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社保改革で暗躍する財務省、「やり過ぎ」に周囲は困惑

社保改革で暗躍する財務省、「やり過ぎ」に周囲は困惑
社保カットで政権支持率落ち込めば〝戦犯〟扱いに

 「安倍晋三首相が受診時定額負担をやりたがっている」

 10月下旬、永田町界隈で一斉にこうした噂が出回った。当初、政府の全世代型社会保障検討会議で医療分野の本格的な議論は年明けからとの触れ込みだっただけに、それまで安心しきっていた医療関係者が右往左往する事態へ急展開。日本医師会(日医)は政府に全世代型社会保障検討会議でのヒアリングを申し入れ、11月8日の検討会議で横倉義武会長が受診時定額負担への反対論などを強硬に主張したのだった。

 診察を受けるたびに外来の窓口で100円程度を追加で支払う受診時定額負担は、不要な頻回受診を防止するために財務省がしつこく主張し続けている。ただ、「患者同士が支え合う仕組みはおかしい」「低所得者ほど負担が重くなる」などと指摘され、ことごとくはね付けられてきた制度でもある。消費税増税を決めるなど財務省にいいように操られた民主党政権下でも高額療養費制度の拡充財源として導入が検討されたが、反発が根強く頓挫している。

 そんな〝筋悪〟の受診時定額負担を社会保障の負担増に慎重な安倍首相が実現しようとしているとの説に不審さを感じる見方も少なくなく、与党内からは「話が違う」(自民党中堅)と困惑の声が噴出した。そこで噂の出元として浮上してきたのが財務省だ。「安倍首相のちょっとした一言を捕まえて、あちこちで言いふらしている」(厚生労働省関係者)というのだ。

安倍政権下で〝冷や飯食い〟の財務省

 財務省は憲政史上最長となった安倍政権下で一貫して冷や飯を食わされ続けてきた。その背景には、「負担増を進めないと膨れ上がった国債の金利が暴騰し、日本の財政が破綻する」と主張する財務省の言うとおりに増税や社会保障カットを実行して崩壊した歴代政権を安倍首相が政権運営の大きな教訓にしている事がある。第2次政権発足から1年余りが経過した2014年4月に消費税率を5%から8%へ引き上げた際も、財務省は「社会保障の持続可能性が高まる安心感から景気はさらに良くなる」と囁いていたが、結果は真逆。アベノミクスのスタート時の大規模な金融緩和で急上昇していた景気は一気に冷え込み、低位安定路線になってしまった。

 こうした事もあり、首相官邸で重用されるのは首相補佐官も兼務する今井尚哉・首相秘書官や長谷川榮一・内閣広報官ら経済産業省系の官僚ばかり。景気回復が最優先となり、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化目標は当初の20年度から25年度へ先送りされ、政権内で国民に不人気な社会保障カットの議論はほとんどされなくなった。「消費税増税は10年間不要」と主張する安倍首相だが、「最近も財政赤字の拡大を容認する『現代貨幣理論』(MMT)のような事を話している」(首相周辺)という。

 そんな安倍政権で1人気を吐いているのは財務省の財政制度等審議会(財務相の諮問機関、財政審)くらいだ。11月25日に麻生太郎・副総理兼財務相に提出した最新の建議(意見書)では、10月に行われたばかりの消費税率の10%への引き上げを「財政と社会保障制度の持続可能性の確保に向けた長い道のりの一里塚にすぎない」とバッサリ。足元の低金利についても「低金利の恩恵を享受できるのは、そもそも日本の財政への信認が大前提となっている事も忘れるべきではない」として、長年にわたり日本の財政を支えてきた財務省の自負を覗かせた。

 「財政審の建議くらい財政再建を厳しく主張しないと、本当に財政規律のタガが外れてしまう」(財務省幹部)といった事情もある。

全世代型社保会議テコに復権狙う

 その一方で、安倍首相の歓心を買いたい財務省の過剰な忖度は、学校法人「森友学園」への国有地売却を巡る決裁文書改竄問題にまで発展した。

 財務省の信頼は地に落ちたが、ここに来て復権の千載一遇のチャンスがやって来た。19年9月にスタートした第4次安倍再改造内閣の目玉政策として「全世代型社会保障」が打ち出され、安倍政権が第2次政権発足以降避け続けてきた社会保障改革を正面から議論する場が設定されたのだ。検討会議は「財政再建の議論はしない」(内閣官房幹部)との前提だったが、展開次第では懸案の社会保障カットの話を持ち出す事も可能となる。

 財務省はこうした状況を想定し、夏の幹部人事から着々と社会保障改革シフトを組んでいた。主計局を統括する総務課長に社会保障への鋭い切り込みで定評のある阿久澤孝氏を起用。厚労係で医療・介護を担当する第1主計官には、厚労省出向時代に介護保険制度の施行準備に携わった経験を持つ八幡道典氏、年金・労働担当の第2主計官に、奈良県へ出向した際に地域別診療報酬の導入等急進的な医療制度改革を推進した一松旬氏と、厚労係の主査を経験した事もある「社会保障制度の隅から隅まで知っている」(厚労省幹部)2人を要職に充てた。彼らを取り仕切る主計局の宇波弘貴次長は、全世代型社会保障検討会議の事務局である「全世代型社会保障検討室」の次長にももぐり込んでいる。

 財務省の周到な根回しの効果は抜群で、検討会議では民間メンバーが初会合から「給付と負担」の議論を取り上げた他、その後は一部全国紙も1面トップで「12月中旬にまとめる中間報告に医療改革の方向性も盛り込む方向」と書き立てた。「財務省がマスコミに『受診時定額負担の導入』の文言を記事に入れるよう強く働き掛けた」(大手紙デスク)ともいわれる。

 11月26日の検討会議では、民間メンバーから医療の負担増を求める声が相次ぎ、当初の予定にはなかった「中間報告への医療改革の明記」が実行される流れが出来た。

 これまで安倍首相が社会保障の負担増に一貫して消極的だったのは「悲願の憲法改正の国民投票にあたり、社会保障カットはプラスにならない」と考えているからだ。ただ、その一方で、憲法改正の機運は一向に盛り上がらず、過去4国会にわたり継続審議となってきた国民投票法改正案は秋の臨時国会でも成立が見送られた。

 21年9月の自民党総裁任期を考えると、任期中の憲法改正は日を追うごとに困難になっており、安倍首相の政権運営へのモチベーションは下がるのは必至の状況だ。「『桜を見る会』騒動のお粗末な対応など首相官邸に緩い雰囲気が漂っている」(民放記者)と指摘する声もある。

 安倍首相の心の隙を見定め、後期高齢者の窓口負担の原則2割への引き上げまで突き進む財務省だが、政権内からは「安倍首相は現実主義者で、2割負担の導入が高齢者の強い反発を招くことも十分理解している」(政府高官)との声も漏れ始めている。

 ある首相側近は「社会保障カットを前面に打ち出した結果、安倍政権の支持率が落ち込むような事になったら、財務省は今度こそ本当に終わりだ」と吐き捨てた。

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