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未来の会

出生数70万人割れの危機から反転出来るか

出生数70万人割れの危機から反転出来るか
政府の思惑と若い世代の思いは噛み合わず

2024年、日本で生まれた日本人の子供の数は前年比5・7%減の68万6061人に止まり、統計を始めた1899年以降初めて70万人を割った。1人の女性が生涯に産む子供の数に相当する合計特殊出生率は1・15と3年連続過去最低だった。出生数の低下ペースは国の想定より15年早く、残された時間は極めて限られている。

 出生数のピークは戦後のベビーブームを迎えた1949年の269万人。所謂「団塊の世代」だ。出生数はここから一旦下がった後、団塊の世代の子供達、「団塊ジュニア」が出生期を迎えた第2次ベビーブームの73年に209万人へと反転した。

 只、その後出生数はほぼ減少が続いており、16年に100万人を、22年には80万人を割り込んだ。70万人割れはそれから僅か2年後と出生数減は驚異的なペースで進んでいる。

 国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が23年に公表した将来推計人口(最も標準的な中位推計の場合)は、24年の出生数を75万5000人、合計特殊出生率を1・27と見積もり、出生数が68万人台に落ち込むのは現実より15年遅い39年と見ていた。一方、状況のより悪化を想定した低位推計では24年の出生数を66万8000人、出生率を1・12と見込んでおり、24年の実績値は「ワーストシナリオ」(厚生労働省幹部)の低位推計に近い。

 首都圏の農業法人に勤める男性(30)は、月の手取りが20万円に届かない。結婚を希望しているが、日頃女性と出会う機会が無くマッチングアプリに登録している。同級生も多くがマッチングアプリで異性と出会って結婚しており、自身も2年前に登録した際は「これで結婚出来るかも」と期待した。

 それが今やすっかり諦めモードだ。結婚どころか、デートに辿り着く事も儘ならない。「容姿も良くは無いですが、それだけじゃない。マッチングアプリは『勝ち組』に圧倒的に有利だと思い知りました」と、この男性は言う。長男で低年収、口下手の引っ込み思案という点を自らのマイナスポイントに挙げ「アプリでの出会いだと上には上がいる。キリ無く理想を追い求める事が出来、特に女性は適当な所で妥協出来無くなっている感じがします」。

 出生数の落ち込みについて、社人研の担当者は「新型コロナウイルス感染症の蔓延時に落ち込んだ婚姻数が、コロナ禍明けの23年になっても戻らなかった事が大きな理由」と見ている。24年の婚姻数は前年より1万322組増の48万5063組と2年ぶりにプラスに転じたものの、前年の23年に戦後初めて50万組を下回る等、コロナ禍前の60万組弱から急減していた状況の反動との見方も強い。

結婚が経済力の有る若者の特権に

 結婚と出産の関係についても変化が窺える。

 2000年代の当初は、婚姻数の減少幅より出生数の減少幅が大きかった。経済的な理由等から、「結婚しても子は作らない、作っても1人」というのが出生数減の要因だったと解釈されている。それが10年代に入ると、婚姻数の減少幅が出生数の減少幅を上回る様になってきた。結婚が「子供を産み、育てる経済力の有る若者の特権」になり、経済力の無い人には縁遠いものになった事が少子化の要因と見做される様になってきた。

 婚姻数減少の要因としては、地方の女性の大都市圏への流出も指摘される。例えば、東北の秋田、岩手、福島等は出生数が10年前より4割も減っている。若い女性の東京や宮城への流出が原因で、福島県の未婚の男女比率(女性1に対する男性の数)は1・35倍。東京都(1・04倍)と比べると、福島は男性がより多く余っている格好だ。かと言って、大都市圏では非正規労働や多忙で、結婚に手の届かない若い世代が少なくない。

 又、結婚に至っても、経済的な理由の他、依然育児や家事が女性に偏重し、それが出生数減を招いている傾向も大きくは改善されていない。共働きが増えている中、女性は「仕事も家事も育児も」負わされている。男性の育児休業取得率は23年度に30・1%まで伸びたものの、取得期間は58・1%が「1カ月未満」と短い。

 東京都内で共働きをする会社員の女性(32)は、夫から「早く子供が欲しい」と言われている。だが、中々踏み出せない。今ですら、料理も掃除も洗濯もと、家事の多くを女性が担っている。「子供が生まれたら協力する」と言う夫の言葉を真には受けられない。子育てをしながら今の仕事量を維持出来る自信は無く、「子育てによるキャリアの中断も怖い」と話す。

政府も「こども未来戦略」で支援するが

政府も無策だった訳ではない。前年の出生率が1・57だった「1・57ショック」の90年以降、様々な手を打ってきた。岸田文雄政権は23年末、若い世代の所得アップや子育て世帯への支援を「こども未来戦略」として打ち出し、今後3・6兆円規模の財源を投じる事で児童手当を拡充し、専業主婦でも保育を利用出来る制度を創設した。更に育児休業中の給付を実質手取りの100%に増やす等の策にも乗り出した。

 過去30年に及ぶ支援策は子育て世代を対象としたものが中心だった。その反省も踏まえ、岸田政権を継いだ石破茂政権は、結婚をし出産に前向きになれる様、若い世代の所得対策に取り組むと強調している。但し、こども未来戦略の巨額の財政支援の財源は、医療保険料に上乗せして徴収する支援金等だ。社会保障の歳出カット等を進めるのと差し引きで負担増にはならないという政府の説明は既に破綻している。現役世代も負担増は避けられそうになく、一連の支援策が出生数増に繋がるかどうかは未だ見えない。

 高齢化が進む中、死亡者数は過去最高を更新し続けており、「人口減」という静かな有事は着々と進んでいる。「人口減」は地域経済や生活インフラの維持を困難にする。出生数減は社会保障の支え手の減少に直結し、支え手1人当たりの負担を更に重くする。一方、高齢者にとっては、医療や介護の担い手が居なくなる「保険有ってサービス無し」の状況となり兼ねない。訪問介護の現状を見ても、このままでは都市部を中心に「介護難民」で溢れる日が近付いている。

 政府は年金については医療、介護と違って持続可能性が確立されている、と説明してきた。少子高齢化対策として、04年の年金改革の際に給付の伸びを賃金や物価の伸びより抑える「マクロ経済スライド」を導入した点を理由に挙げる。過去30年と同じ様な経済成長の場合、厚労省はマクロ経済スライドによって基礎年金の給付水準が現在より3割下がると推計している。しかもこれは70年に出生率が1・36%迄回復する「中位推計」を前提としている。現状に近い「低位推計」だと70年の出生率は1・13に止まり、基礎年金の給付水準は4割近く低下する。政府は先の通常国会で基礎年金を底上げする改正年金制度改革関連法を成立させたが、出生率が低位推計に沿って減少が続けば、年金水準の低下をカバー出来なくなる恐れが有る。

 出生率は「1人の女性が生涯に産む子供の数」だ。親となる世代の数が急減している現状では、少々出生率がアップしても出生数増には結び付かない。遠くない先に親世代となる10年代生まれの出生数は、16年から100万人を下回っている。政府は「30年代に入る迄が少子化反転のラストチャンス」と言うが、反転の兆しは窺えない。

 戦時中に人口増を目的として掲げられたスローガン「産めよ増やせよ」への反省、個人の生殖に関して自己決定出来る「リプロダクティブ・ライツ」(性と生殖に関する権利)の観点から、政府は少子化対策について「あくまでも子供が欲しい、という人への支援で、強制するものではない」と説明している。只、そうは受け止めない人も少なくない様だ。

 現在20代前半で、「結婚も出産も考えていない」という女性は取材にこう答えた。「政府もマスコミも『少子化になると大変だ、だから結婚して子供を産め』と若い世代を追い込んでいる様に見える。それでは益々結婚や出産なんてしたくなくなる」

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