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臓器移植法改正から15年

臓器移植法改正から15年
国内臓器移植の課題と展望

器移植医療の進展が鈍い中、手術成績でトップを誇る東京大学医学部附属病院は新しい取り組みを打ち出した。2025年度に移植専門の外科医ら8人を採用する方針で、同病院の患者からの寄付金5億円を充てるという。医師らはチームで、心臓、肺、肝臓の移植手術を担うだけでなく、移植手術の経験を積みたいと全国から集まる医師の指導にも当たる。3月には、東京科学大学病院との間で、心臓移植医療に関する協定を締結。これにより、東京科学大は1月に移植医療部を立ち上げており、許可が下りれば26年度から移植を開始し、東大など一部の施設に偏る負担を分散する事を目的に掲げる。

東大病院では、これ迄国内最多222例の脳死心移植(内、小児17例)を実施しており、10年生存率は89%。又、植え込み型補助人工心臓の装着も256人に対して297回行っており、1年及び5年生存率はそれぞれ94%、82%と高い。心臓、肺、肝臓の移植手術は23年が88件、24年は100件となったが、待機患者は24年12月時点で515人に上る。

日本の臓器移植法の変遷と現状

日本の臓器移植法は1997年に施行された。2010年の改正によって、脳死を「人の死」とする概念が広がり、家族の同意による臓器提供が可能となった。それから15年が経過し、国内の移植医療は一定の進展を遂げたが、依然として多くの課題を抱える。

10年の法改正後、臓器移植件数は徐々に増加したが、依然として、提供数は需要を満たしていない。特に脳死下での臓器提供者(ドナー)数は欧米諸国に比べて少なく、提供件数は極めて限られている。移植件数は、法改正前の脳死ドナー数は年間10例程度だったが、改正後は年間50〜100例へと増加している。日本臓器移植ネットワーク(JOT)の24年の報告によると、23年に脳死下臓器提供は106件、心停止後臓器提供は67件だった。年間移植件数は約300件前後で推移し、2000年代と比較すれば増加している。

JOTによると、25年2月時点で移植を待機する登録患者数は、腎臓移植の1万4810人を筆頭に、肝臓移植512人、心臓移植812人、肺移植631人である。待機期間が長くなる程死亡率が上昇する事が指摘されており、特に心臓移植の待機期間は平均3年9カ月と、長さが問題視されている。多くの患者が臓器提供を待つ間に命を落としている現状が有る。

例えば、スペインでは、人口100万人当たりの臓器提供者数が40人を超える(Organización Nacional de Trasplantes, Annual Report 2023)。これに対して、日本では0.88人と大きな開きが有る。背景には、各国の法制度の大きな違いも有る。特に日本では「オプトイン(任意同意)方式」が採用されているのに対し、世界で最も臓器提供率が高い国の1つであるスペイン、フランス等は「オプトアウト(推定同意)方式」が主流である。

日本は、基本的には本人の生前の意思表示(オプトイン)が必要で、本人が提供を希望していなかった場合、家族の判断が求められる。臓器提供意思表示カード、運転免許証、健康保険証等に提供意思を記載出来るが、JOTの調査によると、23年時点でドナー登録をしている日本国民は約200万人と、成人の約2%に過ぎない。

脳死の受け入れと臓器提供のハードル

日本では脳死に対する理解が十分に浸透しておらず、家族が脳死を死と受け入れられないケースが多い。本人が生前に臓器提供の意思を示していたとしても、家族が拒否して提供が実施されないケースも多い。更に、日本では脳死判定基準が厳しく設定されており、臓器提供のプロセスが長くなる傾向が有る。医療機関の対応の差も有る。病院毎に臓器提供の進め方が異なり、提供の機会が失われるケースも有る。

これに加えて、生体移植における倫理的課題も挙げられる。生体移植はドナーが生存している状態で臓器を提供する為、心理的・身体的負担が大きく、手術後に後遺症や健康リスクを抱えるケースも報告されている。家族間での移植が主流だが、ドナーとなる親族への圧力や負担をどう軽減するかが課題となっている。

JOTは、全国規模で臓器提供の推進活動を行っている。特にドナー登録の促進に力を入れており、広報キャンペーンやオンライン登録の普及を進めている。近年ではSNSを活用した啓発活動を強化し、若年層への意識改革にも積極的に取り組んでいる。学校教育への導入も進められ、高校や大学で臓器移植に関する講義を実施することで、次世代の認識向上を目指している。

医療現場の取り組みとドナー家族支援の拡充

療現場における取り組みも有る。臓器移植の実施には、専門知識を持つ移植コーディネーターの育成や、移植医療を提供出来る施設の整備が不可欠だが、臓器提供可能な患者が発生しても、病院の臓器提供プロセスが整わず、提供が実現しないケースが有るのだ。

特に地方の病院は移植コーディネーターが不在という場合が多く、都市部に比べて臓器提供が進み難い。この為、東北地方では、移植を必要とする患者が適切な医療機関にアクセス出来る様、病院間のネットワークが強化された。仙台市の病院が中心となり、遠隔医療システムを活用して患者情報を共有し、適切な移植医療を提供する。

大阪大学医学部附属病院は、脳死移植チームを強化している。同院は脳死移植で国内有数の実績を有し、脳死診断の精度向上や移植チームの強化に取り組み、移植手術の成功率向上を図っている。特に、移植コーディネーターを含む専門チーム拡充に力を入れ、ドナー家族へのサポート体制を強化する事で、提供意思の尊重とスムーズな移植医療の実施を目指す。

現行の臓器移植法に、更なる改正を求める声も少なくない。意思表示制度の強化や、移植医療の普及促進策は課題である。厚生労働省は、移植手術の費用助成やドナー家族への支援制度を拡充している。特に、ドナー家族に対する心理的ケアの提供や、経済的支援の強化を進めており、臓器提供をためらう家族の負担軽減を目指す。

バイオプリンティングと臓器再生の可能性

技術革新と代替医療にも期待が掛かる。日本発のiPS細胞や人工臓器等の技術革新が進めば、移植医療の未来に新たな選択肢を提起出来る可能性が有るのだ。

一例として、3Dプリンターを応用し、生体適合性の有る材料や細胞を積層し、組織や臓器を形成するバイオプリンティングが有る。日本では、バイオプリンターで作製した細胞製人工血管をヒトへ移植する臨床研究が開始されている。又、ブラジルの研究チームは、ヒトの血液細胞を用いて肝臓の主要な機能を持つ肝臓オルガノイド(ミニ肝臓)の作製に成功、将来的には臓器移植の代替となる可能性が有る。

京都大学iPS細胞研究所では、iPS細胞から作製した肝臓や膵臓等の再生医療への応用を模索中だ。テルモと東京大学は、バイオ人工肝臓の開発を進めている。こうした取り組みは移植医療と再生医療の融合を実現し、臓器不足や拒絶反応といった課題の解決に向けた重要な一歩となる事が期待されている事から、今後更なる研究と技術開発が望まれる。

臓器移植法改正後も、尚課題は山積している。移植医療の発展の為には、医療従事者が努力するだけでなく、社会全体の理解と協力も必要になっている。国民の理解を深める啓発活動や、移植医療を支えるインフラの充実の為、医療関係者が果たす役割は益々大きくなって行く筈だ。

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