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22年度最低賃金の引き上げ幅決定、過去最大に

22年度最低賃金の引き上げ幅決定、過去最大に

2022年度の最低賃金の引き上げ幅の目安が8月1日に決まった。労使の代表者や有識者委員が協議する「中央最低賃金審議会」(中賃、厚生労働相の諮問機関)で31円引き上げる様求めた。目安通りに改定されれば全国平均で時給961円(現在は930円)になる。ロシアによるウクライナ侵攻に端を発した円安による物価高が影響した。過去最大の引き上げ幅(3・3%)になった経緯を探る。

 12年12月の第2次安倍内閣が発足して以降、最低賃金は政治主導によって決まって来たが、今回は様相が異なった。これ迄は安倍政権を官房長官として支えた菅義偉・前首相が最低賃金の引き上げに熱心で、雇用環境の改善に繋がり、ひいては生産性向上に繋がらない企業を淘汰出来るという狙いも有ったとされる。

 厚労省幹部は「とにかく菅前首相は最低賃金に対する思い入れが強かった。昨年は何がなんでも過去最高額に引き上げろ、という圧力がすごくて大変だった」と明かす。しかし、昨年は菅氏が強引に介入した為、労使代表が一斉に反発し、異例の採決にもつれ込んだ経緯がある。

 今年は岸田政権で初めて迎えた最低賃金の目安改定だが、こうした反発の経緯を知る岸田文雄・首相は最低賃金がテーマになった5月20日の「新しい資本主義実現会議」で、「引き上げ額について、最低賃金審議会でしっかりと議論していただきたい」と述べる等、積極的に介入する節は窺わせなかった。「出来るだけ早期に最低賃金1000円以上」を掲げるものの、霞が関官僚の意見を尊重する岸田氏らしい「ボトムアップ型」の手法と言える。先ず、前提条件として、この様な政治情勢の違いが挙げられる。

 この為、労使代表と有識者委員の3者で構成される中賃での議論が重視される様になった。7月25日の協議で決定するのでは、という憶測もあったが、昨今の物価高を背景に労使共に引き上げ方針では一致していたものの、引き上げ幅については折り合っていなかった。最低賃金は賃金の動向や労働者の生計費、企業の支払い能力を基に決まる為、厚労省幹部は「7月25日の協議以降、担当部局が引き上げに向けた客観的なデータを探す作業に没頭していた。それだけデータを積み上げていく精緻な議論をしていた。首相官邸のトップダウンで決まった昨年との違いはそこにある」と力説する。

過去最高となる賃金引き上げ幅の「決め手」

 この為、時間を要し、最終協議は8月1日にずれ込んだ。後藤茂之・厚労相もなかなか協議が進まない中、7月29日の閣議後会見で記者団から進展状況を問われ、「今年は丁寧な議論が必要である事と、目安額の根拠についても納得出来るものが欲しいという意見が出ている事を踏まえ、再度検討する時間が必要だ」と慎重な言い回しをしている。

 15時から始まった1日の協議は、中小企業の経営者で作る「日本商工会議所」(日商)が最後まで粘り、22時頃迄もつれ込んだが、過去最高になる引き上げ幅の目安、「31円」を実現した。決め手となったのは、消費者物価指数が今年4〜6月に前年同月比で約3%の上昇で推移している事に加え、春闘で賃金上昇率が2%を超え、法人企業統計で企業がコロナ前の水準に回復している等といったデータだ。こうしたデータの前に日商も折り合わざるを得なかった格好だ。

 昨年と違うのは政治状況だけでなく、引き上げ方法も異なる。昨年は全国一律で28円を引き上げたが、今年は以前の様に、都道府県毎にA〜Dの4つのランクに分類して示す形になった。東京都や大阪府等6都府県に当たるAの地域は31円。京都府や広島県等11府県のBも31円。一方、北海道や宮城県、奈良県等14道県のCは30円、福島県や高知県、沖縄県等16県のDは30円になった。

昨今の物価高騰受け引き上げはやむなしの声

1日深夜に協議を終えた労働組合のナショナルセンター「連合」の仁平章・総合政策推進局長は「連合が掲げる『誰もが時給1000円』に向けて一歩前進する目安だ」と満足げに語った。労働側は5%引き上げに相当する「47円」を求めていたが、過去最大になる「31円」を引き出せれば交渉としては合格点だと考えたのだろう。

 一方の日商もコメントを出した。三村明夫・日本商工会議所会頭は「真摯な議論がなされた事については評価したい」と昨年との違いを先ず褒めた。しかし、「消費者の生計費に対する足元の物価上昇の影響を強く考慮する一方、企業の支払い能力の厳しい現状については十分反映されたとは言い難い」と指摘した。その上で「コロナ感染再拡大の影響が懸念される飲食・宿泊業や、原材料・エネルギー価格など企業物価の高騰を十分に価格転嫁出来ていない企業にとっては、非常に厳しい結果」と批判的な声明を出している。

 また、商工会の全国組織「全国商工会連合会」の森義久・全国商工会連合会会長も「昨今の物価高騰を受けての引き上げはやむを得ない部分もあるが、コロナ禍に加え、ウクライナ問題等により、売上の減少や原材料費・原油価格の急激な高騰など、企業や地域経済は厳しい状況におかれており、更に、今般の過去最大の引上により、中小企業・小規模事業者の経営は一層圧迫され、厳しさを増すことを懸念している。政府には、早急に大型の経済対策を実施していただき、経済の好循環を生み出していくことを強く要望する」とのコメントを出した。

 ただ、松野博一・官房長官は2日の記者会見で「『新しい資本主義』の時代にふさわしい引き上げ額の目安であり、その結果を尊重したい。中小企業においてもしっかりと賃上げが行われる様引き続き政府一丸となって事業再構築、生産性向上に取り組む中小企業へのきめ細やかな支援や価格転嫁も含めた取り引きの適正化に取り組んでいく考えだ」と言及。鈴木俊一・財務相も2日の閣議後記者会見で「小規模零細企業において賃金引き上げがコストになると聞いている。具体的にどういう中小零細企業の経営に影響を与えるかしっかりと注視をしていきたい」と述べる等、政府全体として中小企業支援策に取り組む意向を滲ませた。

海外からの労働者流入が先細る可能性も……

 最低賃金の近傍で働く労働者は全労働者の1割強いるとの試算も有るが、物価高の影響も有り、効果は限定的と見られる。所得税が掛からず、配偶者控除の対象になる、所謂「103万円の壁」が有る為、大幅に引き上げても就業調整する人も多く出ると見られる。更には、最近増えつつある配達員等フリーランスとして働く個人事業主は「労働者」ではない為、恩恵の対象外だ。

 今回は31円で大幅な引き上げだと騒がれたが、未だに全国平均は時給961円と1000円に届かない。仮に1000円に引き上げたとしても主要国と比べれば非常に低い水準だ。

 韓国は9620ウォン(990円)で、ドイツは最低賃金を今年7月に10・45ユーロ(約1439円)としている。フランスも今年5月から10・85ユーロ(約1494円)に引き上げた。アメリカでは地域毎に異なるが、ロサンゼルスは16ドル(約2160円)だ(22年8月10日に試算)。物価や為替等の状況も有り単純比較出来ないが、何れも日本よりも高い。欧米はおろか、韓国よりも低く、海外からの労働者の流入が先細る可能性が出て来るだろう。

 最低賃金は今後、各都道府県の審議会が目安を基に実額を決める。今後、岸田政権は国政選挙が当面無く、フリーハンドで政策を実行出来る「黄金の3年間」を歩むとされる。安倍、菅両政権で見られた政治主導による手法は「封印」されるのか。今後も注目される。

 

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