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病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

騙される背景に「医療への失望」が

騙される背景に「医療への失望」が

 毎年、夏にシニアを対象にした集中講義の講師をしている。勤務先の大学が開いている講座で、3日間、朝から晩までの講義はけっこうきついのだが、“シニア学生”たちはみな熱心なので、こちらも力が入る。

 テーマはここ数年、同じで「だましとウソの心理学」。私たちを取り巻くフェイクニュース、詐欺まがいのビジネス、カルト宗教、ニセ健康情報などについて、それにだまされる心のからくりと対処法について説明するのだ。

 いつも一番盛り上がるのが、受講者たちの体験談を披露してもらう時間だ。

 「必ずしも自分の体験ではなくて、周りで起きたこと、何かで見聞きしたことでもいいですよ」と前置きをしても、多くの人は自分の話をしてくれる。

 大学の現役学生たちと違い、シニアは誰でもだまされそうになったり、ちょっとした被害を受けたりした経験があるのだな、といつも感心する。

 今年の講義では、ある参加者がこんな話をしてくれた。個人情報がわからないように一部を変えて紹介しよう。

 「数年前、大きな病気をして手術を受けた。その後、なかなか体調が回復しなくて、退院したあとも、寝たり起きたりが続いた。医者は『もう悪いところは取った。あとは気の持ちようだ』と言ったが、どうにも具合が悪い」

社会に浸透している民間療法・代替療法

 それを知った友人や知人が、いろいろな民間療法を勧めてきた。お茶、サプリメント、特殊なジュース等々。中には『何かの波動を出す装置の説明会に行こう』と言う人もいた。家族と相談して、その中のいくつかを試してみた。

 すると、ジュースが体に合ったらしく、少しずつ回復してきた。今ではこうしてこういう講座にも出られるほどになった。「私はそのジュースを勧めてくれた友人に感謝しているし、今でも飲み続けている。西洋医学だけがすべてだとは思わない」。

 周りの受講者も「へえ」と感心したような顔をしていた。私もまず「それは良かったですね」と言ったが、心の中で「どうしよう」と困惑もした。

 そのジュースは「がんが消える」といった口コミでかなり流通しているが、高額でその販売法も強引だと、ときどき問題になる商品だったからだ。

 もちろん、その受講者はそれ以上、「みなさんもぜひ飲んでみませんか」などと勧誘したりはしなかった。

 そのため、私は「いずれにしても体調が回復したのはなによりです。ただ、ジュースの効果だったのか、時間の経過で自然に良くなったのか、そのあたりの因果関係ははっきりしないのも確かですね」とだけコメントした。

 ほかにも受講生たちから、「先生は先ほど、化粧品に入っている成分のほとんどは皮膚の角化層から奥には浸透しないとおっしゃいましたが、私は皮膚のトラブルに悩み、どんな軟膏をつけても治りませんでした。でも〇〇入りのクリームを使うようになってから、明らかにお肌の調子が良いです。少々高いけど効果を実感しています」「長年、取れなかった腰痛が△△茶を飲み始めてから改善しました」といった体験談が続いた。

 もちろん、「高いお金で電磁波治療器というのを買ったけど、まったく効かなかった。だまされたんですね」といった苦い話もあったが、全体からは民間療法、代替療法は21世紀の今も社会にかなり浸透しているのだ、と強く感じた。

 そのことを嘆いたり、一般の人の医療リテラシーのなさを批判したりしたい、というのが今回の主旨ではない。

 ただ、受講生の話を聴いていると、「最初から民間療法ひとすじ」という人はまずいない、ということもわかった。

 彼らはまず、近くのクリニックや市内の大きな病院に行って、標準的な医療を受けようとしている。その中で、どこかで「医療に失望するタイミング」を経験しているのだ。

 先ほどの「がん手術後の不調がジュースで回復」の人なら、主治医に不調を相談しても「もう悪いところは取ったんだから」とあまり取り合ってもらえなかった、というのがそれにあたるだろう。

 今、新型コロナ感染症に罹患した人たちの後遺症が医療・社会的な問題になっている。私の診察室にも何人かやって来たことがある。倦怠感、息切れ、からだのしびれ、痛みなど、いわゆる慢性疲労症候群や線維筋痛症などに近いような、あるいはうつ病から来る身体症状にも似たような、とらえどころのない全身の不調を訴える人が多い。

 その人たちは入院加療を受けた病院の感染症科や呼吸器内科の外来でそれらの症状を訴えるが、当然のことながら、「ウイルスによる肺炎はもう治っている」と言われる。

 「ウイルス性疾患の場合、回復に時間がかかることがあるのは、コロナに限ったことではない。数カ月単位でゆっくり治しましょう。ストレスも貯めないように」と言われても、不安が募るばかりだろう。

 そこで「心療内科にでも行ってみようか」とメンタルクリニックを受診してくれれば、まだ受容的な対応をしつつ漢方薬の処方などを試みることもできるが、この人たちを“食いもの”にする健康ビジネスが出てこないとも限らない。

 今ちょっと検索してみたら、すでに「コロナ後遺症に効果のあるサプリメント」といったふれこみで販売されているものがいくつもあった。

 今後、さらに問題のありそうな“治療法”が出てきて、後遺症に苦しむ人たちがわらにもすがる思いで高額な料金を払って利用する、ということもありそうだ。

 私たち医療従事者は、こういう状況を「本人の選択だから」と傍観していてよいのだろうか。もちろん、無理やり利用を止めさせたり「これはインチキだ」とビジネスの邪魔をしたりすることはできないが、「医療への失望」がきっかけで彼らが標準治療から民間療法へ移り、そこからさらに問題のある健康ビジネスの餌食になってしまうのは食い止められるはずだ。

苦しむ患者の訴えに寄り添う

 「もう悪いところはないはずです」ではなくて、「そうですか。まだおつらいですか。大変ですね」と訴えに寄り添う。それだけでも「見捨てられていない」「先生も考えてくれている」と患者は安堵し、症状が軽減される場合もあるだろうし、「もう少しここに通って治していこう」と前向きな気持ちにもなれるはずだ。

 コロナ感染者が増えれば増えるほど、そこから回復はしたが後遺症や長引く不調に苦しむ人も増える。

 そんな人が診察室にやって来たときには、ぜひ「後遺症? 仕方ないよ」ではなくて、「つらいでしょう」と共感してあげてほしい。それが私からのお願いだ。

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