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未来の会

日本でもう新薬が使えなくなる? 

日本でもう新薬が使えなくなる? 
エクセラーゼ販売中止が与えた動揺

終に来るべき時が来たのか——。医療従事者にそんな動揺が走る事件が起きた。

 「10月11日、製薬企業Meiji Seikaファルマが1通のお知らせを出した。タイトルは『エクセラーゼ配合錠 販売中止のご案内』。消化酵素製剤であるエクセラーゼの販売を今年度で終了するという内容だった」(関東地方の内科医)

 エクセラーゼは1976年に薬価収載され、消化不良等の治療薬として、長年臨床現場で使われて来た。1回1錠を1日3回(成人の場合)という扱い易い錠剤だ。

 それが何故、販売終了なのか。ファルマの説明では、新薬登場による薬物治療の進展により、エクセラーゼの臨床上の位置付けが変化。販売数量が減少の一途である事に加え、度重なる薬価改定で1錠5・70円と極めて低い薬価に抑えられている為、売上規模が僅少である事が挙げられている。老朽化した施設への設備投資や安定供給に向けた取り組みが難しく、販売中止に至ったという。医療用医薬品が販売中止となる事自体は珍しい事ではない。だが、「大抵は『諸般の事情』等とされ、ここまで理由を詳細に記した文書が出るのは珍しい。それ故に、この文書は医療従事者に動揺を与える事になった」と前出の内科医は解説する。「確かにエクセラーゼの代替品は数多く有り、ジェネリックも、市販されている類似薬も有る。とは言え敢えて理由を詳細に説明し、しかも薬価について、『度重なる薬価改定により日本薬局方収載品の最低薬価(10・10円)をも下回る薬価(5・70円)まで下落し』と記載した事は憶測を呼んだ」(同)。

 日本薬局方収載品(局方品)とは、有効性、安全性に優れ、医療上の必要性が高く、国内外で広く使用されている選ばれし医薬品の事。エクセラーゼの薬価はこの局方品の最低価格の半値に近い、余りに安過ぎる価格だ。あえて局方品と比較しての記載には「財務省や厚生労働省への抗議ではないか」という意見も出たが、医療を担当する全国紙記者は「同じ文書内で厚労省等に相談の上で中止を決めたと説明しており、それは深読みし過ぎだろう。単に今後も生産を続けても儲けが出ない事から、厚労省等に相談し、厚労省は医療現場に混乱が起きないと踏んだ上で了承したのだろう」と見る。

 この記者によると、エクセラーゼを巡っては昨年、一部製品に酵素の活性不足が確認され、出荷が一時停止された事があったという。「こうした製造上の不具合を起こさない為には設備投資が必要だが、同社は投資に見合う儲けが無いと判断した」(同記者)。

画期的な新薬もどんどん価格が下がる日本

 では、「特に深い理由や裏は無い」(同)筈の文書が、なぜ医療現場に動揺を与えたのか。背景には、コロナ禍で厳しい環境に置かれ続けている医療現場の不満がある。

 一般向けのメディアではほぼ報じられなかったエクセラーゼの生産中止のニュースを広めたのは、医療従事者のツイッターが中心だった。

 「新型コロナの流行下、『製薬企業は金儲けの為にワクチンを打たせようとしている』『医療者や製薬企業は新型コロナで儲けている』と度々批判の声が上がったが、エクセラーゼの生産停止はそうした主張が事実と異なる事がはっきり分かる現象だった。医療の値段は言い値ではなく2年に1度の診療報酬改定で決まるが、技術料の部分が多少上がる事はあっても、薬価は毎回下げられており、儲け過ぎる事は無理だろう」(都内の医師)

 象徴的な数字がある。米メルクの日本法人MSDが今年発表した昨年の日本国内の売上高だ。同社は21年12月、新型コロナの治療薬「ラゲブリオ」の特例承認を受けた。当初は国が供給を管理し、それなりの数量をMSDから購入したとされる。ラゲブリオの発売も追い風となって、MSDの21年の売上高は前年比7・5%増。ところが、ラゲブリオの影響を除いて算出すると、売上数量は前年比7%増なのに、その価格は前年比マイナス5%となったのだ。

 大きな要因が、同社の主力製品で21年度の国内医療用医薬品売上高のトップである免疫チェックポイント阻害剤「キイトルーダ」の薬価が大きく下げられた事だ。日本の薬価制度には、売上が当初の想定より大きいと薬価を下げる「拡大再算定」というルールがある。悪性黒色腫から始まり、肺がんや乳がん等、適応を広げて来たキイトルーダは、患者が増えた事で売り上げが上がり、何度も価格が引き下げられて来た。それに加え、他社製品の道連れとなって価格が下げられるルールまで適用されてしまった。

 これまで抗がん剤と言えば、臓器別に開発するのが当たり前だった。ところが、がん細胞が増殖するメカニズムに働き掛ける免疫チェックポイント阻害剤は、あらゆるがんに効果を示す可能性が有る。画期的でより効果が期待される薬剤なのに、それがルールに足を引っ張られ、薬価が下げられる憂き目にあった事にMSDは反発。画期的な新薬が正しい価格で評価されない日本独自のルールを見直すよう求めた。

 「今年は、国際情勢の緊迫化や円安等による食品の値上げラッシュが話題となったが、公定価格で販売される薬剤は、原材料費や輸送コストの値上がりの影響を価格に転嫁し難い。そもそも、エクセラーゼの様に、単体で赤字となる薬は幾つも有り、製薬各社は他の儲けを充てて製造を続けている例も多いと聞く」(前出の全国紙記者)

今後の日本パッシングを危惧

全国どこの医療機関でも同レベルの治療が受けられ、同じ治療薬を同じ値段で使える日本の医療保険制度は確かに素晴らしい。ただ、その素晴らしい制度が今や瓦解寸前なのも事実だ。

 14年、キイトルーダに先立って日本発の免疫チェックポイント阻害剤である小野薬品工業の「オプジーボ」が嘗て無い高額な価格で保険収載された。その後、適応が肺がんに広がった際、医師の國頭英夫氏は1人当たり年間3500万円掛かる薬剤が、日本では最高でも200万円程度の自己負担で使える事を問題視。オプジーボの様な高額な薬剤が日本の財政を破綻させる、所謂「オプジーボ亡国論」を唱えた。

 複数の医療関係者は、「診療報酬を議論する中央社会保険医療協議会(中医協)はその後、拡大再算定等のルールを駆使して何とか高額薬剤の薬価を下げようとして来たが、これをやり過ぎると今度は、製薬企業が効果は大きいが高い新薬を日本で売らなくなってしまう恐れがある」と危惧する。製薬業界でも、所謂〝日本パッシング〟が起き兼ねないと言うのだ。

 それを防ぐには、原材料の調達も含め、国内で薬を生産する事だが、既に薬の原材料の多くは輸入に頼っており、国内の製薬企業も世界に打って出られる画期的な新薬を生み出す力は弱い。他国であれば貧しい人には手が届かない高額な薬剤でも、日本では国民皆保険のお陰で、保険収載されれば誰もが使える。だが、日本の国力が衰退して行く中、こうしたぬるま湯は続かない。今回、医療現場でそこまで使われておらず代替品の有るエクセラーゼの販売中止が大きく騒がれたのは、コロナ禍で医療者や製薬企業が儲けているとの誤解を解く材料になっただけでなく、医療者の多くが日本の医療制度に大きな危機感を抱いている証拠だろう。

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