろうが、今回の診療報酬改定での政治力の無さが明らかになった事で、事情は相当に変わるのは間違い無い。

 2年前の前回選挙では①各県の医師会幹部は中川氏の「強気」に期待していた②5選確実と言われていた横倉会長が一度は勇退、中川氏への「禅譲」を表明した③東京都や埼玉県等「大票田」の首都圏は「時計の針を進め自分達の思惑通りになる新しい会長にしたい」と横倉氏の5選に反対、中川氏支持に回った——等の理由で、中川氏への支持が広がった。

 政府に強く折衝出来るとされた中川氏の「強気」は、今回は全く通用しない事が明らかになった。これからも中川体制が続けば、診療報酬の引き上げは期待出来ないであろう。それどころか、引き下げを望む財務省のシナリオ通りに進んで行く事になるだろう。そうした事態に日本医師会長を選ぶ各都道府県医師会はどのような判断をするのだろうか?

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