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ノバルティスファーマ

ノバルティスファーマ
医学界、製薬業界を震撼させた 論文データ「造」疑惑

 ノバルティスファーマの降圧剤「ディオバン(一般名=バルサルタン)」の臨床研究不正事件は医学界と製薬業界の信用を揺るがした。既に報道されたように、京都府立医科大学の松原弘明元教授を中心にしたディオバン臨床試験論文が撤回されたことで、同社が論文作成に深く関わっていたことが明るみに出たからだ。松原元教授の広範囲に及ぶ臨床研究には同社から1億円を超える「奨学寄付金」が提供されていた上、同社員(既に退職)が社名を隠し、兼職していた大阪市立大学非常勤講師名で解析を行っていたことで、臨床研究そのものの信用が揺らいだ。しかも同社員は同大だけではなく、慈恵医大、名古屋大、千葉大、滋賀大でもディオバンの臨床研究の解析に関わっていた。慈恵医大の慈恵ハートスタディでは同社員が解析を行い、名古屋大の名古屋ハートスタディでも解析者に名前を連ね、千葉大、滋賀大の臨床研究では助言をしていた。助言といっても、解析を指導し、研究チームの会合に解析者として出席していたという。

寄付金を提供して研究を「主導」  臨床研究は医師主導とはいっても、各大学に奨学寄付金を提供し、社員が加わって解析を行っていたのだから、現実には、同社が〝主導した〟臨床研究に等しい。実際、同社のMR(医薬情報担当者)はこの臨床研究論文を手に医療機関を回り、「この通り当社のディオバンは効果が抜群です」と販促活動をしていたのである。

 脳血管疾患や心筋梗塞を引き起こすリスク因子とされる高血圧の人は約4000万人いるとみられ、降圧剤は製薬メーカーにとって大型商品の市場。かつてはACE阻害剤が使われていたが、副作用に空咳が出ることから最近は同等の効果があるARB阻害剤が第一選択肢として使われている。

 「その代表格が武田薬品工業の『ブロプレス』だったが、今年、特許切れを迎えることから、配合剤を出す一方、ブロプレスに代わる『アジルバ』を開発、売り込みに力を入れている。もちろん、他社もARBに力を入れ、ノバルティスのディオバンや第一三共の『オルメテック』、ファイザーの『ノルバスク』など、7成分のARBが登場している。そんな競争が激しいARB市場でディオバンがブロックバスター(年商1000億円の医薬品)になったのはした臨床研究を販促に使ったためだった」(ある製薬会社幹部)

 ノバルティス社員が関わっていた臨床研究が始まったのは2004年。論文が発表されたのは07年の日本循環器学会で、日本初の大規模臨床研究と注目された。08年には欧州の学術誌にも発表された。だが、そのころから疑問がくすぶっていたという。ある循環器系の教授は次のように話す。

 「松原氏の論文では、従来の降圧剤に加えてディオバン服用で血圧の低下とは関係なく、脳卒中や狭心症のリスクが下がった、とある。今までの常識とは異なる結果だ。さらに他社の降圧剤と比較してディオバンの効果だけが突出しているのは、データの取り方が間違っているか解析に誤りがあるのではないか、という疑問が出始めた。だが、松原氏は循環器内科の有名教授。まさかノバルティスがデータ解析をしていたとは思わなかった。これでは臨床研究の信用性に疑問符が付く」

 事実が表面化するのは今年2月。ヨーロッパの心臓学会が、詳細は明かさなかったが「複数のデータに重大な問題がある」と、松原教授の論文を撤回。日本循環器学会も「データ解析に誤りがある」として論文を撤回した。この論文撤回が知れ渡り、報道が始まったのである。当初、松原教授は「データ集計の間違いでしかない。結論に影響はない」と主張していたが、データ解析者が同社研究部門の幹部だったことが露見し、利益相反ではないか、わざと社員であることを隠していたのではないか、データも解析結果も捏造があるのではないか、という疑問が噴出。医学、製薬業界をさせる事件に発展、国会でも質問が出る騒ぎに発展したのは周知の通り。

研究者と密接な関係露わ  しかも、松原元教授の研究室には08年以降、民間から253件、4億8000万円の奨学寄付金が提供され、そのうち18件、1億440万円が同社からの奨学寄付金だったことを京都府立医大が明らかにした。さらに、同社は松原元教授に依頼した講演会2件に40万円の謝礼金を支払っていたことも判明。当初、「奨学寄付金は大学を通じて提供したもので、臨床試験目的に提供したものではない。臨床試験もノバルティスが持ち掛けたわけではない」と強弁していた同社も、事ここに至り、内部調査の結果で5大学で行われた臨床試験で社員の関与を認めた。だが、その内容は「京都府立医大の他4大学が行ったバルサルタンの臨床試験で統計、解析を専門にする元社員がデータ解析や助言を行っていた。だが、いずれの試験でも意図的なデータ操作や改ざんを示すものは判明しなかった」と説明。加えて、「元社員は大阪市立大の非常勤講師であったため、大阪市立大の肩書で名前を載せていたが、社員であることを併記すべきであった」と謝罪の弁を語っている。続いて7月1日から5日間、MR2300人の製品プロモーション活動停止と、前社長を含めた9人の取締役の2カ月間の報酬10%カットを発表した。

 だが、これで終わりなのだろうか。京都府立医大は同社に対して取引停止のペナルティーを課した。が、第一義的な問題は臨床研究を行った京都府立医大の松原元教授にあるものの、同社にも松原元教授と同等の責任があるはずだ。

 スイス・バーゼルに本社を置く同社は、同じバーゼルで起業したチバ社とガイギー社が合併したチバガイギーに、サンド社が加わり、1996年にノバルティスに社名変更。今では世界第2位の売り上げを誇る巨大製薬メーカーだ。傘下にバイオシミラー(バイオ後続品)のサンド社や医療用栄養食品会社、動物薬メーカーを持ち、幅広く優れた医薬品を提供している。OTC医薬品(一般用医薬品)もあり、よく知られているのは禁煙補助薬の「ニコチネルTTS」やアレルギー鼻炎治療薬の「ザジデンAL」、水虫薬の「ラミシールAT」、あるいは鎮痛消炎薬の「ボルタレン」といったものだが、本格的な医薬品も多い。例えば、向精神薬の「リタリン」、中枢神経系領域の「イクセロンパッチ」、2型糖尿病治療薬ではDPP阻害薬の「エクア」、骨髄性白血病治療薬「グリベック」等々、広範囲に及ぶ。最近はオンコロジー(がん領域)にも力を入れ、目下、承認申請中の乳がん治療薬の「アフィニトール」を筆頭に数多くの医薬品を開発している。中でもディオバンとグリベックは世界で40億㌦以上を売り上げる大型商品の仲間入りをしている。

 米フォーチュン誌に「世界で最も称賛される製薬企業」に選ばれたほどで、かつての米メルクと同様、経営姿勢も立派なはずだった。その最も称賛される製薬メーカーが、突出した資金を提供して自社医薬品の大規模臨床研究を行ってもらい、しかも社員が重要な解析を担当したのでは〝好結果〟が導き出されるのも当然。営業プロモーション用の臨床研究論文づくりだったとしか見えない。

組織ぐるみ否定してもくすぶる疑問  ノバルティスは報告書で「元社員はノバルティス社員であることを表記するよう、論文の著者に要請する必要があった」としているが、「元社員に臨床試験に関与させるという明確な戦略があったとは特定できなかった」と組織ぐるみではないと記述。その一方、「元社員の部下も一部研究に加わっていた。当時の上司の中には元社員の関与を認識し、支援していた者がいた」と認めながら、元社員や上司、研究者を含めて「当時、臨床研究に関わる活動と会社の業務を隔てる手立てを講ずれば、臨床研究に携わることができると誤った理解があった」と述べる。医師も医学界も製薬業界も透明性ガイドラインに取り組まなかったから、こういうことになったといっているように聞える。かねてから透明性ガイドラインを主張していた製薬メーカーとして、社内の研究部門で臨床研究に携わっている者がいるのを知りながら、口を閉ざしていたのはどういうことか。MRも臨床研究論文を見れば、自社の幹部社員の名前に気付くはずだが、口を閉ざしていたのは、同社の行動規範に反する行為ではなかったか。

 同社は渦中の元社員について、定年退職後契約社員になり、(事件発覚後の)5月15日付けで契約期間終了により退職したとしか語らない。だが、論文に「ノブオ シラハシ」と記述された元社員は、3年前に武庫川女子大学薬学部の兼任講師をしていた白橋伸雄氏で、同大学の名簿には「ノバルティスファーマ社サイエンティフィックオペレーション部マネジャー」と記されている。臨床研究論文に同社社員の名を併記しなかったのは、自社医薬品であるため、社名を伏せたとしかいいようがない。同社は報告書でもプレスリリースでも全て「元社員」で済ませているが、かえって組織ぐるみだったことを隠そうとしているように映る。

 ディオバンは世界で70億㌦(11年)を売り、日本ではブロックバスターである、同社のドル箱だ。スイスでは医薬品が金融と並ぶ重要産業で、優秀な学生が製薬企業にシフトする。そのエリートが金融同様に利益追求に走ったのでは「世界に称賛される製薬メーカー」という評価が泣く。

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