
2014年、再生医療等の内、自由診療及び臨床研究として行われる細胞加工等の医療行為に関して安全性・倫理性の確保を制度化した「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(安確法)」が施行され、25年5月31日に改正法が施行された。その背景には、美容・自由診療領域に於ける再生医療等の“逸脱的利用”と、それに伴う有害事象や訴訟リスクの増加が有る。
安確法の枠組みと運用課題
安確法は、再生医療を「特定細胞加工物の製造等、再生医療等の提供、認定再生医療等委員会による評価」等の枠組みで規制し、安全性と倫理性の確保を制度化している。再生医療等提供計画の提出や、リスク分類(第Ⅰ〜Ⅲ種)に応じた審査・監視体制を整備した画期的な枠組みだ。しかし、その後の運用に於いて課題が浮き彫りになった。自由診療領域では、商業的利用が制度の規制対象外だった為、実態として監視が不十分だった点が課題とされた。とりわけ美容医療分野では、科学的根拠が乏しい療法が「再生医療」として広く宣伝されていた。効果の誇大表示、医師の専門性不足、安全性評価の形骸化が問題となった。
次に、第三者機関(認定再生医療等委員会)の質のばらつきが存在する。事実上「審査請負」となっている委員会も存在し、同一プロトコルが複数機関で形式的に承認される事例も見られた。
届出制度の限界も有る。提供計画の届出制は一定の抑止力となる一方、事後監視に限界が有り、違反施設への即時対応が困難であった。
実例から、逸脱医療の実態を見ていこう。
医療法人輝鳳会THE K CLINIC(東京都中央区)では、厚労省がⅢ種に該当すると判断した自家NK細胞療法を、がん予防名目で提供していた。しかし、24年、施術を受けた健康成人2人が敗血症性ショックにより救急搬送される事例が発生。同院は届出済みであったが、細胞培養環境の不適切さや委員会の審査形骸化が疑われ、厚生労働省は、安確法第13条に基づいて提供停止命令を発出した。この事例は、形式的な「届出」では安全性担保に不十分である事を示す象徴例となった。
自由診療の先鋒を自負し全国展開している聖心美容クリニックが10年代後半に提供していた「プレミアムPRP皮膚再生療法」は、再生医療等の名を借りた制度逸脱と、医師による説明義務違反の双方の典型例とされる。この施術は、患者自身の血液から採取した多血小板血漿(PRP)に線維芽細胞増殖因子(b-FGF、商品名フィブラストスプレー)を添加して顔面に注入するもので、「しわの改善」や「若返り効果」を謳っていた。
この場合、先ず医療制度上の観点から、未承認薬の無届使用の問題がある。b-FGFは「表皮欠損を伴う熱傷や皮膚潰瘍」への外用薬(噴霧)として、01年に承認された再生医療関連薬である(販売は大正製薬)。しかしこの施術では、注射剤として皮下投与されている。「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」上、適応外使用且つ承認外製剤の不適切利用に該当する可能性が高い。
更に、当時の安確法に照らしても、「細胞等を使用する再生医療等技術」としての提供計画が厚労省に届出されていなかった事から、再生医療等の提供として制度上の欠陥が有ったとされる。
この件は、厚労省が医療機関名を公表する措置には至らなかったものの、20年以降のb-FGF使用に関する注意喚起通知で同療法が事実上名指しされており、行政指導の対象となったと見られる。
民事訴訟と医師の責任の追及
医師の責任を問う説明義務違反の民事訴訟も提起された。施術を受けた複数の患者が、注入後の局所の硬結・瘢痕・慢性炎症反応等の有害事象を訴え、「インフォームド・コンセントが不十分」として、20年前後に東京地方裁判所に対して損害賠償請求を提起、日本美容医療協会や医療訴訟関連弁護士会の報告によれば、クリニックの和解・解決金支払いが確認されたという。医師側がb-FGFの適応外使用や長期的な安全性データの不在について、十分な説明を怠ったとの判断に基づくとされる。
これは、自由診療・美容目的でも、「医学的合理性に欠ける治療の提供」と「リスクの説明義務」を厳格に問う司法判断として注目された。焦点は2つ有り、先ずは制度的逸脱として、安確法・薬機法の観点から未承認製剤を再生医療等技術と組み合わせて提供した点が挙げられる。次に法的責任として、科学的根拠に基づかない療法について、医師個人に対し説明義務違反が問われた。「自由診療だから」「美容だから」「自己血だから安全」は通用しない。再生医療の名を冠するか否かに拘らず、使用薬剤の適法性・細胞等の加工管理・説明義務と同意手続きを徹底しなくてはならず、医薬品の安全性と治療根拠に関する説明責任は免れない。
無届け臍帯血の提供が問題視された事例も有る。全国11医療機関が、正規の提供計画を提出せずに他者由来の臍帯血を利用し、がん治療や美容施術として提供していたとして、厚労省は17年に提供停止命令を出した。これらは、特定細胞加工物の無認可流通及び治療計画不備が問題で、患者の安全が著しく懸念される事例である。当時の法に照らして行政処分に留まったが、今回の改正により類似事例には刑事罰が科され得る事となった。
制度逸脱の背景と改正法の対応
安確法改正により医師に求められるのは、自由診療といえども、「医行為」としての科学性・妥当性を問われる時代への自覚である。
美容を目的とした再生医療は安確法の対象であるにも拘らず、現場では法の網をすり抜けた形で行われてきた事例が有る。そこには、自由診療という制度の柔軟性を逆手に取った商業化の傾向も見られる。患者側も、治療より美的効果を主眼としており、施術の医学的妥当性や根拠に対する意識が薄れがちである。提供側の経済的インセンティブも深く関与する。医療者よりも事業者としての判断を優先させ、エビデンス不在や法的適合性欠如が見過ごされ兼ねない。又、関連学会による明確な指針の未整備も、制度逸脱を助長する要因の1つである。形成外科学会や美容外科学会等に於いても、再生医療技術を美容目的に応用する際の標準的手順や評価指標が十分に整っているとは言い難い。
安確法に於ける「再生医療等技術の提供」とは、以下の2つの要件を満たす医行為を指す。即ち、①生体由来の細胞を利用し、②組織の再生や機能回復を意図して、自家又は他家の細胞を加工・培養・投与する技術である。再生医療の名を掲げるか否かに拘らず、この定義に該当する施術は安確法に基づく届出・審査・監視の対象となる。又、医師が適応外の薬剤や複合的な医療技術を用いる場合は、倫理審査、リスク評価、書面による同意取得が不可欠となる。
自由診療や美容目的でも、医学的根拠を欠いた施術は安確法や薬機法に違反する可能性が有る。医師は使用薬剤の適法性、細胞の取り扱い、説明責任を問われ、患者の自由意思による受診であっても専門職の責任は免れない。
安確法改正は、制度の“抜け穴”を封じようと、次の4つの側面から規制を強化している。
先ず、無届提供への罰則強化で、行政処分に加え、悪質事例には刑事罰(拘禁刑・罰金)を導入した。次に審査体制を是正し、認定再生医療等委員会の質を担保する為、厚労省の評価制度を導入した。3点目が広告・表示規制の明確化で、「幹細胞治療」等の用語に対し、誤認を招く表現を規制した。最後が監視権限の拡充で、厚労省・都道府県による実地調査や改善命令を強化した。
これらは制度逸脱に対する是正措置であると同時に、医師の職業倫理に対する明確なメッセージでもある。再生医療が美容・アンチエイジング領域に応用される事自体を否定するものではない。科学的根拠と安全性が伴えば、新たな医療価値を創出し得る可能性も有る。但し、再生医療という先端技術が営利目的で乱用されれば、信頼性と将来性を根底から揺るがし兼ねない。再生医療は単なる先端技術ではなく、公共性を有する医療であり、医師はその信頼の担い手として、実践と啓発の両輪を担う責務が有る。
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