SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

第166回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 正常分娩を保険適用の対象に

第166回 経営に活かす法律の知恵袋 ◉ 正常分娩を保険適用の対象に

正常分娩を保険適用の対象に

本稿は、前回の「デジタル実装された次元の異なる少子化対策」の続編である。そこで、端的に「正常分娩を保険適用の対象とする出産保険制度の創設」に関する法技術について述べたい。

まず、「出産保険」の法的位置付けであるが、現行の健康保険制度の一環である健康保険法上の「医療保険」(療養の給付)を少し拡張して、いわば「準医療保険」としつつも、やはり健康保険法上に位置付けるのが、法的には簡便である。しかしながら、実質は大して変わらないことではありながら、やはり「正常分娩」は「疾病や負傷」ではないのだから、別立ての「非医療保険」としての建前を堅持することも正当だと考えられよう。別立てで独自の「非医療保険」的で自己完結的な「出産保険」制度を創設し、法律的にも「出産保険法」を制定するというスキームである。つまり、後者のスキームは、前者のような1本立てではなく、2本立てとするのであり、先例としては、介護保険法を制定した介護保険制度のスキームに近い。

ただ、給付内容はもちろん、現行の医療保険と同じく現物給付を追求すべきことではあろうが、現行の介護保険と同じく全てを現金給付にしてもよいし、現物給付を中心とするけれども現金給付も付け加える手立て(混合保険)でもよいであろう。本稿では取り敢えず、現物給付を中心に述べることとしたい。

保険適用の対象となる出産費用等

保険適用の対象となる出産費用等には、正常分娩である出産そのものの費用だけでなく、産前の妊婦健診や妊婦保健指導が含まれ、産後のケアの諸費用も含まれる。これらを総称すると、「出産ケア費用」とでも称しえよう。その内訳は、出産前の妊婦については「妊婦健康診査(母子保健法第13条を参照)」「妊婦保健指導(同法第10条を参照)」、正常分娩では、異常分娩(分娩に係る異常が発生し、鉗子分娩術、吸引分娩術、帝王切開術等の産科手術又は処置等が行われるもの)ではなく、分娩が療養の給付の対象とならなかった場合における次の給付に係る費用がその対象となる(健康保険法第63条第1項・第2項を参照)。

・分娩料—助産師・医師の技術料、分娩時の看護・介助料(分娩時の助産及び助産師管理料、分娩時の安全確保に係るものを含む)

・入院料—妊婦に係る室料、食事料

・新生児管理保育料—新生児に係る管理・保育に要した費用をいい、新生児に係る検査・薬剤・処置・手当(在宅における新生児管理・ケアを含む)に要した相当費用も含む

・検査・薬剤料—妊婦(産褥期も含む)に係る検査・薬剤料

・処置・手当料—妊婦(産褥期も含む)に係る医学的処置や保健指導、乳房管理指導料、産褥期の母体ケア(在宅におけるものを含む)等に要した費用

・保険外併用療養費制度に準じた保険外出産費用—室料差額、10万円程度の硬膜外無痛分娩、文書費、特別の食事費用、特別のマッサージなど

なお、現物給付でなく現金給付ではあるが、「出産に関する給付」として「大都市特例としてのクーポン(大都市特例給付金15万円程度)」や「出産支援給付金(出産奨励や無痛分娩・特別食・マッサージなどの特別メニュー補填用として給付金10〜15万円程度)」などを追加することも有益であろう。

産後ケアでは、出産後1年を経過しない女子及び乳児について、心身の状態に応じた保健指導、療養に伴う世話及び療養を伴わない世話、育児に関する指導・相談その他の援助(上記すべてにつき、産後ケアセンターへの入所、通所及び居宅訪問を含む。母子保健法第17条の2を参照)も含まれる。

保険化に伴う財源と支払方法

保険化に伴っては、一般的にその財源は、①増税・消費税といった新たな税負担、②社会保険料の引き上げ、③他の社会保険財政や既存の自治体財政からの組み入れが考えられよう。国民の視点から言えば、当然、後者の③(せいぜい後二者の②③)の方が望ましい。

産前と産後ケアについては、既に存在するものをスライドさせるだけなので、③のうちの既存の自治体財政の支援金からの組み入れが適切であろう。出産そのものについては、当然、現行の健康保険(特に、出産育児一時金)からのスライドとなる。自己負担分無償化については、乳幼児等医療費助成制度のような自治体財政からの支援と共に、出産育児一時金関連の適切な財源からの移行も考えられよう。

なお、既に健康保険法の改正によって、他の社会保険財政からの組み入れの第1弾として、後期高齢者医療制度からの組み入れを可能とするように動き始めている(健康保険法第152条の2「出産育児一時金等の支給に要する費用の一部については、政令で定めるところにより、高齢者の医療の確保に関する法律第124条の4第1項の規定により基金が保険者に対して交付する出産育児交付金をもって充てる。」を参照)。同様に「出産保険交付金」を設けることとすれば、介護保険その他の保険財政からの移行も不可能ではないように思う。

かつて出産育児一時金について、2009年に「直接支払制度」が導入されることとなったが、それは「分娩後」に分娩機関が健康保険に支払請求をするものだったので、支払いが行われるのが2カ月後となってしまい、保険化の時に分娩機関には2カ月間分の収入の空白が生じ、小規模な分娩機関では経営的な困窮が生じた。つい最近の体外受精の保険化でも同じ問題が生じて、閉院するところも出たらしい。そこで、保険化のタイミングでは、「事前申請」で分娩機関が2週間以内に保険者から支払われる「受取代理制度」と同様な制度を採用しなければならない(なお、筆者は09年当時、社会保障審議会医療保険部会の専門委員として、受取代理制度の導入に努め、そして、実現させた経験を有している)。

出産ケアHER-SYSの導入

デジタル化について言えば、既に導入されている新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理システム(HER-SYS)を改良して、出産費用等の保険適用化に際して、デジタル実装するべきだと思う。言うなれば、「出産ケアHER-SYS」であり、正式名称は「出産ケア情報把握・管理システム」、英語で表記すれば「Health center real-time information-sharing system on maternity care」となろう。

今の若い女性は、あらゆるサービスが検索・予約できることを当たり前とする社会で暮らしていると言ってよい。たとえば、美容院を予約する際には、地域の美容院がほぼ網羅されている中から検索できるし、美容院だけでなく美容師やサービスの組み合わせも予約できるようになっている。これと同様に、妊娠がわかった時点ですぐに地域の分娩機関の出産費用・ケア内容等の情報を検索でき、ケアを適切に選択できることは、出産を考える女性に安心と利便性を提供することとなり、出産の支援策として重要となろう。したがって、今の若い女性の生活様式に合わせた「マタニティケア検索・予約システム」の導入は急務である。どこで、どの医師とどの助産師のチームから、どのようなケアを受けるのかを妊産婦自身がオンラインでカスタマイズもできるデジタルシステムの導入を、それこそ「次元の異なる少子化対策」の一環として、ただちに導入すべきところであろう(出産ケア政策会議「正常分娩を保険適用の対象とする『出産保険』制度の創設を求める提言書」1・6より)。

法律上では、母子保健法第15条(妊娠の届出)と健康保険法第63条第3項(又は、「出産保険法」の同様の条文)を次のように改正するだけで、主なところは十分に足りるものと考えられよう。

・母子保健法第15条(妊娠の届出)改正案(略)
・健康保険法第63条第3項(又は「出産保険法」の同様の条文)改正案(略)

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top