SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

超高齢社会を「在宅医療」で明るい未来に

超高齢社会を「在宅医療」で明るい未来に

~患者にも医療従事者にも優しい新システム~

佐々木 淳(ささき・じゅん)1973年京都府生まれ。98年筑波大学医学専門学群卒業。社会福祉法人三井記念病院内科/消化器内科、東京大学医学部附属病院消化器内科等を経て2006年在宅療養支援診療所(MRCビルクリニック)開設。08年医療法人社団悠翔会に法人化、理事長就任。著書に『これからの医療と介護のカタチ 超高齢社会を明るい未来にする10の提言』『在宅医療多職種連携ハンドブック』『在宅医療カレッジ—地域共生社会を支える多職種の学び21講』等がある。

首都圏に15の機能強化型在宅療養支援診療所を展開する悠翔会。総合診療医グループが主治医となり、皮膚科や精神科の専門医グループが必要に応じて診療をカバーする。夜間当直は夜間を担当する医師チームがこなす。徹底したタスクシフトと自ら開発した電子カルテの効果もあり、残業ゼロを実現している。新しいスタイルのチーム在宅医療は、超高齢社会を明るい未来に変える可能性を秘めている。

——在宅療養支援診療所を展開されていますが、在宅医療を始めたきっかけは?

佐々木 私は1998年に医師になりまして、三井記念病院で5年半働いた後、東京大学の大学院に進学しました。そこでは急性期医療をやっていましたが、がんや神経難病は治らないわけです。頑張って治療しても病気が治らず亡くなる状況がやってくる。医師の仕事は病気を治す事だと思っていたので、役に立っているのかなという思いで仕事をしていました。そんな頃、たまたまアルバイトで在宅医療の仕事をする機会がありました。2006年3月の事です。自分で通院出来ない患者さんですから、急性期医療をやってきた私からすれば、もう治療出来ない人達です。そういう人達を診る事に、最初は居心地の悪さを感じていました。治す事も出来ないのに患者さんの家に行き、胸の音を聴いて血圧を測って帰ってくるのが苦痛だったのです。ただ、しばらく院長の診療について在宅医療を勉強していく中で、実は患者さん達は病気が治らない事にそんなにこだわっていない、という事に気付きました。残された体の機能で、残された時間を自分らしくどう生きるか。考えているのはそういう事だったのです。

——在宅医療を始めてから気付いたのですね。

佐々木 そうです。病院だったらベッドの上で医師の言う事を「うんうん」と聞いていた患者さんも、自分の家なら好きなようにやっています。お酒を飲むし、タバコを吸う人もいるし、転ぶかもしれないけれど家族と一緒に出掛けたりします。そんな姿を見ていたら、病気が治らない事は不幸だと考えていた事が、いかにおかしいかという事に気付きました。それを患者さん達から教わったのです。こうして、在宅医療を自分でやりたいと思うようになり、アルバイトを始めた年の5月に大学院を退学し、8月に開業しました。

夜間当直は昼間とは違う医師が行う

——現在、どのくらいの数の診療所を展開しているのですか。

佐々木 現在は機能強化型在宅療養支援診療所が15施設。患者さんの総数は5200人ほどになります。医師は計76人です。主治医を担当する総合診療医のグループと、総合診療医がカバー出来ない領域を手伝う専門医のグループがいます。総合診療医グループは15のチームに分かれ、それぞれのクリニックにいるのですが、専門医グループは巡回する形でクリニックの診療をカバーしています。専門医は皮膚科、精神科、歯科です。眼科は眼科専門の在宅クリニックがあるので、そこと連携しながらやっています。夜間当直を担当してくれる医師は36人いて、この中から毎晩2人が待機してくれています。毎晩15〜25件の電話が掛かってきて、その3分の1くらいに往診で対応しています。多い時で8件くらい。1人4件です。少なければ往診が0件という事もあります。

——夜間は、昼間とは別の医師が担当しているのですね。

佐々木 開業してから最初の5年半、夜間は全て私1人でやっていたのですが、ボロボロになりました。5年半の時には常勤医が7人いましたが、彼らには小さな子どもがいましたし、彼らのワークライフバランスを守るという約束で雇用していたので、夜と週末は私がやっていたのです。最後の頃には患者さんが800人くらいに増え、毎晩何件も電話が掛かってきたので、気持ち的にゆとりがなくなっていました。患者さんから、最近先生はちょっと冷たいなんて言われて。結局、自分が生活者としてきちんとした生活が出来ていないと、患者さん達の生活を支えるのは無理なのだと分かりました。6年目からは、夜間に対応してくれる医師がチームを組んで行っています。毎年、患者満足度調査を行っていて、私が1人で当直をやっていた最後の2年ほどは、夜間対応にあまり良くない評価をいただいていたのですが、チームでやるようになってから評価が高くなりました。

——チームで行う在宅医療は従来の在宅医療のイメージとは違いますね。

佐々木 赤ひげ先生のイメージですね。医師1人の診療所で、何かあれば夜中でも対応し、雪の日も往診。人口の少ない離島や山の中ならともかく、首都圏では状況がかなり異なります。在宅医療で訪問診療を行える範囲は法律で半径16㎞までと決められています。沖縄県の石垣島は半径16㎞にすっぽり収まりますが、東京の千代田区を中心に半径16㎞の円を描くと、23区がすっぽり入ってしまいます。そこに940万人が住んでいて、後期高齢者だけで100万人。こうなると診療所の数を増やし、円を小さくするしかないのです。現在、私達は15の診療所を展開していますが、在宅医1人が平均100人の患者さんの主治医をしています。

タスクシフトを進めて残業はなし

——チームでやると残業は少なくなりますか。

佐々木 医師の残業はほとんど0です。診療所が15施設あるので、1施設の担当範囲は半径3㎞。これだと車での移動に時間を取られず、ほとんどの時間を診療に当てられます。そうすると、1日に10〜15人の患者さんを診て、1人にじっくり時間を掛けても、朝9時に出たら午後4時には帰ってこられます。そこから書類を作成したり、いろいろ連絡したりしても6時には帰れます。早い段階からタスクシフト(業務移管)も進めてきました。医師の訪問診療には看護師が同行し、血圧や体温を測り、医師でなくても出来るケアをやってもらっています。ドライバーもいます。東京はちょっと路上駐車するのも大変なので、家の前で車を停めたら車内で待機してもらうのです。医師が運転して駐車場を探したりすると時間が無駄ですから。医師でなくてもいい仕事は、ソーシャルワーカーや診療アシスタントがバックアップしています。それから電子カルテシステムを開発したのも、生産性に大きく貢献していると思います。医師の仕事というのは、実は事務仕事がとても多い事が分かってきています。それで、カルテさえきちんと書けば、あらゆる書類がそこから自動的に作成出来るようなシステムを作りました。私達のグループでは月間2万5000通もの医療関係の書類を作成していますが、その大部分が電子カルテからセミオートマティックに作成されています。

——電子カルテを開発したのですか。

佐々木 最初はよく使われている会社の製品を使ったのですが、使い勝手が悪いので直してくれと言ったら、製品になったものは直せないという。それなら自分達で作ろうという事になり、2011年から開発を始めました。別会社を作り、システムエンジニアを7人雇って、全部そこで作りました。2万5000通の書類作り、1通に10分かかると25万分。1カ月で4000時間以上になります。これを医師の人件費に換算するとすごい金額です。それをシステム開発投資に回せばいいと考えました。

——電子カルテは販売しないのですか。

佐々木 最初は自分達専用にしていましたが、同じ悩みで苦しんでいる在宅の先生達が多いという事で、数年前から販売しています。現在、80〜90ほどの在宅医療を行っているクリニックで使っていただいています。

——医療の質という点ではどうなのですか。

佐々木 チーム在宅医療といっても、1人の医師が1人の患者さんをずっと診ていく主治医制の良さはあるので、主治医は付けるようにしています。夜間担当チームを作ってからは、夜間に往診した医師が、主治医が気付かなかった点に気付いて、フィードバックしてくれる事があります。主治医と患者の信頼関係を基軸としつつ、複数の目で見ていく良さがあると思います。また、主治医にしてみると、皮膚科や精神科の専門医グループがカルテを見たりしますし、夜間に何か起これば夜間の医師が往診に行くので、恥ずかしい診療は出来ないという意識になります。それによる影響も実際に現れています。私が1人で夜間の当直をしていた頃は、80人に1人の患者さんが夜間に電話を掛けてきていました。ところが、他の医師が担当するようになってからは、主治医達の医学管理の質がぐっと上がって、夜間に電話を掛けてくる患者さんは233人に1人に減りました。チームで診る事により診療の質を高める事が出来たのです。

——他にも変化した事はありますか。

佐々木 入院もすごく減りました。私達の患者さんは、在宅医療が始まる前の1年間に平均42日間入院しています。在宅医療が始まってからの平均入院日数は10〜12日程度。歳をとり病気も進行しているはずですが、入院日数は大幅に減っています。高齢者の入院にかかるコストは1泊3万円弱。1人当たり年間30日入院を減らすと、医療費が90万円くらい節約になるわけです。患者さんが5000人とすると、年間45億円くらいの医療費の節約になっている計算になります。一方、私達の年間の診療収入は30億円にもなりませんから、かなり社会に貢献出来ていると思います。

——社会への影響もあったのですね。

佐々木 救急車の出動も減らしていると思います。患者さんからの電話は夜間も含めて年間1万4000件くらいになります。この1万4000件、患者さんが在宅医療を使っていなければ、119番になっていた可能性があります。これは東京都消防庁が1年間に救急搬送する後期高齢者の約5.5%に相当します。患者さんに呼ばれて往診するのが7000件くらいですが、この往診件数は東京都立6病院が受け入れている救急車の総台数の30%に相当します。たかだか在宅医療ですが、きちんと対応すれば、社会保障費を減らしたり、救急車の出動を減らしたりする事にも繋がるわけです。

2025年までに30診療所を展開

——新型コロナウイルスの影響はどうでしたか。

佐々木 私達がウイルスを持ち込んでしまうのではないかという心配がありましたが、患者さんを守るためにもきちんと訪問し、患者家族を教育する方が重要と考えて診療を続けました。結局、診療はあまり減りませんでした。むしろ、無理して病院に通っていた人が、病院に行きたくないので在宅に切り替えるケースが増えています。自宅で死にたいという人も増えました。病院では家族に会えなくなってしまうので、家にいようと考えた人達が多かったのです。在宅での看取りが増えていて、その傾向は今も続いています。

——日本の在宅医療は何が問題ですか。

佐々木 量と質の両面に問題があります。量については、一部の地域で在宅医療の提供が量的に間に合っていません。在宅医療をやる医療機関が存在しない自治体も、まだまだあります。質については、在宅医はいるものの、末期がんや人工呼吸器を使う医療は無理という地域もあります。まずは地域医療全体を底上げして、患者さんのニーズに応えていける在宅医療の提供体制を作っていかなければならないと思います。それから、高齢者施設での在宅医療を増やし、最期まで診られるようにするべきでしょう。そのためには、施設在宅医療の診療単価が安過ぎると思います。

——在宅医療の診療報酬はいいのでは?

佐々木 訪問診療の点数はちょっともらい過ぎではないかと思っています。私達は機能強化型ですので、居宅の患者さんだと1人当たり月額7万円弱になります。これが高いか安いかは、費用負担者が判断すべきでしょう。費用負担者が誰かというと、患者さんは高齢なので1割負担ですから、9割は国民が負担しているわけです。そこで、我々は1人月額7万円弱をいただいていますが、社会保障費の削減にも役立っているとか、救急搬送を減らすのにも貢献しているとか、そういった事をきちんと発信していこうと思っています。

——今後の展望を教えてください。

佐々木 地方では高齢者の人数が減り始めていますが、大都市部はこれからもしばらくは高齢者が増え続けていくので、患者さんのニーズに応えられる在宅医療機関が必要です。首都圏の複数の自治体や医師会から在宅医療機関の開設を誘致されているので、これからも診療所を展開していきたいと思っています。2025年までに30診療所くらいになる予定です。それとは別に、在宅医療機関がない地域もたくさんあるので、そういったところでも、何らかの形でお手伝い出来ないかと考えています。その1つが沖縄です。沖縄は高齢化と医療過疎が同時に進んでいて、特に沖縄本島の南部地区は在宅医療が全く足りない状況になっているようです。来年4月、そちらに診療所を開設します。落下傘のような形で診療を行うのではなく、地元の方々を背後からサポートするような形で関わっていきたいと考えています。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top