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裁判官から女性初の人事院総裁へ 公正な社会の実現に向け取り組む

裁判官から女性初の人事院総裁へ 公正な社会の実現に向け取り組む

一宮 なほみ(いちみや・なほみ) 1948年東京都生まれ。71年中央大学法学部卒。同年司法試験に合格し裁判官の道へ。東京高等裁判所判事、仙台高等裁判所長官等を経て、2014年から人事院総裁を2期務めた。21年弁護士登録し一宮なほみ法律事務所を開設。

医療過誤訴訟は患者側にとってハードルが高いとされる。患者には高い医学知識が無く、鑑定等で医師の協力を得るのも難しい。本当に重大な問題が有った場合、患者の権利を守る為、訴訟に発展するのも止むを得ないが、専門的な議論が交わされる医療過誤訴訟は長期に及ぶ事が多い。こうした問題を解決する為に、千葉地裁では「医療訴訟ガイダンス」を作成し、裁判期間の短縮に貢献している。このガイダンス作成に携わった1人が、裁判官から初めて人事官に登用され、女性初の人事院総裁となった一宮なほみ氏だ。現在、弁護士として活躍する一宮氏にガイダンス作成や国家公務員の人事制度改革への思いを聞いた。

——法律家を目指した切っ掛けを教えて下さい。

一宮 私は中学生の頃から女性も経済的に自立すべきだと思っていたのですが、その頃宇津井健さん主演の『検事』というテレビドラマが有り、その中で女性検察官が活躍する姿を見て憧れたのが法曹の道を志した切っ掛けです。司法試験に合格して司法修習生になると司法研修所で研修を受け、最後に裁判官、検察官、弁護士のどの道を選ぶか自分で決めるのですが、私自身は裁判官には一番向いていないと思っていました。当時は裁判官というと、多くの記録を読んで判決を出すのが仕事で、研究者や学者の様なイメージでした。ところが、指導担当官が私に裁判官を強く勧めて下さった。当時女性にとって裁判官は狭き門で、女性裁判官は非常に少なかった。それなのに、それ程強く進められるのなら「せっかくの機会だからやってみよう」と思い、裁判官の道を選んだのです。

——担当官は成績等を見て勧めるのですか。

一宮 成績より適性でしょう。私も司法研修所の教官をした経験が有りますが、進路指導では、どの道が一番向いているのか、1人1人についてよく考えました。そんなことから、当時の私も裁判官に向いているタイプだと思って頂けたのでしょう。実際、裁判官になると、自分でも案外向いているなと思いました。裁判官の仕事は書類ばかりを読んでいるのではなく、当事者の話をよく聞き、何処に問題点が有るのかを理解するのが重要です。ほぼ40年間の裁判官生活を振り返ると、そういう部分が自分の性に合っていたのかなと、そう思います。

——裁判で心掛けていた事は有りますか。

一宮 民事裁判の件数は非常に多く、裁判官は1人で多数の事件を抱えます。私は比較的大きな裁判所に勤務していたので、年間300件位を処理していました。しかし、私達にとっては300件の中の1件でも、殆どの当事者にとっては一生に1回有るか無いかの特別な経験です。しかも、裁判官は判決を出せば終わりですが、当事者は何かしら裁判結果に影響を受けた環境の中で生きて行かなければなりません。ですから、出来るだけ良い方向で解決して、当事者が生きて行き易くする、前向きに頑張って行ける様にするのが大切で、そこにやり甲斐を感じていました。「これで、これから生きて行けます」と感謝される事も有りましたし、感謝の手紙が届いた事も有ります。

予期せぬ人事官登用に驚き

——2013年に人事官に登用され、翌年には人事院総裁になりました。

一宮 この時は突然、最高裁から「内閣から要請が有った」と言われて驚きました。事前の打診等も有りません。人事院と言われても、「全体の奉仕者として労働基本権の一部が制約されている国家公務員に代わって、勤務条件の改定等を国会や内閣に勧告する第三者機関」という知識は有っても、具体的な仕事は分かりません。直ぐにネットで「人事官」と検索した程です。人事官は国会同意が必要なので、国会で与野党議員の質問にも答えました。質疑時間は40分位ですが、現職裁判官で続けて40分も国会で答弁した人なんて過去には居ません。「裁判官として空前絶後だ」と最高裁判所の事務総長が笑うから「他人事だからそんな事を言えるのよ」と言っておきましたけど(笑)。

——女性初の人事院総裁という事で、周囲からは期待されたでしょう。

一宮 やはり女性が働き易い環境作りが、私のテーマだと思っていました。配偶者同行休業法を制定しましたし、それ迄研究者や専門職にしか認められていなかったフレックスタイム制を一般の公務員にも拡大しました。同行休業法は、配偶者が外国に留学したり派遣されたりした時に、何年かは公務員の身分のまま同行し、帰国したら復職出来るという制度です。公務員には大学教員や研究者と結婚されている方が多いですから。他にも女性登用や育休取得を始めとする両立支援策にも取り組みましたが、何よりも上司の理解が必要ですよね。国家公務員ともなると皆さん頭では理解しているのですが、つい、本音が漏れる事も有ります。一方で女性側も、特別扱いしてもらえるという感覚の人も居て、そうした甘えた意識も改善しなければならないと感じました。でも、国家公務員の一番の問題は長時間労働です。中でも国会答弁の準備が大変です。私も人事院で経験しましたが、議員の質問内容が分かるのが夜中というのも珍しくありません。そこから答弁を作成すると休む間も無い。各政党にも随分協力をお願いし、改善もされましたが、この国会対応が有るので、中々長時間労働の改善は難しいですね。

——日本は女性が活躍し難いと言われます。

一宮 女性が職場で活躍するには「マミートラック」も課題です。子供の居る女性が「母親だから、こうした仕事は出来ないだろう」と言われて、昇進や昇格のコースから外れてしまう事を言うのですが、裁判所でも以前は「女性は刑事裁判に向かない」と言われていました。でも、実際はそんな事はなく、テレビの事件判決のニュースを見ても、大抵1人は女性の裁判官が加わっています。勿論無理はいけないのですが、実際にやってもらうと女性だって出来る事は多い。頑張ってやってみて、ダメな事は「出来ません」と言っても良い。私もそうして来ましたし、周囲の理解が有れば、国家公務員ももっと女性が活躍出来ると思います。

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