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未来の会

第97回 「トランプショック」で揺らぐ世界秩序

第97回 「トランプショック」で揺らぐ世界秩序

 時代の変化を象徴する出来事が相次いだ2016年が師走を迎えた。英国の欧州連合(EU)離脱も鮮烈だったが、米大統領選でのドナルド・トランプ氏の勝利はその最たるものだろう。来年1月の就任を控え、最近、「暴言」は聞かない。しかし、米国主導で営々と築かれてきた戦後体制まで否定した「トランプショック」の余波は小さくない。異質な指導者の登場で世界は不確実性を増している。

 トランプ氏の勝利が確定した11月10日。底冷えのする東京・永田町はまるで師走の慌ただしさだった。国会は環太平洋戦連携協定(TPP)承認案と関連法案の審議の真っ最中。国会周辺での話題はトランプ一色になった。

 「安倍晋三首相が17日にトランプ氏と会うらしい」

 「え〜、就任前だぞ。そんなの過去に例がない」

 「で、今やっているTPPはどうすんの。国会通すんでしょ」

 「予定通り粛々とやるんだって。国内向けの経済対策の面もあるし、人事を尽くして、トランプを待つだな」

 「そんなの無理。破棄するって公言してるじゃない。いくらトランプ氏でも、舌の根の乾かないうちに『YES』なんて言えるわけない」

 「外交も大変だ。トランプ氏とロシアのプーチン大統領とは馬が合う。米ロ和解は、北方領土交渉には追い風。年末は劇的な結末かもね」

 「安保だって大変だ。トランプ氏が在日米軍を手薄にすれば、中国は当然、尖閣問題で強硬になる。TPPがつぶれるのも中国は大歓迎だ。何だか、トランプ氏の言っていることは中国とロシアを利することばっかりだな」

 雑談ながら、内容は経済、外交・安保のさまざまな領域に広がり、米国とのつながりがいかに大きいかを物語った。

 国会から少し離れた事務所では自民党幹部が秘書らとテレビを眺めていた。

 「米国の大手メディアは全滅だな。ヒラリーさんと心中だ。それもそのはず、彼らの大半は米国の有名大学出身で、いわゆるエスタブリッシュメント(支配階層)だからな。中産階級(年収400万円〜1300万円)の気持ちは分からない。君たちも、TPPや在日米軍、株価とか問題の表層ばかりを見ていると、足下の大事なものを見失うぞ」

不動産王が思い描く国家の根本
 政府・与党の大半がヒラリー・クリントン氏の「鼻差逃げ切り」を期待する中、この幹部は夏からずっと「トランプ氏有利」と言ってきた。理由は「下品で大統領になるべき人格ではない」と蔑まれる原因になった「暴言」にある。

 「政治には建前と本音がある。古今東西、選挙では理想も含めた建前を前に出す。その通りにはならないと分かっていてもだ。それが政治の流儀だった。ところが、トランプ氏は選挙であけすけに本音を語った。これは斬新だ。インテリは顔を背けるだろうが、中産階級の人たちは溜飲を下げたろう。でも、メディアの調査には気恥ずかしさもあって『トランプ支持』とは言えなかったんだ。隠れた支持者がいっぱいいた。選挙直前になってメディアの一部もそれに気付いたようだが、時すでに遅しだった」

 本音をさらけ出す常識破りの戦略はSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)全盛の時代にもマッチしていたという。

 「今の言葉で言えば、透明性だな。裏表のない素直な表現。稚拙で、多少下品でも共感できる何かを持っている。そういうのに有権者は反応したんだ。だから、若い世代や移民の一部にもトランプ支持が広がったんじゃないか」

 選挙戦術の解説を終えると、幹部は少し神妙な表情で続けた。

 「もっと大事なことがある。彼の暴言、つまり本音には魂があった。ここがトランプ勝利の本質なんだ。あの暴言はエンターテインメントだとの解説もあるが私はそうは思わない。君たち、ハーバード大学の学費がいくらか知っているか。約800万円だ。4年間じゃない、1年でだ。普通は6年行くから4800万円。誰が払えるそんなの。一部の金持ちだけだ」

 トーンが上がる。

 「ハーバードを出れば年収3000万円で働き出す。そうしたごく一部のエリートがITだの金融だので働き、富を独占する。普通の大学を出た若者は仕事すらない。グローバリズムで安い労働力が入ってくるからだ。これを進めてきたのが、民主党や共和党の主流派だった。スポンサーはウォール街であり、米国のエスタブリッシュメントだ。トランプ氏はこれを否定しようと挑んだんだ」

 世界的な非政府組織(NGO)の調査によれば、世界の最も裕福な80人の大富豪が所有する資産額は1兆9000億㌦で、下位35億人分の資産額に匹敵すると言われる。最も格差の激しい国の一つが米国だ。金持ちのトランプ氏が富裕層を攻撃するのは自己矛盾にも見えるが、この幹部によると、金持ちにもいろいろあるらしい。

 「トランプ氏は不動産王、まあ、土建屋だ。額に汗水して働くのはいいが、電子情報でカネを操作して、大もうけする奴は嫌いなんだ。何より、額に汗して働いてきた白人同朋が職を失って貧しくなるのは許せないんだな。そこがいわゆるエスタブリッシュメントとは違う」

 トランプびいきの話が長引いたが、自民党幹部の中には異なる見解も当然ある。外交に詳しいある幹部は少し物騒な話も持ち出した。

焦点は2月の予算教書の内容?
 「米国は長らく民主、自由、人権という普遍的価値の伝道師であり、そのための国際主義を自国民の血(軍事力)によって貫いてきた。それが米国のアイデンティティーだった。トランプ氏はそれを傷つけてしまった。選挙後、各地で広がった反トランプデモはその現れだし、ウォール街や軍産複合体といわれる既得権益集団の反発もあるだろう。選挙中には、トランプ氏が命を狙われたとの怪情報も飛び交った。予想外の出来事が起こるかも知れない」

 米連邦議会選挙も共和党が上下院を制し、トランプ大統領は議会との「ねじれ」からも解消される。外形的には安定した政権基盤を持つことになるが、実は選挙公約の一つである共和党の綱領ではTPPを除き、選挙中のトランプ氏の発言はほとんど骨抜きにされている。来年1月20日の大統領就任後、2月の予算教書提出などを通じ、改めて独自色を打ち出すことになるが、その間、世界中がその成り行きに気をもむことになる。来年も国際社会は大きく揺れそうだ。

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