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未来の会

「人生の最期」をその人らしく生きるために

「人生の最期」をその人らしく生きるために

~残された課題「尊厳死の法制化」を目指す~

岩尾 總一郎(いわお・そういちろう)1947年東京都生まれ。73年慶應義塾大学医学部卒業。同大学院にて医学博士号取得後、米テキサス大学留学。81〜85年産業医科大学助教授。86年厚生省(当時)入省。88〜90年佐賀県出向(保健環境部長)。91年本省に戻り環境庁(当時)室長、厚生省疾病対策課長、研究開発振興課長、厚生科学課長等6つの課長を経て、2001年環境省環境保健部長。02年自然環境局長。03年厚生労働省医政局長。05年退官後、06年WHO健康開発センター長。08年国際医療福祉大学副学長。日本尊厳死協会へは06年入会、08年常任理事、10年副理事長、12年より第6代日本尊厳死協会理事長。

日本尊厳死協会は、終末期医療における事前の意思表明書であるリビング・ウイルの普及啓発活動や登録管理事業等を行っている。この活動を広めていくためにも、法的に保障するためにも、協会の公益法人化と尊厳死の法制化が必要となる。公益法人化は国を相手に裁判を起こし2020年に実現したが、法制化はまだ課題として残ったままだ。協会のこれまでと今後について話を伺った。

——日本尊厳死協会はこれまでどのような活動をしてきたのですか。

岩尾 協会が出来たのは1976年です。産婦人科医で元国会議員の太田典礼氏を中心に、医師、法律家、学者、政治家、ジャーナリストらが集まって設立されました。当初は、人間には生きる権利とともに死を選ぶ権利があるとして、安楽死の問題に取り組むのが目的だったのです。協会の名称は83年に日本尊厳死協会となりましたが、設立当初は日本安楽死協会でした。目指していたのは、死の権利の法制化と協会の公益法人化です。協会が出来た76年に、日本安楽死協会の主催で世界大会を開いています。「死の権利協会世界連合」総会の前身となる国際会議で、ヨーロッパやアメリカから団体の代表者を呼んで開催され、最終日に東京宣言をまとめています。日本はこの分野における世界のリーダーの1つだったのです。自分が死ぬ事には生きる事と同じように権利がある、というのが世界共通の問題意識でした。そして、世界では1970年代、80年代からそういった運動が始まり、法制化が進んでいきます。日本でも法制化を目指していろいろな議論が行われてきましたが、これはまだ実現していません。

——世界的には法制化は進んだのですか。

岩尾 オランダでは2001年に安楽死を認める法律が出来ています。医師が積極的な医療行為で安楽死をさせてもいいという法律で、ベルギー、ルクセンブルクでも出来ました。その前に、リビング・ウイルの法制化があります。終末期医療について事前に意思表明書を書いておけば、延命措置を受けないという本人の意思に沿った医療を受けられる事を認める法律です。こういったリビング・ウイルの法制化は、世界では1980年代から実現していて、ほとんどの国に出来ています。こんなものは西洋人の発想だろうと言う人もいますが、そんな事はなくて、リビング・ウイルの法制化は台湾でも韓国でも実現しています。日本は世界で最も高齢化が進んだ国ですから、こうした問題を当然考えなければいけないと思います。

安楽死と尊厳死は分けて考える

——安楽死と尊厳死の違いは?

岩尾 死期が迫っていて耐え難い肉体的苦痛がある患者が、早く死にたいという意思を持っていて、医師が積極的な医療行為で患者を死亡させる。これが安楽死です。1991年に起きた東海大学の安楽死事件があります。痛いと苦しんでいる末期がんの患者に、医師が塩化カリウムを投与して死亡させ、殺人罪に問われた事件です。日本において医師による安楽死の正当性が問われた唯一の事件です。この時の裁判で、安楽死には積極的安楽死、間接的安楽死、消極的安楽死の3つの類型があるという事になりました。世間で安楽死と言われているのは、医師が薬を飲ませる等の行為で死亡させる積極的安楽死です。消極的安楽死というのは、治療を差し控える事。間接的安楽死は、痛みを止めるために鎮痛剤を打った結果として命が短くなるような事です。この消極的安楽死や間接的安楽死を尊厳死と呼んでいます。医師が薬を処方して死亡させる積極的安楽死とは分けましょう、という事で今まできています。海外では、治療の差し控えも医師が行うものも、全部ひっくるめてDeath with dignity(尊厳死)と言っています。日本人との考え方の違いがそこにあります。

——ALS(筋委縮性側索硬化症)患者に対する嘱託殺人事件がありましたが。

岩尾 尊厳死と安楽死は異なる概念で、協会は尊厳死を「不治で末期に至った患者が、本人の意思に基づいて、延命措置を受けずに自然の経過のまま受け入れる死」であると定義しています。それに対し、安楽死は積極的に生を断つ行為の結果としての死で、日本では安楽死は一般的に認められていません。報道されている情報によれば、医師が行った行為が医師の倫理規定違反である事は明らかです。前にも話した東海大学の安楽死事件に対する横浜地裁の判決では、医師による安楽死として許容されるための4要件を示しています。①患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいる事②患者の死が避けられず、その死期が迫っている事③患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし、他に代替手段がない事④生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示がある事。この4要件を今回の事件は満たしていませんし、苦痛の救済方法についての十分な話し合いが、本人と医療に関わっていた人との間で行われていません。それを考えると、この医師達の行為は思い込みによる判断からの行為であるとの非難を免れないと思います。それから、安楽死が許容される4要件には、肉体的苦痛とありますが、この患者の痛みは社会的な痛みとスピリチュアルペインです。その点でも4要件に当てはまりません。スピリチュアルペインというのは、生きる意味や価値を見失う事による苦痛と定義されています。

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