SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

「コロナ専門家」を都合良く利用する菅首相

「コロナ専門家」を都合良く利用する菅首相
背景には官房長官時代から変わらぬ「経済重視」姿勢が

昨年9月に菅義偉内閣が誕生して以降、新型コロナウイルス感染症の対応を巡り、感染症対策を担ってきた専門家の「発言力」が低下している。特に、厚生労働省の助言機関である「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」や、政府の新型インフルエンザ等対策有識者会議の「新型コロナウイルス感染症対策分科会」に参加する医療や感染症の専門家達だ。

専門家達が抱き始めた「諦念の感」

 記者会見や国会答弁で「専門家の意見を聞いた上で判断する」と繰り返す菅首相だが、感染拡大局面で専門家が警鐘を鳴らしても、「都合の良い部分だけ切り取られて利用されている」(ある専門家)という状態に陥っている。専門家による科学的な分析を軽視しがちな菅首相に、専門家たちは諦念の感を抱き始めている。

 アドバイザリーボードは、2009年の新型インフルエンザが国内でパンデミックになった際に立ち上がった組織を発展させたもので、脇田隆字・国立感染症研究所長が座長を務める。メンバーには、尾身茂・地域医療機能推進機構理事長や岡部信彦・川崎市健康安全研究所長、押谷仁・東北大学大学院医学系研究科微生物学分野教授、釜萢敏・日本医師会常任理事、舘田一博・日本感染症学会理事長、河岡義裕・東京大学医科学研究所感染症国際研究センター長ら、国内外で著名な感染症や医療の研究者らが名を連ねている。

 これまで毎週のように会合を開き、国内の感染状況や医療提供体制について分析を行ってきた。通常は会合を開くにあたり、事前に非公式の勉強会を重ね、時には4〜5時間に及ぶ激論を交わした上で「本番」に臨んでいた。感染症対策に資する評価、分析、提言を行い、国民に感染予防策を啓発するだけでなく、厚労省をはじめとする政府の政策の参考になっていた。

 しかし、現政権が発足してからというもの、「専門家軽視」ともいえる状況が徐々に強まっているという。アドバイザリーボードに参加する専門家の1人は「安倍政権時代も専門家の意見はしばしば受け入れられなかった事もあったが、政権が代わってその傾向が強くなっているようだ」と漏らす。

 この背景事情について、厚労省幹部は「菅首相は官房長官時代から経済重視のスタンスだった。専門家が強く感染症対策を進言しても、長官時代から意見が対立していた」と明かす。専門家のうち、岡部氏は菅首相のブレーンともいえる1人だが、専門家の中では「岡部氏にかつてほどの鋭さがない」という評判が出ているのも影響しているかもしれない。

 専門家の議論が軽視された「場面」はこれまでしばしばあった。まず象徴的だったのは、新型コロナ対策を担当する西村康稔・経済再生相が「勝負の3週間」と呼び掛けた直前の昨年11月24日に開かれたアドバイザリーボードでの議論だ。ちょうど感染が拡大傾向にあった時期で、自ずと議論は感染をどう抑えるかに集中していた。

 臨床現場の代表として参加していた今村顕史・東京都立駒込病院感染症科部長は厳しい現状を報告していた。今村氏は「東京の厳しさをお伝えしておきたい。うちの病院は最大で60〜70人を診ていた。でも、今の患者層でいくとその時と同じ人員数で60人は決して診られない。最初の頃は軽症が多かったが、今は軽症でもADL(日常生活動作)の悪い人か中等症以上の人」と医療現場の負担が過度に増している様子を訴えた。

 参考人として出席した前田秀雄・東京都北区保健所長も「なかなか保健所の逼迫の状況が伝わりにくい。大半の保健所が入院調整、宿泊調整、その日に届け出が来てもその日のうちに処理し切れないという状況になっている。宿泊療養があふれ、軽症者はもう宿泊療養出来ない。いつ重症化するか分からないというレベルの方も自宅療養になり始めている」と現場の悲痛な声を代弁している。

 こうした議論を経て、翌日の政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会では、これまでの「3密」を始めとする感染予防対策に加え、都市部から感染を拡散しかねない観光振興策「GoToトラベルキャンペーン」について東京から他府県への利用の延期を求める提言をまとめた。

 しかし、こうした提言は一顧だにされず、東京への旅行が同キャンペーンの対象外になったのは、「勝負の3週間」に敗れた昨年12月18日以降だった。アドバイザリーボード構成員の太田圭洋・日本医療法人協会副会長は今年1月6日、「(昨年)11月25日の分科会で強い対策を促すメッセージが出されたが、その時に今やろうとしている事に取り組んでいれば、かなり傷は小さかったと思う」と悔しがった。

 更に、今回の緊急事態宣言を発令する際にも、年末に非公式会合を繰り返し、専門家の間からは宣言の発令を求める声も上がったが、政権は年明けに1都3県の知事の要請を受けるまで対応せず、結果的に知事らに押し切られ発令に至っている。専門家の間でも、緊急事態宣言を出すよう求める動きもあったが、「菅首相は受け入れてくれないのではないか」等と懸念する意見もあり、表立った形にならなかった。

6府県の解除前倒しを押し切る

 宣言発令時にまとめた「解除基準」も、当初は「感染状況をステージ4からステージ3に下がった時」という内容だったが、専門家から「これでは甘過ぎる」との反発を受け、「対策をステージ2相当以下に下げるまで続ける」と付け加えられた。ようやく専門家の主張が採り入れられた格好となったが、事前の相談なく決まりかけていた事もあり、基準を決めた「基本的対処方針等諮問委員会」は大荒れに荒れた。

 極め付けは2月26日に大阪や愛知、福岡など6府県の解除を前倒しで決めた時だ。議論の場となった「基本的対処方針等諮問委員会」は予定よりも1時間超過して終了。専門家からは、3月7日の解除期限を1週間前倒しする事に、「どんな意味があるんだ」「焦らなくていい」「本当に解除していいのか」「1週間延ばした方がいいんじゃないか」等の意見が挙がったという。

 釜萢敏・日本医師会常任理事は終了後、記者団に「前倒しして解除する事が本当に良いのかどうか、慎重に検討すべきだと申し上げた。そして、その事について、他の構成員からも同様の意見が出た」と語ったという。ここまで強硬な意見が相次いだにもかかわらず、政府は当初の方針通りに解除の前倒しを押し切った。

 こうした政権の「選択」の背景にあるのは、官房長官時代から変わらない菅首相の「経済重視」の姿勢だ。それに加え、加藤勝信官房長官も厚生労働相時代からどちらかといえば経済重視寄りと言える。こうした政権幹部の考えは首相官邸を支配しており、官僚出身の首相秘書官でさえ「解除に反対する専門家を黙らせろ」と吠えているという

 感染症対策で重要な決定をした際に開く首相会見では、尾身氏の同席を求めるのに専門家軽視の姿勢は変わらない菅首相。大手紙記者は「尾身氏も官邸からいいように扱われ、情けない」と漏らす。冬の感染のピークは越えたが、感染が予断を許さない状況なのは変わらない。それでも菅首相の「専門家軽視」の姿勢はしばらく続きそうだ。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top