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参院選で吹聴された「アベノミクスの実績」というデマ

参院選で吹聴された「アベノミクスの実績」というデマ

「大経済対策」が経済悪化駄目押しになる恐れ  英国の6月23日の国民投票による欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)の衝撃は、なおも世界経済に悪影響を及ぼし続けている。世界各国の金融市場の不安化と為替相場の混乱は依然警戒レベルにあり、しかもさらなる離脱の可能性がオランダやフランスにも生じていることから、新たな波乱要因が加わる事態も考えられる。

 今後については相当な悲観論と、英国がユーロ圏ではないこともあり、リーマン・ショックのレベルとは違って、金融危機に発展する可能性は低いとする、ある意味での「楽観」論が入り交じっている。少なくとも世界経済にとっては当分、マイナス要因として働くのは間違いない。

英国のEU離脱が日本経済にも影響  日本でもブレグジット直後の6月24日には日経平均株価が16年ぶりの下げ幅となって1万5000円を割り込み、円相場も一時1㌦=99円と100円の大台を突破。このためか、主要メディアは英国民の離脱決定に否定的な論調が多い。

 例えば、『日経』は6月25日付の「社説」で、ブレグジットについてかねてから指摘されている国民の「反移民や反EUの感情」が、「経済合理性をはるかに超えて強い」として、「感情」と「合理性」を対置。「反移民や反EUを掲げる」のを「ポピュリズム」呼ばわりしている。そこでは「経済合理性」なるものを価値の基準とする発想が濃厚だが、何が人間にとって「合理的」かの判断を下すのは、それほど簡単ではない。

 1980年代に米英両国で開花した新自由主義経済は以後世界を席巻し、「強欲資本主義」と呼ばれる冨の配分の極端な偏りと経営者のモラルハザードをもたらした。後のグローバリゼーションの進行はさらにそうした傾向に拍車を掛けたが、現在も英国を支配するこうした制度が、果たして「経済合理性」と呼び得るのか。

 仮に呼べたとしても、他者の痛みに対する配慮と社会正義の実現のための個々の連帯という、西欧の市民革命によって確立された普遍的な価値観に照らしてみても、「合理的」なのかどうか。既存の政治では国民の幸福が達成されないと意思表示するのを、単に「感情」として切り捨てていいはずがない。

 無論、今回の英国民の決定が、最終的に当事者たちにとって益をもたらすか否かの判断には、これからの経過を観察する時間が必要だろう。そして本来、「感情」よりも「合理的」判断を下せるような理性こそ、求められるべきであるのは論を待たない。だが一般論からいって、民衆の「感情」に基づく「ポピュリズム」よりももっと危険なのは、政府のデマゴギーに他ならない。

 同じ英国で7月6日、2003年の英国のイラク戦争への参戦過程を検証した「独立調査委員会」(チルコット委員会)の報告書が、7年の歳月をかけて公表された。そこには、当時の首相のトニー・ブレアが国民を凄惨極まる戦争に引きずり込むため、いかに「フセイン政権の大量破壊兵器保有」というデマを広めて下院議会での戦争支持決議を得るに至ったかという事実が記されている。

 戦争という血なまぐさい事象ではなくとも、デマという点で見事に共通しているのは、日本だろう。結果的に敗れて辞職を余儀なくされた英国の前首相デイビッド・キャメロンが国民投票に当たってEU残留を求めた際、何らかの虚言を弄した形跡は格別見当たらない。だが、今回の参議院選挙では、安倍晋三による明らかなデマの連発が惨状を極めた。テレビやインターネットでの宣伝で嫌でも聞かされた、「アベノミクスの実績」という大うその類いだ。

選挙に都合の良い数字をつまみ食い  まず、「有効求人倍率が2012年12月の0.83倍から今年4月には1.34倍に高まり、1倍を超える都府県が12年には8都県だけだったのが、今は47都道府県全てが超えている」という宣伝。当然だろう。労働力人口がこの期間中に約300万人減少し、第2次安倍内閣発足直後の2013年1月から16年4月まで有効求職者数も239万人から187万人に減少しているのだから。

 しかも減少分は、生涯賃金で正規雇用者の3分の1とされる非正規雇用ばかりでまともな職がなく、求職を諦めた分も少なからず含まれている。同期間中、正規雇用者として就職できた件数がそれ以前の3年間と比較して約9000件減少し、こちらの有効求人倍率は16年4月段階でわずか0・85倍という有様だ。

 これでは、安倍が絶対口にはしないものの昨年まで5年連続実質賃金が下がり、90年代以降最低の水準に落ち込んだのも当然だろう。こんな国で「与党圧勝」となった現実を、欧米あたりの政治アナリストならさぞかし解釈に苦労するだろうが、極め付きは「税収がこの3年間で21兆円も増えた」という宣伝だ。

 消費のさらなる冷え込みをもたらした、14年度の消費税率引き上げをやったのは、安倍本人ではないか。こんな宣伝が許されるのなら、いくらでも消費税率を引き上げておいて、後になって「税収が増えた」とふんぞり返ることができてしまう。

 そもそも12年度は、リーマン・ショックと東日本大震災直後で景気の「底」にあった。比較の基準に使うのは作為的で、しかも国税だけで見ると、15年度の56.4兆円は、12年度の43.9兆円と比較すると12.54兆円の増加にとどまる。加えて、うち7兆円は消費税の増加分で、所得税、法人税の増加分は5.5兆円にすぎない。「21兆円」とは虚構なのだ。

 安倍がこうしてお気楽にデマに興じている間にも、日本経済の落ち込みは止まらない。日本銀行が7月1日発表した6月の全国企業短期経済観測調査によると、業況判断指数は大企業製造業がプラス6と、3月と比較して横ばいに転じた。中堅企業製造業は4ポイント低下のプラス1で、中小企業製造業は1ポイント低下のマイナス5となっている。同日発表された15年度一般会計決算でも、法人税収が6年ぶりに前年度を割り込んでいる。

 そのためか、選挙期間中は「アベノミクスの実績」を吹聴しておきながら、「圧勝」直後に安倍は記者会見でブレグジットなどを口実に「内需を下支えする総合的かつ大胆な経済対策」を言い出し、規模について与党内には20兆円を求める声も出ている。無論、財源のあてなど全くない。考えられるのは例によって日銀の「量的緩和」ぐらいだが、ここでさらに巨額の財政出動を無理して強行すれば、日本経済は将来回復困難なほどのリスクを抱え込む。

 ブレグジットでひと事のように英国民の「感情」をうんぬんする前に、ここまで明白なデマの宣伝を許した挙げ句、自身の生活と経済の将来を深刻に毀損させることに甘んじているこの国の「有権者」の劣化としか呼べない現象を、直視すべきだろう。ただ、英国国民投票の投票率は72.1%だが、今回の参院選挙は戦後4番目に低い54.7%。比較にもならないが、「合理性」という面では、日本の国民の方がより危ういのか。

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