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夜勤の責任どこ迄? 

夜勤の責任どこ迄? 

看護職の怒りを買った判決

認知症の入院患者の転倒事故に対して、看護師はどこ迄責任を負えば良いのか。入院中に転倒し障害を負ったとして、患者の遺族が病院に損害賠償を求めた民事裁判で、神戸地方裁判所は11月1日、看護師の過失を認める判決を出した。ところがこの判決が、SNSを中心に看護師らから猛反発を招いた。何が看護職の怒りに火を付けたのか。

 転倒事故が起きたのは、2016年4月2日午前5時過ぎの事だ。兵庫県西宮市の兵庫県立西宮病院に入院していた認知症の男性患者(当時87歳)が、看護師に付き添われて個室トイレに入室。ところが、男性患者が排尿中、ナースコールが鳴った。看護師は男性患者の側を離れ、ナースコールをした別の患者の排便の介助へ。その間に男性患者は1人でトイレから廊下に出て、そこで転倒した。頭を強く打った男性は、外傷性くも膜下出血と頭蓋骨骨折の怪我を負った。男性患者は事故の2年後、心不全で死亡したが、遺族は転倒事故による障害の為入院が長引き、「寝たきり状態が続いて両手足が全く機能しなくなった」と主張。兵庫県に約2575万円の損害賠償を求めて提訴した。裁判では、看護師が転倒を防げたかどうかが争点となった。

 「高松宏之裁判長は、看護師が認知症の男性患者から目を離せば、勝手にトイレを出て転倒する可能性が高い事が十分に予見出来た、と判断した。男性患者はそもそも転倒による怪我で入院しており、認知症が進行して看護師の制止を守らない事も有った。その為、病院側はベッド周辺に動きを感知するセンサーを設置する等した他、体を固定するベルトを使用していた。こうした病院側の対応は、動かない様にと伝えても男性患者が1人で歩き出し転倒する危険が有った事を看護師が分かっていたからだと判断された」(司法担当記者)

 だが、看護師が転倒の危険性を予見出来たとしても、物理的・時間的に対応出来なかった可能性は有る。裁判所はこの点についても検討した。

 当時、夜勤の看護師は3人居たが、1人は休憩中で、もう1人は別の患者に対応していた。そのため看護師は1人で、トイレに居た男性患者とナースコールをした別の患者の2人に対応せざるを得なかった。

 「別の患者は脳性麻痺で、感染症腸炎等の感染症を患っており、兵庫県はこの患者を優先して排便介助をしたのはやむを得ないと主張した。だが、高松裁判長は患者がおむつを着けていて、勝手に歩き出す恐れも無かった事から、おむつに排便させれば良く、認知症の男性患者より優先して介助する必要は無かったと判断した」(同)

 認知症の男性患者は高齢で認知症だった事等から、賠償額は減額され、判決は兵庫県が約532万円を患者側に支払う事とされた。だが、看護師の責任を認めた判決は大きな反発を招いた。判決の翌日、2ちゃんねる創設者で実業家の西村博之(ひろゆき)氏がツイッターで、「『87歳の認知症患者が病院で歩いて、転倒したので病院は532万円支払え』という判決。認知症患者は、ベッドに縛り付けて動けなくするのが正解ということですね」と皮肉交じりにツイート。大きな反響を呼んだ。

看護師に同情する声も多く寄せられた

 医療現場を知る人達からも次々と、「夜勤はどこの病院だって看護師の配置は少ない。看護師の配置基準を見直すべきだ」「この事故で看護師の責任が問われるなら看護師の成り手は居なくなる」等と反発の声が上がった。又、「ここ迄〝完璧〟な看護を求めるなら、それに見合った待遇にしてほしい」と、待遇に見合わない重労働に更に重責を担わせる事に不満を口にする人も目立った。医療職以外からも、「排便介助をさぼって、プライベートな事をしていたのであれば看護師に非は有ると言われても納得する。でも、仕事をしていただけなのに」と同情の声は大きい。

 関東地方の大学病院に勤める看護師は、転倒事故が起きた午前5時という時間に注目する。「夜勤の中でも、患者が目覚める早朝はトイレラッシュの時間帯。ひっきりなしにナースコールが鳴る事もある。そんな時間に全ての患者に正しく対応する自信は無い」。その上で、「認知症の患者の排泄介助は、健康な人と違って時間が掛かる。もし、看護師がナースコールをした別の患者に対応しなかったら、その患者は長時間、おむつの中が排泄物まみれになっていただろう。それは患者の尊厳に関わる重大な問題だ」と慮る。

 「近年の看護は、患者の尊厳を大事にする方向になっている。身体拘束はなるべくしないように、排泄はおむつでなくトイレで、という流れの中で、看護師が少なくなる夜勤の時間帯は特に、明らかに人手が足りていないと感じる」と語るのは、関西地方の看護師だ。この看護師同様に人手不足を訴える声は多く、中には、「私も入院患者を転倒させてしまった事がある。幸い大事には至らなかったが、今回の事故は他人事とは思えない」と明かす看護師も居た。

 今回の判決で、裁判所が脳性麻痺で感染症を患っていた患者について、おむつで排泄させれば良いと判断した事にも疑問が上がる。「そもそもナースコールの時点では何が起きたかは分からず、看護師は呼ばれたらなるべく早く対応するのが基本。今回の裁判で問われるべきは、看護師の判断の是非ではなく、そもそもナースコールに即応出来ない数の看護師しか配置していなかった、又は対応出来ない程多くの入院患者を取ってしまった病院や、その基準で良いとしている国の責任である筈だ」(関東地方の元看護師)

身体拘束せざるを得なくなる?

医療訴訟に詳しい弁護士は、兵庫県立西宮病院の判決が出る前日に東京高等裁判所が出した身体拘束を巡る判決にも注目する。この裁判では、摂食障害のため公立学校共済組合が運営する病院の精神科に入院中だった女性(入院当時14歳)が、77日間不当に体を拘束され精神的苦痛を受けたとして、組合に約2500万円の損害賠償を求めた。

 一審の東京地裁は「77日間のうち終盤の17日間は症状が改善しており違法な拘束」として組合に110万円の支払いを命じていたが、東京高裁の相沢哲裁判長は「拘束は違法とは言えない」と患者側の請求を棄却した。都内の精神科医師は「精神科の身体拘束は、暴れて事故が起きるのを防ぐだけでなく、自傷行為等を防ぐ目的でも行われる」と解説する。今回、裁判所が示したのは、生命の危機から必要性が認められれば、身体拘束も致し方ないという判断だ。

 前出の弁護士は、「身体拘束は出来るだけ避けるべきだというのが世界の潮流。しかし、患者が自由に動けば当然、転倒等のリスクは増える。介護施設でも同様の裁判例は多いが、施設や職員の責任が問われるようになれば、昔の様に身体拘束をして事故を防ごうという流れに戻り兼ねない」と警鐘を鳴らす。その上でこんな疑問を提起した。

 「拘束しない看護には当然、手間が掛かる。そもそも、夜間のトイレの付き添いは看護師がやらなければならない仕事なのか。トイレ介助だけをやらせるなら、看護職ではない専門の介助要員を育てても良い筈だ」

県立西宮病院の裁判は、双方が判決を不服として控訴した。訴訟は高裁へと続く。今後も注目しておく必要があるだろう。

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