
医療の質やサービスへの国際的評価
医療ツーリズムでは受け入れ国の医療の質が重要な競争要因となる。患者は「安い」だけでなく「安全で質の高い治療」を求めるため、各国は国際的な評価指標で自国医療の信頼性を示そうとしている。その代表格がJCI (Joint Commission International)認証である。JCIは米国の非営利の医療機関認定団体が国際向けに設けた認証制度で、医療の質・安全基準を満たした病院に与えられる。アジアの医療ツーリズム推進国ではJCI取得が一種のステータスとなっており、例えばタイでは60以上の医療機関がJCI認証を取得しアジア最多となっている。主要国別のJCI認証病院数の比較をすると、タイやインドの病院数が突出して多い一方、日本は20数施設に留まる。中国も数十の病院がJCI認証を取得し始めており、国際水準の質をアピールし始めている。
下に表を引用した2017年の拙著『日本の医療、くらべてみたら10勝5敗3分けで世界一』(講談社+α新書)や18年上梓の『医療で「稼ぐ」のは悪いことなのか?』(薬事日報社)を待つまでもなく、日本の医療レベルは高い。
国際的指標に見る医療ツーリズム
医療ツーリズムに関連する医療の質評価には、さまざまなランキングや指数が存在する。
その中でも少し特徴的なものが、メディカルツーリズム指数(Medical Tourism Index:MTI)である。これは、国際的な医療ツーリズム地としての国の魅力を評価するための包括的な指標で、指数はアメリカの医療ツーリズム協会(Medical Tourism Association)と国際医療研究センター(International Healthcare Research Center:IHRC)によって開発され、主にアメリカ人消費者の視点から各国の医療観光地としての魅力を評価している。
MTIでは、医療の質、費用、渡航しやすさなどの総合評価で国別順位を付けているが、2020−21年版では、総合1位はカナダ、2位はシンガポール、3位は日本という結果であった(治安や観光面も含む評価)。一方、費用面にフォーカスした指数ではインドが3位に入るなど、国によって強みが異なる。
MTIの指標は、右頁にまとめた3つの主要な次元から構成されており、ランキング10位までは別表の通りである。米国・欧州等の先進国の場合、総じて医療の質そのものは非常に高いものの、費用やアクセスの面で難があるとされる。これに対し、アジア新興国では費用対効果とサービス面で優れるという評価が一般的である。しかし、例えばアブダビは、世界最高レベルの専門医療人材と技術を有してはいるものの、医療費が極端に高く、ビザ手続きも煩雑であるためMTI総合9位止まりであった。一方でタイは、医療レベルへの期待とサービス充実度やコスト競争力で評価され、総合17位と中上位に位置付けられた。
医療ツーリズム先進国は、自国の長所(質・サービス・価格など)を如何に国際患者に訴求するか工夫しており、例えば韓国は美容整形の技術と豪華な患者サービスでブランド化に成功、インドは高度医療人材(心臓手術や移植分野)の豊富さと英語環境で信頼を獲得している。日本も「平均的医療水準の高さ」「清潔で安全」「ホスピタリティが行き届いたケア」などは強みになる。もっとも、国際評価において留意すべきは「医療の質」は一面的ではないということである。各国とも得意分野と苦手分野があり、患者のニーズによって評価は変遷する。例えば、「がん治療なら米国(最新治験薬が入手可能)」「歯科治療ならハンガリー(安価で技術力が高い)」「美容外科なら韓国(症例数が多い)」といった具合に、領域ごとの評価軸で見ればランキングも変動する。また言語・文化への配慮や術後フォロー体制といったソフト面も患者満足度に直結する品質要素である。このため、ホスピタリティ研修や多文化理解教育を取り入れる病院も増えており、ハード・ソフト両面での国際水準クリアが各国の課題となっている。
医療ツーリズムを巡る課題
これまで4回に亘り医療ツーリズムについて検討を重ねてきたが、総合すると、明るい側面だけでなくいくつかの課題や問題点が指摘されている。中でも一番大きなものは、医療倫理・公平性の課題で、限られた医療資源を外国人に提供することによる自国民医療への影響や、公平性の確保である。例えば日本では、医療ツーリズムが推進されると「日本人患者が後回しになる懸念」があり、タイでも公的資源が富裕層外国人に占有されることへの批判があった。しかしながら、新興国では経済的な国情のために医療ツーリズムが振興され、経済に比較的余裕がある日本ではあまり注力されなかったのである。さらに、臓器移植ツーリズムなどはドナー臓器の倫理的入手や臓器売買問題と絡み、国際社会で大きな問題となった(中国では過去に死刑囚臓器を用いた移植で外国人を受け入れていた疑惑が指摘され、倫理面の批判を受けた)。患者の人権や安全を最優先しつつビジネスを発展させるには、各国政府が明確な倫理指針と規制を設ける必要があると言えるだろう。
具体的な課題と方向性は、次回論じたい。
参考資料
mediPhone「医療ツーリズムの現状|世界・日本の状況や問題点を解説」2024年11月他 https://mediphone.jp/articles/medical-tourism
フロンティア・マネジメント「コロナ禍を経た『メディカルツーリズム』の行方」2022年9月他 https://frontier-eyes.online/medical-tourism/
日本政策投資銀行レポート 植村佳代「進む医療の国際化〜医療ツーリズムの動向〜」『総合健診医学』39巻6号, 2012
U.S. International Trade Commission, Medical Tourism 2015
Patients Beyond Borders Fourth Edition: Everybody's Guide to Affordable, World-Class Medical Travel Paperback – January 20, 2020 by Josef Woodman
How to evaluate surgical tourism service organizations in China: indicators system development and a pilot application 2022
LEAVE A REPLY