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未来の会

第202回 政界サーチ
「石破降ろし」の常識と非常識

第202回 政界サーチ「石破降ろし」の常識と非常識

観測史を覆す摂氏40度超を連発する酷暑である。海水浴でさえ敬遠したくなる熱波は、ここ数年で定着した感が有る。旧来の常識は通用し難くなっている。複合的要因と見られるが、根本原因は地球温暖化に有るという。対岸の大国では化石燃料を「掘って掘って燃やしまくれ」と大号令を発する指導者が健在だ。当面、この災禍から逃れる術は無さそうだ。

 必然、クーラーの利いた家に閉じ籠りになる。お陰でテレビを観る機会がめっぽう増えた。すっかりはまってしまったのはNHKドラマ『舟を編む』である。原作は直木賞作家、三浦しをんさんの小説だ。2013年に映画化され、文筆を生業にしていても触れる事の少ない独特の世界に魅了されたが、ドラマの方はもっと良い出来だと感心している。現代的な着色が奏功し、臨場感が有るスタイリッシュなドラマに仕上がっている。簡単に言うと、出版社の辞書編集者の物語なのだが、背景には人類の英知としての活字、そして紙の文化が海の様に広がっていて味わいを増している。

 さて、前置きが長くなったが、今回のテーマは「政界の常識」に定めた。参院選大敗にも拘らず引責辞任を拒み続ける石破茂首相を巡り、自民党内が混乱している遠因を探る為である。石破首相が引責辞任しないのは非常識なのか、それとも少数与党↘という現実に即した新たな振る舞いなのか。その辺に混迷の正体が有りそうだと思ったのである。

 相棒の「ChatGPT」に手伝って貰い、幾つかの辞書、辞典を当たってみた。先ずは岩波の『広辞苑』から。「常識」とは何か。その語釈は「普通、一般人が持ち、また、持っているべき知識。専門的知識でない一般的知識とともに、理解力・判断力・思慮分別などを含む」である。要約すれば、「一般人が持つべき知識と判断力」という事だろう。小学館の『デジタル大辞泉』は「一般の社会人が共通にもつ、またもつべき普通の知識・意見や判断力」と記している。「共通知識」という点に重きを置いている様だ。百科事典も参照する。平凡社の『世界大百科事典』では「日常経験に基づく、社会や文化において共有された知」とあり、「専門知識よりありふれた知」「厳密性より曖昧性を含んだ知」との補足が有る。AIの分析では、広辞苑は【非専門的で日常的な語釈】、大辞泉は【網羅的語彙・実用的表現】に個性が有り、世界大百科事典は【哲学的視点と語義の発展を扱う】という点に特徴が有るという。

 その他、数点の辞書も含めて概括表を作成して貰い、比較してみる。確かに似てはいるが、微妙に観点や力点は異なる。政界の現状に照らし、面白いと思ったのは世界大百科事典の「厳密性より曖昧性」という指摘と、ウィキペディアの説明部分である。長いが引用する。「いったん物事が常識として受け入れられれば、その物事は異議を差し挟まれにくくなる。そのため、常識の内実はしばしば大きな政治的価値を持つ。常識は、メディアを通じて変じることがある。常識を欠いている場合、社会生活上に支障をきたすことも多い。社会によって常識は異なるため、ある社会の常識が他の社会の非常識となることも珍しくない。これは文化摩擦などとして表面化することもある」。

 常識は政治的価値を持ち、メディアによって変じる事が有り、文化摩擦の原因にもなる。変容や摩擦の根本原因は常識が持つ「曖昧性」に起因するのだろう。

 本題に移る。石破首相の進退を巡っては、読売新聞と毎日新聞が7月下旬に「辞任へ」と引導を渡した。読売は号外で、7月中の辞任を示唆し、毎日も8月の辞任表明を打ち出した。何れも、党内の実力者や石破政権周辺の取材による総合判断だという。ところが、8月に入っても石破首相は続投方針を貫き、党内の反石破勢力、落選議員や地方議員から突き上げを食らった。

 「石破降ろし」の主勢力は旧安倍派を中心とした右派グループである。国家観や歴史認識が異なるのに加え政策上の食い違いも有って折り合いが悪く、〝石破路線〟の転換を虎視眈々と狙っていた。衆院選に続き、東京都議選、参院選と大敗を喫した石破政権にもう命脈は無かろうと、満を持して辞任に追い込む腹積もりだった。

 大手メディアの報道も味方に付けた格好となり、〝勝負有り〟とも見えたが、ここで意外な事態が持ち上がる。首相官邸前で市民有志等による「石破辞めるな」「石破、踏ん張れ」の声が鳴り響いたのである。

石破辞めるなコールの虚実

親石破派の自民党中堅議員が語る。

 「最初はデモ隊が『石破辞めろ』と官邸に押し掛けたと思って、ここ迄かと観念し掛けたが、実は真逆だった。驚いたね。こんなの前代未聞でしょ」

 声を上げたのは市民有志だが、野党支持者等も多数いた。石破降ろしは自民党内右派勢力の主導で、このまま総裁が交代すれば右派の台頭を許す事に繋がると危機感を抱いたのだという。確かに野党勢力にとっては、リベラルな石破首相の方が御し易いだろうし、これ迄の経験則も生かせる。

 先の中堅議員は続ける。

 「野党の多くは石破内閣との連立又は連携を否定したが、選挙直後の事だから、有権者の手前、そう言うしか無かったんでしょう。でも、本音は右派の新総裁になるぐらいなら、石破さんの方がずっとましだと思っている。野党支持者の『石破辞めるな』コールには仰天したが、これ迄の永田町の常識で考えていたんじゃ、少数与党は切り盛り出来ないと改めて思ったね」

 土俵際まで追い詰めたつもりの反石破勢力の行動は、その〝永田町の常識〟に照らして極めて常識的だった。これ迄は国政選挙で大敗すれば、多くの場合トップたる総裁、つまり首相が辞任してきたからだ。但し、それには条件が有った。自民党に限って言えば、辞任が国会で支配的な力を有するドミナントパーティーのけじめだったのだ。ほぼ一身に国政の責任を負うべき存在だからこそ、国民の目に見える形で責めを負わなければ示しが付かなかったし、後継選びにも「より良い未来」が期待された。だから国民の多くもそれを潔しとして認めてきたのだ。

 今回はどうかと言うと、自民党は既にドミナントパーティーではないし、ヨタヨタとやっとの思いで政権運営する有り様を国民はよく知っている。加えて、新聞やテレビ、ラジオの流す常識的な情報しか無かった過去に比べ、フェイクも含めて、既存の常識を超えた情報がSNSで、のべつ幕無しに流されているのである。

 永田町の常識に沿ったつもりの反石破勢力は「自分達の裏金事件で選挙に負けたのに石破さん1人のせいにしようとしている」「右派の横暴だ」等と予想もしていなかった攻撃に晒される事態になった。勿論、こうしたSNSの住民達は親石破という訳ではない。自民党のよりダーティーな面として、反石破勢力を槍玉に挙げただけである。この辺は親石破、反石破と単純には割り切れない。

ウルトラCは維新との連立?

 自民党長老の1人が薄い頭を掻きながら語る。

 「泥船の中で内紛しても何も得られん。幾らSNSとワイドショーが騒いだって9月初旬迄しか持たん。俺はこの際、石破君で良いと思っているが、反石破の連中にも矛先を収める機会を作ってやらんとな。頭の痛い事だよ」

 両院議員懇談会、両院議員総会を辛くも乗り切った石破首相の辞任の可能性は半分以下と、この長老は推測している。

 「最大の関門は9月の頭だろうな。誰も辞めないという訳にもいかんだろうし、石破首相も党内の多くが納得出来る形を示さんといかん。臨時国会を上手くスタートさせる為には9月初めがポイントだ。森山裕幹事長の進退がカギだろうが、少数与党を切り盛りしてきたのは森山さんだ。後任選びは難しいな。9月には党役員人事も有る。それと絡めて打開の筋を探るしかないな」

 この長老が〝ウルトラC〟として描くのは、新たな連立政権の樹立だという。

 「結構、巷間で言われてはいるがね。日本維新の会の前原誠司前共同代表と石破首相は懇意なんだな。大阪だってまんざらでもないだろう」

 常識内の発想ではあるが、面白いかも知れない。

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