
〝トランプの厄災〟が地球を覆っている。相互関税の嵐で世界経済は混迷の色を深め、各地で株価の暴落を招いた。対抗措置として打ち出される報復関税が貿易戦争を巻き起こすとの懸念が広がり、先行きに分厚い暗雲が立ち込めている。米国を主軸として来た安全保障政策も見直しが迫られ、欧州では強まるロシアの脅威に備え、嘗て無い軍備体制の再構築が模索されている。〝トランプの厄災〟は早晩米国自身に跳ね返り、トランプ大統領は政策変更・修正を迫られるとの楽観論も有るが、2025年前半は世界の混乱と退色が避けられない情勢だ。
「全体像が見えた時点で私が行く事が適当であ↘ると判断されれば、躊躇無く、そういう様に致さなければならない」
米国の同盟国で、他国からは〝米国の飼い犬〟とも揶揄される日本。石破茂首相は紆余曲折を経て、やっと成立に漕ぎ付けた今年度予算を受けての記者会見で、トランプ関税への対応を問われ、再訪米を含めたトップ会談を口にせざるを得なかった。当てが有る訳ではない。飼い犬が馳せ参じた所で、暴君の所業を止められる筈も無い。日本は安全保障上や産業構造上の特質から、カナダや中国の様に報復関税に打って出るのは難しい。ひたすら尻尾を振って機嫌を取るより手は無いのだ。恰好は悪いが、これが国益を守る最善手であり、歴代内閣が腐心して来↘た長い歴史が有る。しかし、暴君はすり寄る日本に桁外れの24%もの関税を強いて来たのだ。
自民党幹部が語る。
「安倍晋三首相の折には、関税対象から除外してもらえたが、今回は難しい。安倍・トランプの蜜月という天恵も無いし、何より今回はトランプさんの本気度が違う。只、石破首相もトランプさんとの首脳会談を経て、トランプ流に心得が有る。トランプ研究はずっと重ねて来ている。影響は避けられないが、政策の歩調を合わせ、最悪の事態を避ける工夫は出来ると思うし、そこから日本の新たな構造改革を進める事だって出来る筈だ」
石破政権は関税の影響が大きい中小企業向けの↖対策を徐々に準備して来た。その1つが、中小企業・小規模事業者向けの特別相談窓口を全国1000カ所に設け、資金繰りや生産性向上等を支援する事だ。守りの一手では有るが、相談窓口を通じて産業構造の転換を促すという深慮も含まれていると、経済官庁幹部らは語る。
「輸入が増えるであろう米国製品を活用する新たなビジネスモデル、或いは米国への投資機会を増やし、進出を促すモデルを上手く創れれば関税の影響は少ないし、日本の将来にも役立つ筈だ」
問われる戦後外交の知恵
経済官僚の特質として何処か楽観的なのだが、やられっ放しではなく、自らの利益に繋げていく試みは、過去に何度も経験して来た。我儘な米国への対処という点では、「日本は世界のどの国よりも精通しているし、経験の蓄積が有る」(経済産業省幹部)という。現状、絵に描いた餅に過ぎないし、トランプ大統領が何時政策変更するか分からないという不安も付き纏うが、前向きな点は心強い。
事実、戦後の日本経済は米国の我儘に付き合いながら発展を遂げて来た。現地生産の進展もその1つだ。現在、日本の大手企業の大半は海外での収益率を高めている。少子高齢化が進む日本市場では将来性に限りが有るからだ。例えば、日本の大手ハウスメーカーである住友林業や積水ハウスは米国市場を主戦場に位置付けている。米国は既にニューフロンティアなのだ。
世界を震撼させるトランプ大統領に関しては、「凶暴な痴呆老人」から「世界経済の歴史的転換者」まで様々な論評が有るが、産業政策上の観点からの指摘に興味を引かれた。国際経済学者が語る。
「トランプさんがやりたいのは実の有る経済の復権だ。グローバリズムの進展で、米国経済はハイコストなモノ作りを捨て、情報のやり取りで富を築く、投資等の金融ビジネス中心にシフトして来た。ダウ平均株価もハイテク等のS&Pも恐ろしい勢いで上昇して来たが、製造業は一部の情報産業を除き、衰退を余儀無くされている。米国の製造業の復権こそがトランプ経済政策の核心だろう。その路線は間違いではない」
今時、製造業の復権とは前時代的なのだが、全ての物事がスマホに帰結してしまう現代社会の歪さは誰もが感じている所だろう。情報のやり取り、騙し合いや駆け引きだけで、巨万の富が動き、額に汗する労働が顧みられない在り様はやはり不自然だ。人は情報のみに非ず。米国製が世界最高だったオールド・アメリカの復権にはそういった美意識も内在している様だ。
只、相互依存を極めた世界経済で、米国1国主義が立ち行くかどうかは不透明だ。ライバルの中国はここぞとばかりに「世界貿易機関(WTO)の多国間貿易体制の堅持」を吹聴して、米国の牽制を始めた。日中韓経済貿易相会合を引き合いに「トランプ関税に対し、日中韓3カ国共同で対処して行く事で合意した」と政府系メディアで喧伝し、日韓両国は打ち消しに躍起になった。嘗てWTO体制から疎まれた中国が、その守護者として振る舞うのは滑稽でさえあるが、世界の揺らぎを象徴していると言っていいだろう。板挟みになる日韓は対中政策でも腐心する事態になっている。
国難対処で政争は打ち止め?
先の自民党幹部が「悪い事ばかりでもない」と含みの有る笑顔を浮かべた。10万円商品券問題や高額療養費の自己負担限度額の引き上げ凍結、新たな物価対策等の不規則発言で、すっかり男を下げ、内閣支持率も過去最低レベルに低迷している中、トランプ関税の大波まで被ったのである。さぞかし落胆しているのかと思いきや、こんな事を言い出した。
「こんな大変な政権、誰もやりたくないでしょう。党内の次期総裁有力候補は皆尻込みさ。火中の栗は拾わない。野党も不信任決議案を出す気配が無い。支持率の低い石破首相に国民受けのする政策変更を提案し、〝我が党の提案が実った〟と吹聴したがっているだけだ。参院選向けのPRしか念頭に無い。関税対策だって政府方針に反対は出来ない。だから、石破政権は当面潰れない」
国民目線がまるで欠けているのだが、今、首相を挿げ替える事にメリットが無いのは確かだろう。倒閣への勢いがまるで感じられない野党の分析も多分その通りだ。頭の中を占めているのは夏の参院選であり、その先の政局展開なのだ。こちらもやはり国民への目配りが足りない。
立憲民主党幹部が弁明する。
「石破さんには失望している。だが、その失望の一端を担ったのは野党だ。何処とは言わないが、入れ替わり立ち替わり、石破政権を支えている勢力の事だ。皆、自党の事しか考えていない。トランプ関税への対応は国家の大事だ。我が党としても石破さんに全面協力する責任が有る。内閣不信任案も出せないと非難されるが、そこは違う。出しても野党の一部が反対し兼ねない政治状況は有るが、石破さんで立ち行かないとなれば毅然として提出する心づもりは有る」
今一迫力不足なのだが、野党の結束が弱いのは今に始まった事でもない。自民党幹部もその辺は十分承知だ。「国会の会期末になれば倒閣の熱は高まるのだろうが、野党の中には石破首相のままの方が参院選を有利に戦えると見る向きも結構多い。支持率は低いし、チョンボも多いからね。でも、選挙になればトランプ関税は政権与党に追い風になるんじゃないか。これは最早、災害対応の部類。現政権で対応するのが憲政の常道なんだ」。
トランプ大統領は4月3日の相互関税の詳細発表に際し、安倍元首相との思い出話を披露したり、「日本人はタフで賢い。彼らに責任が有るのではない」と含みの有る発言もしている。首相官邸はこの含みに「交渉の余地」を感じている。非関税障壁や米国の貿易赤字削減の具体案を手土産に、〝厄災の緩和〟が出来ないものかと思案している。目線の先に有るのは、第2回日米首脳会談だ。激しい日米貿易摩擦の時代を経験した自民党OBが厳しい表情で語った。「米国発の難題をトップ交渉で何とか凌ぐ。それが出来て本物の首相足り得る。石破の全人格が問われている」。
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