SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

石破前政権「最期の悪あがき」

石破前政権「最期の悪あがき」
後任首相の手足を縛る「給付付き税額控除」導入検討

10月に首相を辞任した石破茂前政権の置き土産、「給付付き税額控除」の導入を検討する与野党の協議体が9月末に発足した。少数与党として連立枠組みの拡大を意図した石破氏が立憲民主党に協力を求めた格好だ。しかし、新政権は今後、他の野党も含めた連立協議の模索を余儀無くされている。退陣直前になっての石破氏主導の動きに対し、自民党内には「自分の首相時代の実績作りを優先し、後任首相の手足を縛った」との不満が広がる。

 9月25日午後、自民、公明、立憲の3党幹事長、政調会長が国会内で顔を揃えた。この場で、同30日より3党の政調会長による給付付き税額控除の導入に向けた議論をスタートさせ、先ずは外国で導入されている制度の勉強から始める事を確認した。冒頭、公明党の西田実仁幹事長は立憲の前身、旧民主党政権を振り返り、「我々は野党だったが、(今回の会議でも旧民主党政権時代に)3党で議論した社会保障と税の一体改革の議論を踏まえる事が必要だ」と発言し、給付付き税額控除だけでなく社会保障全般を協議する場と位置付ける様、求めた。立憲の安住淳幹事長は「給付付き税額控除の制度設計を具体的に進める場と認識して参加した」と告げ、「話が広がるのも大変なので、先ずは給付付き税額控除の導入について議論すべきだ」と、注文を付けた。

 石破氏が退陣を表明し、政権が「死に体」となった後に作った協議体だけに、与野党内には「次期政権にきちんと引き継がれるのか」との懸念が広がっている。この点に関し、同日の会合で自民党の森山裕幹事長(当時)は「公党間の約束なので必ず引き継いでやる」と請け負い、同党の小野寺五典政調会長(同)も「人事で多少時間は空くが、責任持って対応したい」と約束した。

 協議体の発足は9月19日午後の石破首相(当時)、公明の斉藤鉄夫代表、立憲の野田佳彦代表による3党党首会談の場で正式に決まった。席上、石破氏は給付付き税額控除に関して3党の政策責任者を中心に協議体を作って制度設計に向けた課題を整理する様提案し、更に社会保障制度に関する将来像を検討する場にもしていく考えを伝えた。これに対し、野田氏は提案を次期自民党総裁に引き継ぐ様求めた上で「給付付き税額控除の制度設計は速やかに協議を始めるべきだ」と応じた。会議終了後は記者団に「石破総理大臣には最後の最後に、誠意有る対応を示して頂いた」と語り、石破氏は「子育て世帯や勤労世帯で本当にお困りの方々に、どう所得再配分を進めるべきか。制度設計上の課題を整理する為、速やかに協議を始めたい」と述べた。

「逆進性」の問題が薄まる給付付き税額控除

 給付付き税額控除は、所得レベルに応じて税金の控除と現金給付を組み合わせる仕組み。所得に応じて所得税の一定額を減税(控除)するが、元々の課税額が低くて全額を引ききれない場合はその分を現金給付する。控除額が5万円の場合、所得税が10万円の人は税額が5万円控除されて税負担が5万円に抑えられる。一方、所得税が3万円の人は5万円満額を差し引けず、恩恵をフルに受けられない。このため3万円減税した上で2万円を給付し、計5万円分の恩恵を受けられる様にする。所得税がゼロなら5万円を給付する。一律給付や減税より低中所得層への支援がし易いのが特徴で、同様の制度は低所得者対策、子育て支援対策として欧米等で広く採用されている。 7月の参院選では立憲や日本維新の会、国民民主が物価高対策として掲げていた。その中で立憲は8月に首相に導入に向けた協議を呼び掛け、首相も応じる構えを見せていた。

 日本では自公両党が消費税を8%から10%に引き上げる際、重税感を和らげる策として軽減税率を導入したが、旧民主党はその際にも対案として給付付き税額控除の導入を示していた。消費税の場合、所得が低い程税負担が重くなる「逆進性」が指摘されている。その点、給付付き税額控除なら低所得の人には現金が給付され、逆進性の問題が薄れる。欧米各国の制度を見ると、勤労を条件とする勤労税額控除や世帯人数に応じた児童税額控除、生活費の消費税相当分を所得税額から控除・還付する仕組み等が有る。何れも社会保障制度と密接に関連しており、日本で導入する際には生活保護等、社会保障制度改革も併せて議論する事になる可能性が有る。

次期政権も協議を継続出来るか

退陣を間近に控える中、敢えて一石を投じた理由について、石破氏は「誰が総裁になってもわが国の大きな課題である社会保障制度については、今後、党派を超えて話をする事が必要で、各党と話を進めて行く事に変わりは無い筈だ」と説明した。当時の自民党幹部も「予め道筋を付けておき、次期政権もスムーズに協議を続けられる事を狙った」と言い、更に「消費税の減税論を封印する材料にもなる」との本音も口にした。「ポスト石破」を争った自民党総裁選の候補者の中でも、高市早苗氏等は給付付き税額控除の導入を公約に掲げていた。

 只、自民党内には石破氏の3党協議提唱について「政権最期の悪あがき」と捉える向きも多い。首相が交代したからといって自公両党が少数与党である事に変わりは無く、新政権にとっては立憲のみならず、維新や国民民主とも連立枠組みの拡大を巡って協議出来る選択肢を大切にしておきたい。協議体発足後、自民党の森山幹事長(当時)は「先ず3党でやらせて頂き、(後に他の野党に)加わって頂く事は歓迎すべき事」と語っていたが、同党の閣僚経験者は「新政権発足前に立憲最優先の様な姿勢を打ち出したのはまずかった。他の野党の反発を招き兼ねない」と漏らす。

 こうした声を意識してか、立憲の安住幹事長は9月18日、立憲と距離を置こうとする国民民主の榛葉賀津也幹事長を国会内に訪ね、給付付き税額控除を巡る3党協議を始める方針を伝えた。が、榛葉氏は「(自民党の)次の総裁に議論が引き継がれるかどうか、様子を見たい」と冷ややかだった。維新の幹部も「終わった政権による宿題がどれ程進むかね」とつれない。安住氏自身も25日の会合後、記者団に「『そんなの関係ねぇ!』と言う総裁候補はいないと思うが、いたら一悶着有る」と牽制せざるを得なかった。

 給付付き税額控除の場合、勤労を条件にすれば働く事へのインセンティブが働くし、所謂バラマキにはなり難いという利点が有る。それでも実際に導入するには多くの課題が横たわる。最大の難点は日本の場合、政府が一定以上の給与所得者を除き、国民の所得を詳細に把握出来ていない事だ。収入が一定以下で所得税が掛からない人について、国はそもそも情報を持っていない。給付付き税額控除を導入するには、自治体が保有する住民税非課税世帯の細かい収入情報を国が共有出来る様にする必要が有るが、法改正は勿論、国と地方の情報共有に向けたシステムの抜本改修を迫られる。数年掛かりの作業になるのは必至だ。時間を要するだけに足元の困窮対策にはなり得ない。急ぐなら住民税非課税世帯等への一律給付となってしまい、所得隠しによる不正受給を生み兼ねない等、公平性に疑問符が付く。財務省の中堅幹部は「制度自体は悪くない」と評価しつつ、「当面の物価高対策には間に合わない。それなのに導入するなら、政策目的を明確にする必要がある」と指摘する。

 今の消費税の軽減税率を残すかどうかも論点だ。軽減税率は公明党の肝いりの政策であり、廃止するなら同党の強い反発は避けられない。かといって軽減税率を残しつつ給付付き税額控除も導入するなら、新たに兆円単位の財源を要する。政策目的として雇用や子育て支援を組み合わせる場合、高齢世代への給付をどうするのか、生活保護との整合性をどう取るか、増大する市町村の負担をどうカバーしていくのか等々、一筋縄ではいかない問題がズラリと並んでいる。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

Return Top