
米の生産調整は石破首相の悲願
夏の参院選を前に、内閣支持率の低迷が続く石破茂首相。そんな首相の起死回生策の1つが、小泉進次郎元環境相の農林水産相起用だ。随意契約で備蓄米を安価に放出し、高騰する米価を安定させ、支持率を回復させたい考えだ。
小泉農水相の就任会見での表明は鮮やかだった。「来週予定していた備蓄米の入札を一旦中止し、随意契約の下でどの様な条件で売り渡しが出来るか等、具体的な対応策を早急に整理する様、事務方に指示を出した」と高らかに宣言した。
更に「新たに始める随意契約の中で明確に価格を下げていきたい。今ゼロベースで新たな制度を考える様に指示を出していて、仮に需要が有った場合は無制限に出す事も含めて今迄とは違う大胆な手が必要だと思っている」と言及した。米価の水準については「およそ1年前と比べて2倍程に上がっている地域が有る。この1年間で物価高を感じている方は非常に多くいるが、1年間でおよそ2倍に上がる商品はあまり無い」とも述べた。その後、民放の報道番組等に梯子して出演し、随意契約を実現する事で備蓄米を5キログラムで2000円で店頭販売したいとも表明した。
更迭された江藤拓前農水相は、備蓄米を入札で最も高い価格を示した業者に払い下げていた。これは江藤氏が備蓄米の価格を下げる為ではなく、市場にコメを流通させる事で、流通の目詰まりの解消を目指した為だ。しかし、残念ながら効果は全く無く、国民から不満の声が高まっていた。
5キログラム2000円程度の備蓄米が店頭に
小泉氏は備蓄米の落札方法を随意契約に切り替え、店頭での販売価格を逆算してコストを算出し5キログラム2000円で並ぶ様な内容に切り替えた。3月以降に放出された備蓄米は、3回の入札が行われ、平均落札価格は玄米60キログラム当たり2万2477円だったが、随意契約での売り渡し価格は60キログラムで1万1556円で、引き渡し場所迄の輸送費も国が負担した。この結果、案内の様にスーパー等で備蓄米が5キログラム2000円程度で店頭に並ぶ事となった。
就任後、あっと言う間に結果を出した形となった小泉農水相だが、農水担当の経済部デスクは「農水省でも随意契約に取り掛かるという段取りになっていた様だ。小泉農水相が後押しした面は有ったが、江藤前農水相が続投していても遅かれ早かれ随意契約になっていた可能性は有る。只、5キログラムで2000円等、打ち出しは流石に上手かった」と明かす。
TBSが5月31日、6月1日に実施した世論調査で、内閣支持率は前回よりも1・3ポイント上昇し、34・6%に上昇。不支持率は0・1ポイント下落し62%だったと報じた。昨秋の衆院選で初当選した自民党衆院議員との懇談に際して10万円分の商品券を首相自ら配布した問題で、内閣支持率は急速に落ち込んでいたが、歯止めが掛かった様だ。
自民党農水族も「反撃」に出たが、世論調査の結果の前に雲散霧消している様な状況だ。野村哲郎元農水相は5月31日、鹿児島県鹿屋市で開かれた会合で、備蓄米を随意契約した点について、「小泉農水相はお父さんと似ていて、あまり相談する事無く、自分で判断したものをどんどんマスコミに発表している。森山(裕幹事長)先生からチクリとやって頂かないと今後心配だ」と苦言を呈した。
野村氏は鹿児島県農協中央会常務理事を務める等、バリバリの農水族議員として知られる。野村氏は更に「農林部会に掛けて、古米なり、古古米の販売を随契でやるとか、もう殆ど自分で決めて発表してしまう」と続けた。この発言はインターネットでも大きく話題となったが、「余計な事を言うな」「一部の農協関係者の代弁だ」等と、寧ろ野村氏の方が批判を浴びる結果となった。結果的に、米価の高騰に多くの国民が不満を抱える証左として現れた形となった。野村氏から苦言が飛び出したが、他の農水族から類似の反発は見られない。小泉氏の勢いと、米価高騰への反発を考慮し、沈黙している様だ。
結果的に初動対応に成功したかに見える小泉氏だが、当初は農水相を引き受けるかどうか迷いも有った様だ。森山幹事長から打診を受けた小泉農水相の関係者は「打診を受けて即断では無かった。今後を考えれば、ここで実績を残せば次の総裁選に繋がる。周囲からその様な後押しも有り、最終的に農水相就任を決断した様だ」と明かす。
「社名は言いませんけども」
小泉氏は早速、2の矢を放っている。米価高騰の要因の1つである、流通に踏み込んだ。6月5日の衆院農林水産委員会で「他の食料品と比べて、コメの流通というのは極めて複雑怪奇だと、ブラックボックスが有ると、こういった指摘が多々寄せられている。先ず、このコメの流通というのはどういった状況なのかを可視化させたい」と表明したのだ。
その上で「集荷、卸売、小売、段階を経るに当たって乗ってくる。今、社名は言いませんけども、卸の大手の売上高、営業利益、これ見ますと、或る会社の営業利益は前年比500%くらいです。他の大手卸売も営業利益は250%超えています」と指摘したのだ。この「暴露」には流通経費にメスを入れ、米価高騰を抑えようという意図が見え隠れする。父親の小泉純一郎元首相さながらの、敵を作り2項対立の構図に持っていく「小泉劇場」を再び見せられている様だ。
高額療養費の見直しを巡る迷走劇や自身の商品券配布問題で内閣支持率を大きく落とす石破首相にとっても「小泉頼み」は顕著だ。野党が競って参院選の公約に消費減税を打ち出したのに対し、霞が関からの総スカンを恐れ、慎重な姿勢を貫き通した石破首相は、「決められない総理」とのレッテルを貼られ、支持率を上向かせる材料を欲していたからだ。
「米の安定供給等実現関係閣僚会議」を初開催
石破首相はすかさず、6月5日に「米の安定供給等実現関係閣僚会議」を初めて開催し、価格高騰の原因究明や今後の農政価格に向けた議論に着手した。石破首相は「消費者に安心頂ける価格でコメを提供すると共に、持続的な農業生産によりコメの安定的な供給を実現する事が必要だ」と強調。所謂減反に当たる生産調整を見直したい考えだ。
2008〜09年に麻生太郎内閣で農水相を務めた石破首相だが、読売新聞によれば、石破首相は09年9月に生産調整に関する論文を纏めており、「担い手の自由な経営発展を阻害している」と見直しの必要性を訴えていたと言う。生産調整は石破首相の悲願とも言え、米価高騰の折、小泉農水相就任をテコに自身の政策実現を果たしたい様にも映る。
只、内閣支持率が下げ止まったとは言え、夏の参院選は与党の苦戦が予想されており、参院選後の政局は極めて不透明だ。石破政権が続けば農政改革も軌道に乗る可能性は有るが、そうでなければ自民党農水族が息を吹き返すかも知れない。はたまた、立憲民主党等野党が政権を奪えば、別の方向を辿るかも知れない。
小泉農水相は自民党厚生労働部会長時代に、妊婦加算を凍結する等「突破力」を見せたものの、その後は社会保障分野で発信が乏しくなる等、「熱し易く冷め易い」タイプの様にも窺われる。米価高騰は国民にとっては一大事で生活の基盤を脅かし兼ねない大問題だ。米価高騰対策を含む農政改革には一過性の対策に留まらない、息の長い取り組みが必要だ。
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