コミュニケーションスキルを備えた人材の育成が必須
2018年の訪日外国人旅行者数は、3119万人。東京五輪開催まで1年余り、今年9月にはラグビーワールドカップの日本開催も予定されている。“観光立国”は国家戦略であり、2020年に4000万人、2030年には6000万人の外国人旅行者誘致が目標に掲げられる中、医療機関は外国人患者の未収金問題と多言語対応という喫緊の課題に直面している。
今年3月、厚生労働省は「医療機関における外国人患者の受け入れに係る実態調査」の結果を発表した。調査は都道府県を通じて全国全ての病院が対象で、3980病院(約47%)から回答を得た。
2018年10月の1カ月間に、約半数の1965病院が外国人患者を受け入れていた。1カ月間で10人以下の病院が1062病院と多いが、1000人以上受け入れていた病院も7病院あった。受け入れ患者の国籍別(複数選択)では中国(76.7%)が最多で、ベトナム(13.2%)、インドネシア、ロシア(共に7.0%)、フィリピン、米国(共に6.2%)と続く。
医療通訳、電話通訳、自動翻訳デバイスなど多言語化の整備についての回答は、5611病院(約67%)から得られた。
医療通訳の配置病院はわずか4.0%
医療通訳を配置しているのは、わずか43病院(4.0%)だった。部門別では、救急医療機関で6.8%、外国人患者受け入れ医療機関でも30.9%にとどまった。医療通訳の費用は、自由診療だけでなく社会保険診療でも患者に請求可能だが、実際に請求している病院は約1%で、外国人患者の受け入れが多い178病院でも約10%にすぎない。
電話通訳(遠隔通訳)も、配置しているのは 1.9%だった。部門別では、救急医療機関で 14.8%で、外国人患者受け入れ医療機関では 56.4%と過半数に配置されていた。
外国人患者対応の専門部署がある病院は1.4%しかなく、部門別では、救急医療機関で 2.5%、外国人患者受け入れ医療機関では 29.3%に部署があった。「部署はないものの専門職員あり」が救急医療機関で 2.0%、外国人患者受け入れ医療機関では 9.9%となっている。
多言語に対応するためのその他の取り組みでは、携帯のアプリ使用、多言語対応可能な医療機関の紹介、必要な場合は県観光連盟の通訳サ−ビスを活用予定といった回答があった。
調査では、未収は「請求日より1カ月たっても診療費の全額が払われていないこと」と定義された。調査期間中に外国人患者受け入れのあった1965病院のうち、372病院(18.9%)が未収金を経験していた。発生件数は平均8.5件、未収金額は1万円以下が58件で最多だが、11万〜50万円も54件あり、平均で42.3万円、中には100万円を超す病院もあった。
未収金を未然に予防するための外国人患者に対する取り組みでは、「パスポート等、身分証のコピーの保存」が44.2%、「パスポート等、身分証の確認」が42.5%と続いている。価格について事前説明をしている病院は22.7%、診療内容については17.2%が事前説明をしていた。同意書を取得している病院は14.0%にすぎないが、うち66.8%が「請求された金額を支払う」という内容だった。
なお、キャッシュレス決済の導入は進んでおり、 カード(クレジットカード・デビットカード)決済は48.8%の病院が導入していた。部門別では、救急医療機関で 67.0%、外国人患者受け入れ医療機関では 95.6%に達している。非接触カードや電子マネー、QRコードを利用した支払いも一部で導入されている。
厚労省は4月、「外国人患者の受入れのための医療機関向けマニュアル」を公表した。厚生労働省政策科学推進研究事業「外国人患者の受入環境整備に関する研究」研究班(主任研究者=北川雄光・慶應義塾大学病院長)が作成した。
マニュアルでは、日本の医療保険制度に加入していない外国人患者への費用請求について、①海外旅行保険(海外旅行保険加入や保険会社への確認の有無)②医療費の設定(外国人患者の医療費は一般医療法人などでは自由な価格設定が可能)③医療費の事前説明、などが円滑な支払い(未収金防止)に重要であることが記載されている。
東京医科歯科大は未収金激減に医療通訳
都内で外国人患者の対応に熱心に取り組んでいる病院に、東京医科歯科大学医学部附属病院がある。外国人患者は月に約400人で、診療に必要なサポートを行い、円滑に医療サービスを提供するための体制整備を行うため、2018年に国際医療部が設置された。
同院で採用されている医療通訳システム「メロン」はコニカミノルタが開発したもので、タブレット端末で10言語に対応できる。チャットや音声でやり取りできる機械通訳に加えて、24時間対応のコールセンターからビデオ通話でリアルタイムに通訳が提供される。定額制で、1台当たりの契約料は月額4万円とされる。
同院で未収金が激減した背景には、こうした医療通訳の存在があるという。未収金は、退院時に高額な医療費を告げられて払えないというケースで多発するとされるため、事前に患者に概算金額を伝え、相談することが予防策となる。
また、多忙な医療現場向けに、医療コーディネーターによる簡略化した未収金対策の手順を作っている。例えば、旅行保険に加入している、または保険未加入だがクレジットカードを持っている人が入院した場合は、未収の危険性が高い「緊急」と判断される。医療費が多額になる可能性に備え、母国からの送金などで保証金を預かったり、カードの限度額を一時的に引き上げたりしてもらう。
旅行保険未加入でカードもない患者は「超緊急」で、早めに支払い方法の相談を進める。保険もカードもなく滞在資格(ビザ)が切れている、といった人道的な支援が必要な難民などの患者の場合、行政との連携で公的制度を活用できるよう支援する。こうした介入は、未収金の解消だけでなく、医療ツーリズムの積極的な受け入れにも繋がり病院の経営に貢献できるという。
国籍や言語などを理由に診療を拒否することは応召義務違反だ。東京五輪後も外国人患者への対応は続く。通訳は機械を活用しても、対応は一辺倒というわけにはいかない。コミュニケーションスキルを備えた人材の育成こそが、外国人患者への対応の鍵となる。東京海上日動火災保険などでは「未収医療費保証制度」のサービスを始めている。もちろん、そうしたサービスも一助となろうが、その前に自院の足下を固めたい。
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