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未来の会

対面授業再開に伴う様々なリスク

対面授業再開に伴う様々なリスク

私は医師の仕事のほかに、大学教員として学生に授業や論文指導を行っている。

新聞などで報道されているように、この春からの新型コロナウイルス感染拡大の措置を講じていた小中高校で対面授業が再開されたあとも、大学ではオンライン授業が続いた。

私が所属する大学では、夏までの前期はすべてオンライン授業、秋からの後期は限定された一部の科目のみで対面授業を許可するが、原則はオンラインの継続となった。

学生たちからは、授業だけではなく図書館やグラウンドの利用も制限されていることへの不満の声が上がっている。

特に1年生では、入試以来、まだ一度もキャンパスに来ていないどころか、九州や北海道の実家にとどまり続けている人、それどころか留学予定が来日できず、中国や韓国からオンライン授業に参加している人もいる。

 保護者からは「大学の施設も利用できず、“通信教育”のようなことが続くなら、学費を減額してくれないか」という声も出ているそうだが、もっともなことだ。

大学は感染予防が難しい場所

 しかし、大学は様々な面から感染予防が難しい場所のひとつだ。まず、キャンパスに来る人数が高校までとはかなり違う。私の大学は総合大学としては小ぶりな方だが、それでも東京と埼玉のキャンパスに、毎日1万人を超える学生が集まる。

そして、授業の中には300人、400人の学生が大講堂に集まって行われるものもある。さらに、ホームルーム制ではないので、毎時間ごとに学生は教室から教室へと移動し、シャッフルされた顔ぶれで授業が行われる。

私の大学では、休み時間の構内は以前から“渋滞”と呼ばれるほど、移動の学生たちで混雑する。

そして、その学生たちの家や下宿は広範囲に散らばっており、多くの学生は毎日、電車を乗り継いで通学しているのだ。

これでは、感染予防といっても、できる対策には限りがある。

とはいえ、実習系の授業や討論が中心の演習系の授業は、いつまでもオンライン授業のみというわけにもいかない。

そういうわけで、私の大学では、こんな措置を講じた上で一部の対面授業を再開することになった。学生への注意事項からいくつかを紹介しよう。

 ●授業は、机上にラベルが貼付されている席で受講してください。また、机上ラベルのない教室や机イスを移動して行う授業では、人と人の間隔を十分にとり、会話や発声時には、特に間隔を広く空けてください。

 ●授業受講の際は、必ず受講日時・教室番号・座席番号(上記の机上ラベル番号等。番号がない場合はおおよその着席位置)を各自記録し、記録は以後3週間保管してください)。

 ※上記記録は、後日、自身が感染した場合や、周辺に感染者がいたことが判明した場合などに、接触履歴を確認するためです。必ず記録してください。

 ●授業終了後は速やかに退室し、密回避にご協力ください。また、授業などキャンパス内での用件が終了次第、速やかに帰宅してください。

もちろん、授業中は教員も学生もマスク着用が義務づけられている。

 すべての机にラベルを貼る職員たちの苦労がしのばれるが、これから授業を受けるたびにラベル番号などを記録しなければならない学生も大変だ。

“おしゃべりネットワーク”が築けない

 その上、せっかく大学に来ても「授業が終わったら速やかに帰宅」というのは、本当に気の毒である。

多くの読者もそうではないかと思うが、私も学生時代は授業と同じくらい、いやもしかするとそれ以上に昼休みや授業終了後の同級生とのおしゃべりが楽しみで大学に行っていた。そこで交わしたいろいろな対話は、その後の医師としての仕事にも大きく影響している。

また、特に医師の場合、卒業後も研鑽を積んだり患者さんのことで相談したりといったことが重要になるが、そのときも学生時代の“おしゃべりネットワーク”がおおいに重宝している。

それが築けないとなれば、社会人になってからの生活にもなんらかの支障が出るのではないだろうか。

国や自治体は「ウィズコロナ」というキーワードを掲げ、新型コロナウイルス感染症の流行を完全に封じ込められない状態で、経済活動や教育などの再開を進めている。

もちろん、いつまでも自粛を長引かせて、すべての社会活動をストップさせたままにする、というのは現実的ではない。

しかし、こと大学においては、「ウィズコロナ」の対面授業再開にはさまざまなリスクや無理があることを、多くの人にも知ってもらいたい。

そして、目指すべきは「ウィズコロナ」ではなく、あくまで感染の封じ込め、つまり「ノーコロナ」であることもいま一度、確認しておきたいと思う。

読者の子弟には、医学部や薬学部など医療系の大学に籍を置いている人も多いと思う。

特に医療系ではすべてオンラインというわけにはいかず、おそるおそる臨床実習を再開しているところも多い。

慎重に感染対策を行いながら実習を行い、終わったら「キャンパスにとどまらず、すぐに帰って」と言われる学生たちのストレスは、いかばかりのものか。

身近にそういう学生がいる人たちは、ぜひ彼らのストレスに耳を傾け、苦労をねぎらい、励ましてあげてほしいと思う。

さて、私ももうすぐ大学で後期の授業を始める。一部は対面授業にするつもりだが、いったいどんな雰囲気なのだろう。

間隔を空けてラベルの貼られた座席に座り、私語をいっさい交わせずにマスクをしたままの学生たちに、どう向き合えばよいのか。またこのコラムでも状況を報告したいと思っている。

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