
Vol.3 横須賀共済病院(神奈川県横須賀市)
大学院等での学びの場を提供し、キャリアアップを支援
国家公務員共済組合連合会横須賀共済病院は、病院経営を支える人材の育成や職員の専門教育等に多方面から取り組んでいる。その狙いを、陣頭指揮を取る長堀薫病院長と、自身も同制度で学び、組織作りに活かす鈴木章子看護部長に聞いた。
——職員のキャリアアップの為、h-MBAコースの通学を支援されています。

長堀 経営の柱は「ヒト・モノ・カネ・サービス・成長」の5本であるとの考えに基づき、特に「ヒト」、即ち経営を牽引する人材の育成を重視しています。医師や事務職で体系的に病院経営を学んでいる人材は未だ少ないのが現状です。そこで当院では、約10年前から希望者を募り、国際医療福祉大学社会人大学院のh-MBAコースで学ぶ仕組みを整えました。これ迄に事務職3名、看護師2名、薬剤師1名が受講しています。近年は通学の便を考慮して、横浜市立大学の1年間の「YCU医療経営・政策プログラム」に職員を派遣しています。又、2020年に取得した「日本経営品質賞」では、約50人の職員がセルフアセッサー研修を受講し、経営品質の向上にも力を入れて取り組んできました。
——女性の多い看護師の専門教育にも力を入れていると伺いました。
長堀 認定看護師や専門看護師を目指す看護師を対象に、今年度から新たな支援制度を開始しました。従来は休職し、給与の約3分の2を受け取りながら学ぶ方式でしたが、近年の生活環境の変化を踏まえ、授業料の半額を病院が補助する制度を導入しました。これにより、職員が経済的な不安無くキャリアアップに挑戦出来る環境を整えています。
——子育てや出産等についての支援は。
長堀 随時約80人の乳幼児を預かれる保育所を院内に併設しており、土日を除いて24時間保育を実現しています。子供の急な発熱等の場合は、勤務調整も相談出来ます。病院でも、部署の負担も軽減する為に、育児休暇や短時間勤務制度等を利用し易くし、勤務時間や部署の配置の調整等を行っています。産休や育休を取得する看護師は年間約50人で、看護師約850人の6%程の割合です。
——どの様な方針で女性職員を支援していますか。
長堀 女性職員だけを特別に意識している訳ではありません。しかし、当院に於いては全職員の約4分の3を女性が占めており、この層に対して十分な配慮と支援を講じる事が、組織の持続的発展に不可欠であると認識しています。産育休の制度も然りですが、彼女達のニーズに的確に応える事が職員全体の満足度向上にも直結します。働き易さへの支援は「女性が多数を占める職場として当然の責務」と捉えて取り組んでいます。医療現場は総じて業務負荷が高く、職員の満足度を高めるには相応の工夫と支援が求められます。特に当院の様に、救急搬送件数が全国3位という規模と責務を担う施設では、職員1人ひとりに十分なゆとりを確保する事は容易ではありません。その様な環境だからこそ、業務に当たる際には高い集中力を発揮し、勤務外の時間にはしっかりと休息を取り、心身のバランスを整える——いわば「オンとオフの明確な切り替え」を組織全体で支えていく事が、働き続けられる職場作りの鍵であると考えています。
——そうした取り組みの成果は出ていますか。
長堀 看護師不足が深刻な昨今、当院の看護師採用倍率は1.5倍を超えており、一定の共感を得られていると感じています。「忙しいけれど看護師として成長出来る職場」「AIホスピタル等、先進的な取り組みを行っている病院」というメッセージが応募動機に繋がっている様です。実際に、実習を経験した学生の6割が当院を希望してくれる事もその証左です。
——働き易い環境を意識した切っ掛けは何ですか。
長堀 私が病院長に就任した12年前、当院の救急車の受け入れ拒否率は20%超、手術件数も10%減少し、看護師の離職率は14%と経営も含め非常に厳しい状況でした。そこで、先ずは職員の満足度向上を最優先に考えました。厳しい縦型の組織文化を見直し、報酬制度の整備、コーチングの導入等、風土改革を進めました。その結果、救急車の受け入れ台数や手術の件数は上向き、看護師の離職率は8%台に迄低下しました。
——満足度を上げる為に意識された点は?
長堀 職員の承認欲求や自己実現欲求に応える事は、組織の活力を高める上で重要な要素です。その一環として報奨制度を整備し、「先ず褒める」事を推奨してきました。コロナ禍の際には、職員への感謝を込め、ささやかですが職員に一律に1000円のクオカードを配布したところ、大変好評を得ました。中には、「自分では褒めているつもりでも、相手に伝わっていなければ意味が無い」との気付きを得た管理職もおり、双方向の承認の在り方を見直す契機にもなりました。又、昨年度当院が20年連続で黒字経営を達成した際には、職員への還元も兼ね、クリスマスには感謝の気持ちとして1万円のギフトカードを全職員に用意しました。こちらも好意的に受け止められ、モチベーションの向上に繋がったと感じています。
——理想とする病院の姿は?
長堀 当院は理念として「良かった。この病院で」という言葉を掲げています。患者・家族・地域の方々に「この病院が有って良かった」と思って頂くと共に、職員にも「ここで働けて良かった」と実感して貰いたい。その為には、やる気のある職員には積極的にチャンスを与え、成長を促す好循環を生み出していきたい。そして、これからは日本の病院を変えていく様な事にも取り組みたいと考えています。
——具体的にはどの様な事を考えていますか。
長堀 米国では、医師と患者の対話内容がそのままテキスト化され、電子カルテが自動生成されるシステムが既に導入されています。人材のリソースに限界がある今、タスクシフトやタスクシェアはAIを活用してこそ実現可能です。日本の医療をより効率的且つ人間中心に変革する為、当院が先駆的なモデルとなれるよう取り組んでいきます。AIの活用で日本の医療の変革の先鞭をつけたいと思っています。
Voice
看護と経営を繋ぐ視点を学び、働き易い組織を育てる

私が大学院でh-MBAを学び始めたのは、丁度コロナ禍直前の事でした。元々手術室で長く勤務し、師長として原価計算や効率にも目を向けながら運営に携わってきた経験から、次第に病院経営への関心が高まりました。そうした中、前任の看護部長から「鈴木は数字や分析に強い。経営も学んでみては」と勧めて頂き、院長からも後押しを受けて進学を決意しました。
大学院では、医療経営学や財務会計、ビジネス統計、組織行動論、法や倫理といった、現場では得がたい知識を体系的に学ぶ事が出来ました。病院の経営は一部門の努力だけでは成り立たず、全体が一丸となって目標に向かう事が不可欠であるという視点は、私にとって大きな学びでした。
看護部長となった現在は、「看る」「人も自分も大切にできる」「挑戦できる看護部」の3つを指針に掲げ、「信頼」を理念に組織作りを行っています。DXが進む中でも、看護の原点である人の手の温もりを届けられるケアを大切にしたい。その為にも、働き易い環境作りと経営改善は両輪であると考えています。
又、今年度からは長期研修に対する奨学金制度も導入され、若手が安心して学び挑戦出来る仕組み作りに力を注いでいます。私は、自らの学びを制度や職場風土として還元し、職員一人ひとりが前向きにキャリアを築ける看護部を目指しています。そして今後は、地域の看護師不足にも目を向け、近隣医療機関と支え合える様な組織作りにも取り組んでいきたいと考えています。
LEAVE A REPLY