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未来の会

「医療崩壊」を医療の身近さから考える③

「医療崩壊」を医療の身近さから考える③
医療に対する金銭の考え方

 前号で述べたように、さまざまな変遷を経て、資本主義社会の中で医療保険をはじめとする保険制度が充実してきたわけである。つまり、収益を求める行動はある程度正当化され、一方ではうまくいかなかった人、健康を害してしまったような人に対しての救済策としての保険制度あるいは、もう少し積極的に社会保障を考える福祉国家政策が重視されるようになったのである。

 しかし、ここで風向きが変わってきた。すなわち、高齢化社会による医療費の高騰ないしは保険などで医療費を負担する人のお金の問題である。

 自己負担の増加など医療費の増加を食い止めようとする動きはすべて、このお金の問題から生まれてきているといってもいい。

 次に、医療提供者側から、医療になぜお金がかかるかを2つの視点から論じておこう。

医療サービスが高額なわけ:技術の要素

 医療費は、何が押し上げるのであろうか。一般に医療費の高騰は以下の6つが原因とされてきた。

①人口の高齢化

②技術進歩

③医療保険制度の普及

④国民所得の上昇

⑤医師供給数増加

⑥医療分野と他の産業分野の生産性上昇格差

 米国での検討では、先の5つの要因は総医療費上昇率の25〜50%にすぎなかった。医療費上昇の50〜75%に影響しているのは「医療技術の進歩」ではないかと推測されている。言うまでもなく、医療は先端技術がなくては進歩しない。そして、他の分野と違い、医療技術は個別の患者さんの治療のために開発されるものが多く、必ずしも医療費抑制に働いていない点には注意が必要である。

 技術の進歩は費用に跳ね返ってくる。医療技術の進歩は医療の効率の向上、ひいては医療費の減少に貢献しにくい要素が多い。医療の新技術はそれまで不可能であったことを可能にするので、一般にはそれだけ医療費は増加することになる、というのが、医療技術の進歩の原因の大きなものとして考える理由である。

 なお国際的には、医療技術とは「医療分野で用いられる医薬品、医療用具と内科的、外科的手技、および医療が提供される組織的、支持的システム」と定義している。ただし、この分類は実際的ではないので、①医薬品、②医療用具・医療機器、③手術や医師が行う検査・処置などの手技に分類することが多い。

 医療サービスの消費者の側に立ってみると、医療については、「こんなこともできるようになったんだ」という喜びとか驚きが先に立つが、しかし、その裏には膨大な技術集積が隠されていることを忘れてはいけない。さらに言えば、その技術を発見した企業の収益にもなっている。

 いずれにせよ日本でも、高度先進医療をどう医療保険に取り入れていくのかは混合診療の問題と関連して論じられてきたが、高度な医療が取り入れられれば、今度はその費用負担が問題になる。

医療サービスが高額な訳:サービスの要素

 医療において、価格が高額になり得るもう1つの要素は、「医療分野と他の産業分野の生産性上昇格差」である。上述した技術進歩がコストダウン(医療費抑制)に必ずしも働かない、という点と同様に、生産性の上昇の度合いが医療を含むサービス業では低いことが指摘されている。また、なかでも日本ではサービス分野の生産性が低いといわれる。

 一般に医療のようなサービス産業ほど生産性向上が遅れがちであると考えられている。一方、1部の経済学者たちは「ある産業の生産性向上が経済全体の生産性向上に遅れている場合、その産業の財・サービス物価は上昇する」と説明する。

 たとえば、男性のヘアカット・サービスの質は50年前と現在で大差ない。しかし、理容師の実質賃金は他の勤労者と同程度に増加した。これは、生産性上昇がみられない産業でも賃金が上昇しなければ労働力確保が難しくなるからである。それゆえに、理容師業界でも賃金とともにサービス料金を値上げせざるを得ない。

 ただ、仮に医療費の増加率が高い理由として生産性の遅れを挙げるのであれば、何十年もの間、医療の生産性が向上していないということになる。しかし、急性疾患の医療の生産性が経済全体の生産性向上に遅れることなく進歩しているのは、誰の目にも明らかである。たとえば、死亡原因の上位3つである心臓病、ガン、脳卒中の治療方法は50年前と今とではまったく異なる。

 この点については、経済学の枠組と医療の費用に与える影響の違いを指摘しておかねばならない。一般の経済学では、技術の進歩は、それがデファクトスタンダードといった形であれ、独占という形を取らない限り、費用を下げ、最終的には価格を下げて消費者の効用を増すという考え方が普通である。

 しかし、この原理は医療の場合には必ずしも当てはまるとは限らない。むしろ逆だといわれるのが医療の世界といえる。

 生産性が低ければ何が起こるか。市場の原則に従えば、供給が少なくなり、需要があれば価格は上がる。実際、多くのサービス分野において日本市場は値段が高いことが指摘されている。また日本の人件費は高いのでその部分でもサービス提供の価格を押し上げる。

 そこで、一般のサービス業では、提供するサービスに格差をつける。たとえば、価格によって受けられるサービスを変えるのである。

 典型的なのはホテルで、高額なホテルになればなるほど、顧客あたりの従業員数が増加する。

 しかしながら、医療の世界ではこれは認められていないし、認められるべきではないかもしれない。またさらに難しいのは、医療の世界では病気の性質によって手間が変わってくる。すなわち価格を高騰させる要因があるのであるが、公定価格である医療の世界では、価格を消費者に転嫁することができない。また、提示した価格によってサービスに差をつけることもできないのである。

受診抑制行動

 上述したように現状では、医療者の側から高い値段をチャージすることはできない。また費用を中心にした公定価格付けも100%できていない。この点に大きな問題があることは言うまでもない。なぜなら医療に対する満足度の低さの大きな要因に、上述した2つの問題があると思われるからである。

 これを解決するために、たとえば「医療保険のカバーする範囲を増やすよ(あるいは医療非総額を増やすよ)、しかし、財源には限りがあるので、自己負担も同時に増やすよ」と考えたとしよう。

 ところが一方では、国民皆保険の根本をゆるがすような患者さんの受診抑制行動がみられるようになってきた。

 日本の医療制度は国民皆保険制度による患者さんの医療の身近さが特徴である。しかし、このフリーアクセスというのは制度上の受診制限がないだけでは意味がない。金銭による受診制限がないことも重要で、すなわち、お金が払えないあるいは払いたくないので受診したくない、というのでは医療の身近さも形骸化してしまう。

 今までの日本では、多少の受診抑制がみられるにせよ、おおむね医療は身近なままで推移してきたといえよう。そこにコロナ禍が起き、患者にとって医療機関が、「遠い」存在になったのである。

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